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「ゲヒヒヒ、ヒヒ、ヒ?」
最も現実的な回避の手段は、ムブの腕を振り切り、ムブを盾にして相手の攻撃を躱すことだった。
しかし、たったひとりでもムブごとロディアを仕留める意志のある者がいた場合、ムブ諸共攻撃を受けてやられてしまう可能性が高い。
頭を掴むムブの腕を握ったロディアは、男の身体を倍の力で強引に持ち上げ、頭上に掲げた。
盾にされたと直感したムブは、すぐに頭を切り替え、視線でキートに合図を出した。
それは四人がランドへくる前に決めていたルールだった。
いざというときは、誰かを犠牲にしてでも相手を倒す、もしくは逃げるという絶対の決め事だった。
その前提の上で、ムブは身を挺してロディアの視界からキートの姿を隠し、攻撃の一瞬を悟られぬよう誤魔化した。
ムブの動きをサポートするように、下方向から切り込んだブッフが地面を抉り大剣を振り上げた。
衝撃波を伴い迫る斬撃を半身の体勢で躱したロディアは、口が裂けるほど上がった口角を不気味に晒しながら、ムブを右手ひとつに持ち替え、左腕一本で空中に陣を描き、これまでの比ではない威力の冷気を放った。
すぐに飛んで避けようとしたものの、ブッフの両腕は身体を守る体勢のまま固められ、吹き飛ばされた。しかし返す刀、魔法を放った直後のロディアを狙い、ピルロが全ての魔力を込めた剣を振り抜いていた。
自分の攻撃が当たらなくとも、頭上で弓を引き絞るキートの攻撃が当たれば構わない。
次の動作を考えることなく攻撃を振るったピルロは、ロディアの心臓目掛け剣先を滑らせた。
しかし完全に動きを読みきっていたロディアは、ブッフの攻撃を躱した勢いそのままに、高く掲げていたムブの体重を利用し、振り捨てる反発力と重力に任せてぐるりと縦に回転した。真横にすり抜ける剣を難なく躱し、今度は流れた剣先を足場にして、ふわりと浮き上がった。
そして最後、その場所にいるであろう何者かへ、思い切り手を伸ばした。
「二人の攻撃を躱して一瞬で俺に照準を合わせるってか。どういう反応速度なんだよ!」
緊張から空中で弓を絞っていたキートの鏃が狙いを外れ、微かに揺れる。
空気を蹴り、一気に距離を詰めたロディアは、キートへ最後の一撃を放つため、爪を硬化した。しかし――
「甘いぜ。連中が作ってくれた時間を無駄にするほど、俺も落ちちゃいない!」
一瞬速く、キートが限界まで引き絞っていた矢を放った。
溜めに溜めた魔力をまとった矢は、ロディアの急所めがけ一直線に進み、向かってくるロディアのスピードと相まり恐ろしい速度で迫った。そして甲高い音をまとったまま、ロディアを貫き、地面に突き刺さった。
「……ちッ、迷いで微かに照準が狂ったか」
攻撃を命中させたにも関わらず後悔を口にしたキートに対し、矢を撃ち込まれ空中でバランスを崩したロディアは、飛び散る自らの鮮血を目の端に眺めながら、またニヤリと笑った。
キートの矢が貫いたのは、ロディアの左腕だった。
一瞬早く攻撃に反応したロディアは、頭への直撃を避け、振り上げた左手でキートの矢を防御し、後方へ逸らしていた。
「ダメだ、間に合わねぇ。四人がかりで勝てねぇのかよ、ったく情けねぇなぁ」
矢を充填するため背中へ腕を回しながら呟いたキートは、眼下に迫る黒い悪魔を見つめ、苦笑いを浮かべた。
恐ろしいほどのプレッシャーをかけ迫った化け物は、動く術のないキートの首をむんずと掴まえ、力任せに振り回すと、背中から地面へ叩きつけた。
「グアッハッ!」
キートの身体が地面にバウンドし跳ねた。
ムブとピルロも体勢を崩し動けない中、唯一動くことができたブッフは、魔法で凍った腕もそのままに、残る微かな力を込め、空中を漂うロディア目掛けて突進した。
「ヒャッハハー!」
キートを投げた勢いのまま身を翻したロディアは、競技者に投じられた長槍のように仰け反りブッフの攻撃を躱そうと試みた。しかし直後、ロディアの動きに異変が生じた。
「ピ、ピギュアッ?!」
悲鳴にも近い異様な音だった――
身体を捩ったロディアの腕が突然パンッと爆ぜ、多量の血が辺りに飛び散った。
いよいよ限界を超えたロディアの肉体は、ロディアの求める動きを達さぬまま、無残に裂けて爆ぜた。
かろうじてブッフの突進は躱したものの、回転を制御できず落下したロディアは、ゴロゴロと無様に地面を転がり、岩にぶつかりようやく止まった。
筋肉が裂けて割れてしまった左腕は、ムブの矢で抉れた部分もあわせ、見るも無残なことになっており、とても動かせるレベルになかった。
仕方なく右腕に力を込めて立ち上がろうとするも、骨から関節、筋肉から肉体全てを酷使しすぎた身体は言うことをきかず、ロディアは顔面から地面に突っ伏し、ついには倒れてしまう。
「アギギ、グギギギィ」
