テラーノベル
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見るもの全てが黒紅色に染まった視界は歪み、それでもなお動くことをやめない身体は悲鳴を上げ、裂けた皮膚は新たな血液を吹き出した。
限界を超え繰り出す攻撃の数々は、相手だけでなくロディア自身にも大きなダメージを色濃く残した。しかし痛覚をも遮断したロディアにとって、一連の攻防は快哉すら叫んでしまうほどのものだった。
煙が立ち昇るようにゆらりと反り返ったロディアは、幻影系のモンスターを思わせる素振りで縦に伸びながら、少しずつまた姿かたちを変えていく。その様は、文字通り野獣という名に相応しい異形の姿そのものだった。
「ムブ、前全体を保護でガードしろ!」
「言われんでもわかってる。簡単に言ってくれるな、クソ野郎!」
四人の先頭に立ったムブは、黒く染まった鋭い氷の魔法を弾きながら、仲間全員を覆う光の盾でガードを固めた。必死な様子の四人の姿を見て怪しく微笑んだロディアは、小刻みに空中を蹴りながら盾の上空へと駆け上がった。
「上からくるぞ。キート、迎え撃て!」
「言われなくとも!」
矢を引き絞ったキートが一気に八本の矢を放った。
ロディアの心臓に狙いを定めた矢は、四方八方に散らばり、ランダムな動きで相手を幻惑した。
ムブの真後ろで盾と剣を地面に突き刺し準備していたピルロは、目を瞑り、右手を地面にベッタリと付けた。把握でロディアの変則的な動きを読み取りながら、正確に前後の仲間たちへ指示を送った。
「ダメだ、この速度では矢が全部落とされる。ブッフ、射った矢を遠隔でバフできるか?!」
「ちっ、俺の仕事は前衛突破で、補助要員じゃねぇっつーの!」
剣に魔力を込めたブッフは、バフ代わりにはなるだろうと、矢の背中を押すように衝撃波を発生させた。一気に速度を増した矢は、空中で怪しく微笑むロディア目掛け飛んでいく。
『 ヒギョエメレェァ! 』
全方向から一斉に襲いくる矢に目もくれることなく、ロディアは関節を外した腕や足を巧みに操り、タコのように弾き落とした。四肢の一つひとつがまるで脳を持っているかのように這い回り、把握で動きを探っていたピルロが感嘆に近い吐息を漏らす。
「まだだキート、追撃しろ!」
「わぁってるよ、しかし充填が間に合わん!」
新たな矢を用意している間にも、グネグネと形を変え接近したロディアは、光の盾に爪を突き立てた。金属の擦れる音と、盾が削れる鈍い音が同時に響き、顔をしかめたムブは、今にも破壊されそうな盾に魔力を込めた。
「舐めんな、Gラン風情がぁ!」
グンッと分厚さを増した盾がロディアの爪を弾き返す。
しかし盾の目前で高速前転したロディアは、勢いそのまま再び爪を振り下ろした。
盾に深く突き刺さったロディアの鋼鉄の爪は、盾の背後で構えていたムブの左腕の肉を抉り取った。
痛みで盾を放しかけたムブは、自分の舌を噛んで痛みに耐え、充血した目を見開いた。
血が吹き出る腕を記憶から消し、爪が貫通した盾の隙間から右腕を突っ込むと、その先にいたロディアの頭を強引に掴んだ。
「掴まえたぁァ、もう絶対に逃さねぇ!」
血に染まるロディアの頭を掴み盾ごと引き寄せたムブは、この一瞬を見計らっていた。
盾を解除し、同時に抉られた左腕を振るうと、集まっていた他三名に移動を発動する。三人それぞれがロディアを囲むよう配置され、一瞬にして状況が一変する。
「俺がコイツを掴まえておく。躊躇するな、俺ごとコイツを殺れ!」
頭を掴む右腕だけに魔力を集中させ、ムブは絶対に離さんと歯を食いしばった。
ムブとロディアを囲んだ大きな三角形の頂点では、各々が最高の一撃を放たんと、それぞれの武器に最大量の魔力を込めていた。
キートは弓と矢を、ブッフは大剣を、そしてピルロは片手剣を力の限り握り直し、それぞれが咆哮を上げ一斉に飛びかかった。
中心で頭を押さえられ動けないロディアは、ギュルギュルと眼球だけを動かし、全ての攻撃の軌跡を予測しながら、ちぎれてしまいそうなほど大口を開け「ギャヒヒ!」と叫んだ。
―― ロディアは自らの奥底に眠っている闇の正体を【 悪魔 】と表現した。
スキル名は野獣。
狂戦士化することで大幅に魔力を増大させ、相手に襲いかかるスキル。
しかしロディアが使ったものは、本来の野獣とはかけ離れたものだった。
狂戦士状態になってしまえば、本来は魔法やスキルの類が使用不能に陥り、場合によっては制御不能となり、完全に独立し動く凶器と成り下がる。
しかしロディアの野獣は、その効果が深まれば深まるほど、彼女自身の深層心理が表層に反映され、脳はよりシャープに、肉体はより鋭敏に、そして感情はより激しく活発になった。
頭は冴え渡り、思いもつかない魔法の使い方や身体の使い方が奥底から湧き出し、使わずにはいられない。
永遠に動けなくなるとしても、躊躇なく実行できてしまう極限の精神状態に陥ったロディアの思考は、まさに悪魔のそれに近かった。
この瞬間もムブやその他三名の思考を一瞬で上回り、駆け巡ったロディアの脳内は、全体を俯瞰で見下ろしながら、ただ一つの最適解を見つけ、実行を開始する
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