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かんな
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リリーと話をしてから三日も経たないうちに、イソトマはルシアンに呼び出された。
「どうしてルシアンに呼び出されたんだろう。まだ漫画、描き終わってないのに」
「心配するのは、そこじゃないだろ」
ディルクが呆れている。
「俺は部屋に入れないから、何かあったら大声で叫べ」
王族に謁見する際、護衛を侍らせるのは不敬にあたる。ディルクは部屋の前で待機になる。
「何もないとは思うけど。それじゃぁさ、これ、持っていてよ」
紐が付いた丸い石をディルクに渡した。
「これは?」
「防犯ブザーだよ。魔法で作ったの。紐を引っ張ると、自分の石と相手の石、ものすごい音が鳴ります。どんなに離れていても、鳴ります」
「わかり易くていい。大事に持っておこう」
ディルクが胸のポケットに石を大事そうに仕舞った。
心なしか、嬉しそうだ。
「じゃぁ、行ってくるね」
「あぁ、納得できるよう話してこい」
ディルクが頭を撫でてくれる。
安心と勇気をもらって、イソトマはドアをノックした。
「ルシアン、イソトマだよ」
「どうぞ」
扉を開ける。
部屋の中央にあるソファに、ルシアンが座っていた。
「遠慮せず、掛けて」
「ありがとう」
向かいのソファに腰掛ける。
イソトマを見詰めるルシアンの表情は晴れない。
「呼び出したのはね、リリーの件だよ」
ドクリと、心臓が下がった。
(やっぱり、リリーだった。漫画、間に合わなかった)
イソトマは心の中で泣いた。
「最近のイソトマは変わったと周囲からも聞いていたし、私もそう感じていた。だから、安心していたのに。リリーに関しては、変われないのかい?」
ルシアンが眉を下げて問い掛ける。
言葉の意味が解らなくて、イソトマは首を傾げた。
「先日、イソトマに無理やり中庭に連れて行かれるリリーを、複数の生徒が目撃している。その後、リリーは泣きながら帰ってきた。一体、何をしたんだい?」
「え……そんな、泣くようなことは、何も」
ざわざわと、胸がざわつく。
(何だろう、嫌な感じだ)
「中庭に行ったのは認めるんだね」
「うん……僕が誘った」
「その時も、リリーの手首を捻って怪我をさせたとか」
「うそ、そんなの知らない」
そう答えた瞬間に、思い出した。
手を握った瞬間に、リリーは「痛い」と大袈裟に叫んでいた。
「痛がるリリーの腕を無理に掴んで連れ去ろうとするイソトマの姿を見ていた生徒がいるんだよ」
「無理になんか……捻ってもいないよ!」
「けれど、リリーは実際に怪我をしているんだ」
「そんな」
イソトマの経験した状況とルシアンの話があまりに噛み合わなくて、訳が分からなくなってきた。
「泣きながら帰ってきたリリーは、何も語らない。イソトマ様に口止めされていると話したよ。一体、何の話をしたんだ?」
イソトマは言葉を失くした。
確かに、多くに語ってほしくない話はした。けれど、口止めなんかしていない。
「僕は……」
イソトマは言葉を止めて、ぐっと飲み込んだ。
イソトマの中で、リリーの行動が繋がってしまった。
(靴を隠されたのも、中庭の件も、自作自演だ。僕を悪者にして、ルシアンの気持ちを僕から遠ざけるため、だったんだ)
イソトマが知っているリリーは、そんな姑息な真似はしない。
もっと正々堂々、正直にぶつかっていく主人公だ。
(攻略対象もゲームとちょっとずつ違っていたりするけど、リリーも変わっちゃったの? リリーだけ、あまりに変わり過ぎだよ)
「まるで、バグレベルで違ってる」
思わず口走っていた。
(僕の推しのリリーとは、別人なの……?)