歯ぎしりとも奇声ともしれないロディアの声に慌て、突進を躱されひっくり返っていたブッフが飛び起きた。ただしかし傍らでは、既に人とすら思えないナリをした【元々人だった者】が横たわっており、ブッフはあまりの不気味さと恐怖感から動くことができず、ただゴクリと息を飲んだ。
「どうしてそこまでできんだよ……。たかだかこの前の腹いせにやってきた冒険者相手によ。それなりにやられた体裁だけとっとけば、気が済んで帰ってくことくらいわかってただろ。なのに、どうして……」
本音を漏らすブッフに対し、それでもなおロディアの眼は真っ直ぐ男を睨みつけていた。
あまりの威圧感に、勝機と思うどころか恐怖を覚えたブッフは、首を横に振り、「異常だよアンタ」とこぼした。
「確かに、……異常というよりなさそうだ」
ブッフの肩を借りて立ち上がったピルロは、いよいよ動けなくなったロディアを見下ろした。
ピルロの目に映る女の姿はどこか寂しげで、酷く儚いものに見えた。
――――――
――――
――
―
何かが繋がる感覚を覚え、ロディアが目を覚ましたのは数日が経過した昼間だった。
わずかに開いた右目の隙間から覗く眩しさに、再び目を閉じたロディアは、「ここは」と言おうとした。
しかし唇は一切動かず、ただ漠然と静かな時間が流れるだけだった。
「ん? ッおい、気がついたのか、ちょっと待ってろ、ヒーラーを呼んでくる!」
傍らで誰かの声がし、慌ただしく走り去った。
意味もわからず浅く呼吸したロディアは、そこで全身に走る痛みに襲われ、声にならない声を漏らした。
痛みは生半可なものではなく、言うなれば地獄。
全身を頭の先から足の先まで細切れにされたような痛みに襲われるも、悶絶することすら叶わないことに気付き、プツリと途切れていた記憶が戻ってくる。
呼吸すら躊躇う苦痛の中で、考えるだけならと記憶を辿ったロディアは、自分が最後に見た景色を思い出していた。
「急いでくれ、意識が戻った!」
慌てて現れたヒーラーの女は、「奇跡だわ」と呟きながらロディアの肩に触れた。
たったそれだけで全身を駆け巡る激痛に襲われたロディアは、全てが自分自身の責任にも関わらず、思わず女を睨みつけていた。
「少し待ってちょうだいね。貴女の傷は深すぎて、私ひとりではとても無理なの。とにかく身体を動かさず、極力魔力を使わないように加減して。良いわね?」
仕方なく瞬きで返事をしたロディアは、女のスキルで身体をぐるぐる巻きにされる間も、ずっと死にたくなるほどの痛みに悶絶した。
もう少しだからと平気な顔をして言う女の顔が憎かったが、そのうちそれすら考えるのをやめた。
「ったく……、とんでもない奴だな。こんな状況でもまだそんな眼をしてやがる。もう金輪際、関わりたくないね」
傍らの声の主はブッフだった。
ブッフは治療を終えた両手の包帯をロディアへ見せつけながら天を仰いだ。
また慌ただしく出ていったヒーラーの後ろ姿を眺めるロディアに、部屋にひとり残ったブッフは、他に誰もいないことを思い切りアピールしてから静かに語り始めた。
「悪いが今回のことはこれで終わりにしよう。どちらにしても、俺以外の奴らは怪我でそれどころじゃないか、疲れ切って眠っているからパスだとよ」
視線を下げ、後悔のようなものを顕にしたロディアに、ブッフが大きく首を振った。これ以上何をする必要があると呆れながら言葉を続けた。
「あと悪いんだが、あんたんとこの従業員がどこにも見当たらなくてね。勝手にこちらで治療環境を用意させてもらった。治療費はそっちで頼むぜ」
へへへと笑ったブッフは、領収証の束をポンと捨て置き、仰向けに寝転がるロディアの顔を覗き込んだ。
「で、あんたんとこのトップ、ありゃあ一体何もんだい。色々調べてみたが、なんの情報も出てきやしねぇ。あんたみたいなのを飼いならしてるんだ、それなりの奴なんだろう?」
誰もいないのをいいことに、いつかのようにタバコをくゆらせブッフが聞いた。
しかしロディアは唇すら動かさず、「知らない」とだけ答えた。
「まぁなんでもいいさ、俺はこれでお暇させてもらうよ。文句なら、あんたのボスに言いな」
そう言うと、ブッフは火のついたタバコをロディアの口元へ突き刺し、「じゃあな」と手を振った。誰もいなくなった室内は、ロディアが吸った息に反応し、タバコだけがジジジと音を立てた。
燃えた灰が口元に落ちて感じる痛みより、呼吸するだけで体中に響く痛みの方が数万倍キツいなと口端から煙を吐き出したロディアは、全身に回ったタバコの多幸感に酔いしれつつ、ゴホゴホと咳をした。
次第に痛みに慣れ、身体が麻痺し始めたところで、ついでと言わんばかり、脳がポンとロディアへ疑問を投げかけた。
【 もうスキルは盗まなくていいの? 】
戦いの目的を思い出し、ロディアは痛みに耐えながらフフフと笑い、「無茶言うなよ」とひとりこぼす。
遠くから複数人の足音が地面伝いに近付いてくる。
どうせ叱られるんだろうなと、この際だしと思い切り息を吸い込んだロディアは、肺に入るだけの煙を吸い込み、ぷくっと頬を膨らませ、息を止めた――