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「なっ……ぐうっ!?」
何が起きたのか全く理解できないまま、両膝を着かされて上体が反り返り、何かで口を塞がれた。
「ド、ドラゴンスリーパー!?(*01)」
「なんて素早い技の入り方……さすがグラウンドの魔術師ですわ」
「てゆうか、膝カックンからドラゴンスリーパーに入るなんて、初めて見たぜ!」
オレだって膝カックンからドラゴンスリーパーを極められるなんて初めてだ。
新人達の驚きのセリフで自分の状態と、口を塞いでいるのが木村さんの脇下だとゆうのは理解出来た。
オレがもし脇フェチだったのなら、この状況は歓迎すべきモノなのだろう。
しかし、あいにくとオレはそんな変わった性癖など持っていない………………多分。
更にオレはロリコンでもないので、左の頬から左腕にかけて、ささやかな胸が当たっているけど別に嬉しくはないでででででーっ!!
「学ばない人ですね。さっき、考えている事が顔に出やすいと言われたばかりではないですか」
「ヴグーーーーッ!」
まるで顔面を万力で締め付けられているような激痛に、塞がれた口からうめき声が漏れる。てか、マジでこの細い腕のドコに、これだけの腕力があるんだ?
「あー、詩織……気持ちは分かるが、一ヶ月後には試合があるんだ。全治一ヶ月以内で済む程度で勘弁してやってくれ」
「了解です、佳華さん」
いやぁ~~~っ! 全治一ヶ月は勘弁して下さいっ!!
オレは空いている右手で木村さんの腕を叩き、ギブアップの意思を表明するが、締め上げが緩む気配がない。
その代わり、木村さんは何かを伝えるような瞳でオレの目を見下ろした。
アイコンタクトか……?
プロレスラーにとって、タッグマッチでパートナーとの意思疎通をはかるのにアイコンタクトは必須スキルだ。
読み取れ! 木村さんの瞳はなんと言っている?
…………………………見えたっ!!
――Q.アナタは巨乳派? それとも美乳派?
――A.断然美乳派です! むしろ巨乳死すべし!
――Q.いま、アナタの頬に当たっているのは?
――A.チョー美乳です!
――Q.そんな胸が頬に当っているアナタは?
――A.世界一の……いえ、宇宙一の幸せ者です!
――よし。
アイコンタクト成立。相変わらずドラゴンスリーパーで口は塞がれているけど、締め付けだけはだいぶ弱まっまた。
「そんな事より竹下社長! 優月さんの本名は、教えて頂けないのですか?」
「そうです! モッタイぶらないで、教えて下さい!」
「そおッスよ。外見は見覚えないッスけど、俺ッチ達の知っている人なんッスか?」
そんな先輩達のグダグダっぷりにシビレを切らした新人達が、話を戻そうと声を上げる。
「いや、ちゃんと教えるし、モッタイぶってもいないから。ちなみに、見た事も聞いた事もあるはずだ」
モッタイぶっていないと言いながら、間を一拍置いて笑みを浮かべる佳華先輩。そして新人達三人を見渡しながら、ゆっくりと口を開いた。
「ソイツの本名は佐野優月じゃなくて、佐野優人だ。まさか知らないヤツはいないだろ?」
「さ、佐野……?」
「優人……?」
「そ、それって……?」
佳華先輩の言葉に、目が点になって呆け顔の三人。
そして、しばしの沈黙のあと――
「「「えぇぇぇぇーっ!! 副社長ぉぉぉぉぉぉーっ!?」」」
綺麗に絶叫をハモらせる新人達。
「優月さんって、あのいつも同じネクタイに、アイロンの利いてないワイシャツとヨレヨレのスーツを着た――」
「ウッザい前髪と、似合いもしねぇロン毛で――」
「わたしより背の低い、チビッコ副社長なんですかっ!?」
あれ? オレって新人達から、そんな風に思われていたの? なんか今は、ドラゴンスリーパーより心が痛い……
てゆうか、コラッかぐやっ! これみよがしに笑いを堪えてないで、笑いたいならハッキリ笑え!
