テラーノベル
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漫画作成を初めて五日が立った。
進行は順調ではあるのだが、いかんせん、進みは遅い。
(デジタルとは勝手が違うからなぁ。アナログって初めてだし、道具もちゃんと揃ってないし)
まず紙から漫画用の用紙ではない。Gペンもないし、トーンもない。
ホワイトは、この前の買い出しでアルエが調達してきてくれた。
「修正にホワイトって言っていたから、水彩絵の具の白でいいかなと思って。細いペンも買ってきました」
「君は何て優秀なんだ、アルエぇ!」
アルエの機転に、思わず抱き付いてお礼を言った。
修正できると聞いて肩の力が抜けたディルクだったが、すぐに緊張状態に戻っていた。
「これは違う。そういうのじゃないです」
何故かアルエがディルクに言い訳していた。
(何もかも手探りで、めっちゃ大変だけど……めちゃ楽しい)
イソトマはオタク仲間と漫画を描ける楽しみを噛み締めていた。
最近は、学園の授業が終わると毎日、アルエとディルクとオタ活している。
「早く授業、終わらないかな」
あの時間が待ち遠しい。
学園は、イソトマにとって居心地の悪い居場所だ。
楽しいしかないオタ活とは真逆と言える。
(でも、オタ活も楽しいばかりじゃダメだ。あの漫画はルシアンへのプレゼン資料なんだから)
今や、イソトマの漫画は趣味の域を超えた。
一刻も早く仕上げて、ルシアンとの話し合いに望まないといけない。
(二人が推しだってわかってもらえれば、円満解決。円満な婚約解消がきっとできる!)
その後、ノアルやセインのように色んな人が家名目当てで求婚してくるかもしれないが、そこは家というか父親に守ってもらう。
(だって、僕の結婚相手を決めるのは父様だもの)
ちょっとだけ、胸がチクリと痛かった。
それからすぐに、ディルクの顔が浮かんだ。
(どうして、ディルクが……そっか。ディルクはきっと、僕が変な人に襲われても助けてくれるよね)
護衛だから、きっとそばにいてくれる。それがとても安心できた。
「あの……イソトマ様」
後ろから声を掛けられて、イソトマは振り返った。
「え……えぇ!」
思わず絶叫した。そこには、リリー=カトレアが立っていた。
(推しに、声掛けられちゃったー!)
驚きとドキドキで言葉にならない。
「あの……すみません。僕に声を掛けられるなんて、嫌ですよね」
リリーが悲しそうに睫毛を伏した。その姿まで美しい。
(何と儚げで可憐な姿なんだ。繊細なルシアンと一緒の姿が最高に似合う)
頭の中で勝手にツーショが思い浮かぶ。
目の前でリリーが困った顔をしている。我に返ったイソトマは、慌てて返事した。
「嫌じゃない、全然嫌じゃないよ! 驚いただけ、ごめん」
「驚き、ますよね。すみません」
リリーが怯えた顔をした。
(あぁ! これ絶対誤解されているやつ!)