気付いた事実があまりにショックで、思考停止した。
「何がどう違うのか、説明してくれるかい……イソトマ?」
「え……?」
ルシアンが近付いて、イソトマの涙をハンカチで拭った。
自分が泣いていたのだと、初めて気が付いた。
「ごめん、泣くつもりはなくて」
慌てて自分の涙を拭きとる。
「リリーには、ルシアンと幸せになってほしいって話したんだ。そのためにも僕は身を引くからって」
「なに……?」
ルシアンの顔が険しく歪んだ。
「婚約を解消してもらえるように、ルシアンに話してみるよって。僕は、リリーとルシアンが二人でいる姿が好きだから」
ゲームの中のリリーなら、好きだった。
けれど、今のリリーを、好きになれるだろうか。
そう考えたら言葉に詰まって、それ以上は言えなかった。
「何を、言っているんだ?」
ルシアンの声が、いつもより低く響いた。
「何って、だから、婚約を……」
「解消など、するわけがないだろう。どうして私が、イソトマを失わなければいけないんだ」
ルシアンの声が怒っている。
いつも穏やかな人から、こんな声は滅多に聞かない。
「だって……ルシアンは、リリーが好きなんじゃないの?」
リリーは今、ルシアンルートにいる。そうでなければおかしい。
ルシアンが、大袈裟なほど大きく息を吐いた。
「やはり、わかっていないね、イソトマ」
「え……うわっ!」
イソトマの体がソファに沈む。
いつの間にか、押し倒されていた。
(なに、これ。ルシアンがイソトマにこんなこと、するはずない……)
それどころか、ルシアンはこんなことをするキャラじゃない。
「いっそ今すぐに奪って、既成事実を作ろうか。君が私から逃げ出そうなんて、思わないように」
指で顎を持ち上げられる。
ルシアンの親指の腹が、イソトマの唇をなぞった。
「や……やだ、やめ……」
「不本意だけど、今はしないよ。イソトマに嫌われたくないからね」
イソトマの手を握って、ルシアンが指先に口付けた。
いつもなら挨拶と思える口付けが、今は怖い。
「ただし、一つ。認識を改めておくれ。私はリリーに恋愛感情を抱いたことはない。イソトマ以外を伴侶に迎える気もない」
頭の中で、絶望の音がした。
信じていたものや希望が、総て崩れる音だ。
(どうして……どうして? ルシアンは、リリーを愛していないの)
視界が潤んで、涙が勝手に溢れてきた。
「あんなに、一緒にいるのに」
ルシアンの指がイソトマの涙を拭う。
申し訳なさそうに眉が下がった。
「心配だから、傍にいる。イソトマやノアルのためでも、あるんだ」
ルシアンの言葉が、理解できない。
(よくわかんないよ……ルシアンがリリーを好きじゃないって言った。なんで……リリーとルシアンは、相思相愛じゃないの?)
そればかりが頭の中でグルグル回って、もう何も入ってこない。
「私の心は常にイソトマのものだ。君がどんなに悪く振舞おうと、その性根をよく知っている。イデアの弟をぞんざいになど扱えるものか」
ルシアンが、ずっと何かを話している。
全然、耳に入ってこない。
「……ごめん、ルシアン」
ルシアンの胸を押して、イソトマは起き上がった。
「イソトマ?」
「話の続きは、別の日に。今日は、帰るね」
のっそりと立ち上がると、部屋を出た。
後ろでルシアンの引き止める声が聞こえた気がした。
部屋の入り口で待っていたディルクが声をかけてくれたけど。
誰の声も、全然入ってこなかった。
ただ一人になって、思い切り泣きたかった。
コメント
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「えっ……ちょっと待って、ここからそう来るんだ」って声が出ました。今までリリー=正統派ヒロインだと思って読んでたので、彼女がイソトマを陥れる側に回ってる構図に衝撃です。でも、それ以上に「ルシアンがリリーを愛してない」って断言した場面、めちゃくちゃ重いですね。彼がここまでストレートに想いを告げるとは思わなかった。イソトマの脳内が「推しが違う」ってバグるのも、よく分かります。ディルクが防犯ブザーを嬉しそうに受け取ったところが、ささやかな救いでした。