そんな文句を言いたくても、言葉が出せない。そして、そんなオレの口を塞いでいるグラウンドの魔術師さんは、憐れむような瞳でアイコンタクトを送って来た。
――Q.ごめんなさい……こんなときどんな顔をすればいいか分からないの……
――A.笑えばいいと思うよ……てか、もう放して下さい。
ずっと無表情だった顔に、優しい微笑みを浮かべて技を解く木村さん。
ごめんなさい。ヤッパリその優しい笑顔はやめて下さい。なんか涙が出て来そうです……
少しだけ滲む視界で立ち上がると、代わりに江畑さんと新鍋さんが落ち込むように両手両膝を着いていた。
やはり、知らずに男と試合させられたのがショックだったのかな……?
オレがそんな心配をしていると、佳華先輩が腕組みをしたまま一歩前に出た。
「まあ、騙し討ちみたいではあったけど、苦情は受け付けんぞ。リングの上なら、男と試合する事に抵抗は無いと言ったのはお前らだからな」
仮にも落ち込んでいる女の子に、その言い方は酷いんじゃないかとも思ったけど――
二人はオレのそんな思いとはうらはらに、首を横へと振りながらゆっくりと立ち上がった。
「いえ、そんな事はどうでもよいのです。ただ、今までも男性相手に試合をした事は何度もありましたけど、負けたのは今回が初めてだったもので……」
「俺ッチもだ……ケンカも含めて、ヤローに負けたのは初めてだ……」
なるほど……黙って男と試合させられた事じゃなく、男に負けた事に落ち込んでいたわけか。
「でもいいじゃないですか。同じ団体なんだし、これから一緒に練習もするんだから、リベンジのチャンスはいっぱいありますよ」
明るく二人を励ます舞華。ホンマえぇ子やなぁ。
でも……
オレは舞華のセリフに苦笑いを浮かべた。
「ええ、そうですわね!」
「ああ、この借りはホントの試合で返してやるぜっ!」
盛り上がる新人達に対して、若干苦笑い気味の先輩達――
「あの~、盛り上がっているところ悪いんだけど……多分ムリじゃないかな――」
「ムリですってっ!? それはどういう事ですのっ!?」
「俺ッチらじゃ、一生勝てネェって事かっ!? あぁんっ!?」
「そんな言い方って、ヒドイです!!」
恐る恐る声を掛けたオレに詰め寄る新人達。
「いやいやいやいや……そういう意味じゃなくて……」
オレはたじろぎながら後ずさり、助けを求めるように佳華先輩に目を向ける。
そんなオレの視線を受け、佳華先輩は一つため息を吐いてパンパンと手を叩いた。
「おーい、みんなっ! その事については、あたしから話すから聞いてくれー!」
社長さまのお言葉に、渋々ながら従う新人達。
「実は佐野のデビュー戦に関してなんだが――」
さっき、上のオフィスであったやり取りを、ゆっくりと語り始める佳華先輩。
オレが男子プロのリングに立てない理由。佳華先輩が女子プロからデビューを薦めた事。荒木さんと木村さんがウチに入団したキッカケ。そして、かぐやとの賭け……
最初は渋々だった新人達も、真剣な面持ちで話を聞いている。
そして全ての話が終わると、舞華がポツリと呟いた。
「そんな……あんなに強いのに、背が足りないだけで入団テストすら受けられないなんて」
まあ、それが規則なのだから仕方ない。
オレは、今までに心の中で何度も繰り返した言葉を、もう一度繰り返した。
「でも、確かに社長の言う通りですわ。優月さん程の人がリングに上がらないなんて、日本プロレス界の損失です! ここはわたくしにお任せ下さいまし!」
そう言って、新鍋さんはどこからともなくスマホを取り出すと、パパッと操作してそれを耳に当てた――てゆうかオレの気のせいじゃなければ、あの巨大な谷間から取り出したような……
うん、気のせいだな! いくら谷間が巨大でも、スマホが入っている訳がない……多分。
なんて事を考えているウチに、電話が繋がったらしい。てか任せろって、ドコにかけてるんだ?
(*01)ドラゴンスリーパー
相手の背後から相手の左腕を取りつつ、左首筋の方から相手の顎の下に右腕を巻きつけ、脇に抱えるように頸動脈を絞め上げる。