イソトマはオタク的に推しに声を掛けられて驚いたのだが。リリーはルシアン絡みで婚約者的立場からイソトマが驚いたと思っているに違いない。
「えっと、あの、その」
言葉に困っているうちに、周囲に生徒が増えてきた。
「ねぇ、あれ見て」
「イソトマ様が、リリーを叱ってらっしゃるわ」
「当然よ。ついに直接対決ね」
周囲の声が、しっかり聞こえてくる。
目の前のリリーは泣き出しそうに俯いているから、まるでイソトマが虐めているように見えるだろう。
(このままじゃ、誤解が大きくなる)
そう感じたイソトマは、リリーの手を握った。
「え! イソトマ様、どうされたのですか」
「場所を変えよう。一緒に来て」
イソトマはリリーの手を引いた。
「イソトマ様、痛い」
「え? ごめん」
驚いて、握った手を緩めた。
(そんなに強く握ったつもり、なかったのにな)
少しだけモヤっとしながら、イソトマは中庭のベンチに向かった。
中庭には、やっぱり人がいなかった。
ベンチに並んで腰かける。
「それで、どうしたの?」
ちょっとドキドキしたが、なるべく普通に声を掛けた。
(ベンチの隣にリリーが座ってる! 推しが近い。ヤバイ、心臓が)
ドキドキが収まらない。
そんなイソトマに、きっとリリーは気が付いていないのだろう。
最初の怯えた様子はなくなったが、表情が冴えない。
「いえ……お伺いしたいことがあったんです」
「聞きたいこと? 僕に?」
「はい。イソトマ様は……ルシアン様を愛していますか?」
リリーがド直球で核心を突いてきた。
イソトマを真っ直ぐに見詰める瞳はほんのり潤んで、頬が紅潮している。
(あぁ……リリーは本気でルシアンを愛しているんだな)
よく見れば、少し震えている。きっと勇気を出してイソトマに確認しに来たんだろう。
「ルシアンは、好きだよ」
イソトマの言葉に、リリーの目がピクリと引き攣った。
「でも、幼馴染のお兄ちゃんが好きって感覚だよ。恋人とかじゃない。きっとリリーのほうが何倍もルシアンを愛していると思う」
素直な気持ちを、リリーに伝えた。
「だったら、婚約を解消していただけませんか。家同士の柵とか、色々あるのはわかります。だけど、僕に……ルシアン様をください」
リリーが頭を下げた。
「うん、わかってる。そのつもりだよ」
「……え?」
リリーが驚いた顔を上げた。
「けど、リリーが言う通り、色々面倒でさ。すぐにどうにかって難しいんだよね。だからせめて、ルシアンにはわかってもらえるように、僕がプレゼンするから」
「プレゼン……?」
眉間に皺を寄せて、リリーが首を傾げた。
「信じてもらえないかもだけど、僕さ。ルシアンとリリーが二人でいる姿、見てるの好きなんだ。だから、二人が一緒になれるように頑張ってみるよ」
リリーがポカンと口を開けて呆けた。
(そうなるよね。イソトマが絶対に言わなそうなセリフだもんね。でも、今の僕は前までの僕みたいには振舞えないから)
だから、今の自分で生きると決めた。驚かれても仕方ない。
「どうして、そこまでしてくださるのですか?」
リリーが、掠れた声で訊ねた。
「そりゃ、推し……僕自身も幸せになるため。ルシアンとの婚約は、元々家同士が決めた約束だしね。生まれる前から決まってたなんて、ピンとこないよ」
リリーが自分の胸に手をあてて、俯いた。
「その言葉を信じていいんですね」
「うん、信じてくれたら、嬉しいよ」
「わかりました。イソトマ様の言葉を信じます」
リリーが物言いたげに、薄く唇を動かした。
「……偽善者」
「え? 何?」
声が小さすぎて聞こえなかった。
耳を寄せたら、リリーが立ち上がった。
「突然、声を掛けた無礼をお許しください。それでは、失礼します」
意外とあっさり、リリーが立ち去って行った。
「リリーは、なるべくなら僕と話したくなんかないだろうし、仕方ないか」
きっと勇気を出して話しかけたに違いない。
(それにしても……リリーがちゃんとルシアンを好きで良かった)
ゲームと違って違和感があったリリーだが、ちゃんとルシアンを愛していた。
悪役令息のイソトマに直談判するのだから、かなり好きだ。
それがわかっただけで、イソトマとしては胸熱だ。
「はぁ……推しと、いっぱい話しちゃった。直接、ルシアンへの愛を聞いちゃった」
イソトマ的にはそれだけで幸せだ。
不穏の影が、少しずつ濃くなっているなんて、気が付いていなかった。
コメント
1件
読了しました!「推し」に直接「ルシアンを愛してるか」と聞かれちゃう場面、ドキドキが止まらなかったです。イソトマが「幼馴染のお兄ちゃん感覚」って自分の気持ちを正直に話せたところ、すごく良かった。リリーの「偽善者」という呟きがすごく気になる…! あの一言だけで、これからの展開に不穏な空気が漂い始めましたね。二人の関係がどう動くのか、続きが気になります✨