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「メイド長? わたくしです。じいやは近くに居るかしら?」
メ、メイド長ぉっ!? それにじいやさんまで居るのか、このお嬢様は……
つくづく何でこんな貧乏団体に居るのか不思議だ。
「――あっ、じいや。今すぐモロッコから医者を呼び寄せなさい。新鍋の名に恥じない最高の名医を――何の医者かって? そんなもの、モロッコといえば性転換医に決まって――」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!!」
オレは新鍋さんの手からスマホを奪い取り、通話終了をタップする。
「ちょっと優月さん! 何をなさいますのっ!?」
「何をなさいますのは、コッチのセリフだ! そんな医者を呼んで何する気だ!?」
「何をするって――そんなもの決まってますわ。副社長……いえ、ここは優月さんと呼ばせて頂きます」
新鍋さんはオレの手からスマホを取り返しつつ、したり顔で腕を組む。
「優月さんは、男性が女性に混ざって試合をする事に抵抗があるのでしょう? でしたら、そのような無用の長物は切除してしまって、女性としてリングに上がればよいのですわ」
「よくねぇーよ! てか無用でもねぇーからっ!!」
ニッコリ笑う新鍋さんに、思わず声を張り上げるオレ。そんなオレの後ろでは、木村さん、荒木さん、そしてかぐやの三人が顔を突き合わせて――
「とゆうより、あの男の娘のモノは長物と呼べるほどの長さなのでしょうか?」
「そこんトコどうなんだい、かぐや?」
「し、知らないわよ! ……でも子供の頃に見た時には……このくらいだったなか?」
「やめんかっ!」
この腐れ女子どもめ! てゆうかかぐや、リアルに指を広げるな!
「はいはい、話が進まん。静かにしろ~!」
場を|纏《まと》めるように、佳華先輩が再び|柏手《かしわで》を打つ。
「美幸、愛理沙、舞華。佐野の事については、色々と思うところもあるだろう――だが、今のお前達にとって一番重要なのは、一ヶ月後にはお前たちのデビュー戦も有ることだ。とりあえず佐野の事はかぐやに任せて、お前たちはまず自分の事に集中しろ」
「そ、そうだった……優月さんのインパクトが強くて、スッカリ忘れていたぜ……」
「ええ……これほど驚かせられたのは、初めてですわ……」
ええぇ……オレの女装は、自分のデビュー戦を忘れるほどインパクト強いの……?
「そうですよね。まずは自分の事ですよね……」
「そうゆう事だ――まあぁ、愛理沙の作戦は最後の手段だな」
「その作戦は、断固お断りします!」
佳華先輩の言葉に、シッカリと拒否の意思表示を示す。
どこまで本気なのかは分からないけど、ぼやぼやしていたらホントに女の子にされてしまいそうだ。
「でもでも、デビュー戦までは優月さんも一緒に練習してくれるんですよね?」
舞華が詰め寄るようにして顔を近付け、オレの両手を取る――って、てか近いって……
「ま、まぁ……そうゆう事になるね……」
「良かった♪」
出来るだけ平静を装い、端的に答えるオレ。しかし舞華は、満面の笑みを浮かべてオレの両手を自分の胸に抱き込むようにし、更に距離を詰める。
いやだから近いから! てゆうか手に当ってる――というか手が挟まってるからっ! かぐやの二倍くらいありそうな山の谷間に!
「そうだっ! これから優月さんの事、お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」
「なにゆえっ!?」
「さっき、お姉様って呼ぶのがダメって言ったのは、優月さんが実は男の人だったからですよね? だからお兄ちゃんで!」
「そ、そりゃまあ、お姉様よりはマシだけど――」
「じゃあ、決まりです! わたし長女だから、ずっとお兄ちゃんとかお姉ちゃんが欲しかったんです♪」
いや、お姉様よりはマシとは言ったけど、呼んでいいって了解したわけじゃ……
「あたし的には、オネエ・様の方が佐野には似合っていると思うけどなぁ」
「うん、確かによく似合っているな。オネエ・様」
うるさいDEATHよっ、お姉様ズ!
「舞華さん! ちょいとお待ちなさい!」
「ああ、それはマズいぜ、舞華」
舞華よりも更に一回り大きな胸に金髪縦ロールを揺らした新鍋さんと、眉間にシワを寄せてオレより二回り太い腕を組んだ江畑さんが一歩前に出る。
多少浮世離れしているけど、縦社会で上下関係の厳しい財閥のお嬢様と元ヤンだ。きっと舞華をたしなめてくれ――
「あなたばかりズルいですわ。あなたがそう呼ぶのであれば、わたくしは『お兄様』と呼ばせて頂きます」
「おう、抜け駆けはなしだ! 俺ッチは『アニキ』って呼ばせてもらうぜ!」
「って、お前らもかーっ!?」
あまりにも予想の遥か斜め上のセリフに、ツッコミのボリュームが上がる。しかし、新鍋さんも江畑さんもまったく怯む事なく、笑顔でこちらに目を向けた。
「ええ、初めてわたくしに勝った殿方ですもの。敬意を払って、お兄様と呼ばせて頂きます。それからわたくしの事は、愛理沙と呼び捨てで結構ですわ」
「そうゆう事だ。俺ッチの事も美幸でいいぜ」
まあ、名前で呼ぶのは構わない。むしろその方が気軽でいい。
しかし……
お兄ちゃんにお兄様にアニキ……妹フェチの人なら、泣いて喜ぶ状況なのかも知れないけど、生憎とオレにそんな性癖はない……はず。
「モテモテねぇ、優人……」
「ぐおっ……」
突然背後から首に腕が巻き付き、耳元からドスの利いた声が聞こえてきた。振り向かなくても分かる、子供の頃から聞き慣れた声……
「か、かぐや……ク、クビ……極まってる……」
完全に喉の気管に入っている腕を叩きながら声を絞り出す。
ちなみにプロレスでは、スリーパで締めて良いのは頸動脈だけで、喉の気管を締めるのはチョークという反則である。
「だ、たから、チョ、チョークチョーク……」
「うるさい! ヤッパ気が変わった。今すぐアンタを叩きのめすっ!」
「ちょ、ちょっと待て! オレはいま、三試合終えたばかりだぞっ! てか、デビュー戦の話はナシでいいのか?」
「っんなワケないでしょっ! これはあくまで前哨戦っ! いくわよっ!!」
チョークスリーパーを極めたまま、ズルズルとリングの方へオレを引きずって行くかぐや。
な、なんてワガママなヤツ……
「あぁ~。こんな所で、かぐやさんとお兄様の試合が観られるなんて、感激ですわ」
「ガンバレ、アニキーッ!」
「お兄ちゃん、負けるなーっ! でも本番では負けて下さーい!」
一部ビミョーな応援の声を上げる新人達――
てゆうか……
「止めろよ、お前らぁぁぁーっ!!」