テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
【冒険者ギルド・本部】
辺境の地をあとにしたメアリーは王都バキ・ラカンに入り、まずは当面の生活基盤を得るため、身分を隠して冒険者ギルドへと足を運んだ。そこで魔法士としての登録を済ませ、自身のステータスを測定することになったのだが――。
「……え?」
水晶に表示された結果を見て、メアリーは思わずパチクリと目を丸くした。
「メアリー・アスター・レベル10」
それは、あまりにも残念すぎる、底辺冒険者並みの数値だった。
本来の彼女は幼少期より魔法の訓練を行い、中等部に入る寸前の測定ではレベル89と、すでにEクラス冒険者並みの実力を有していた。おまけに、戦闘神アングィスの絶大な加護によって、本来なら「レベル600オーバー」という規格外のバケモノ級の領域に達しているはずなのだ。
しかし、彼女自身の内向的な性格に加え、右目の『魔眼封じの魔法具(眼帯)』による影響と、脳内で未だに絶交状態が続いているアングィスの影響により、本来の力はもちろん、そのステータスのほぼ全てがロックされてしまっていた。
(うぅ……レベル10って……。これじゃまともなお仕事、回して貰えないじゃない……)
すっかり落胆してしまったメアリーだったが、落ち込んでばかりもいられない。
その日の午後、彼女はファーレンを目指して王都を後にした。まずは一番近い宿場町へと街道を進み、その日のうちに農業の街『アグーリ』へと到着した。
【アグーリ・正門】
見渡す限りの田園風景が広がる美しい街だが、ここは王族の直轄地であり、完全管理農業が行われている特殊な農地だ。
「働きたいのは分かった。王族か貴族の紹介状を持っているよね」
「……いえ、持っていません」
「じゃあ駄目だ。他をあたりな」
そのため、一般の労働者であっても紹介状無しに職に就くことは不可能。当然、実家を飛び出したメアリーに、そんなツテなどあるはずもなかった。もしモグリの強欲経営者に雇われたとしても、超低賃金で酷使され、間違いなく数日と経たずに操の危機に直面するだろう。
(やっぱり、まともな働き口を見つけるのは大変だなぁ……。一先ず、今日は休もう)
まずは安全な寝床を確保するべく、アグーリの冒険者ギルドに立ち寄り、女の子でも安心して泊まれる宿を教えてもらう。
そして、温かいお風呂に浸かり、旅の疲れをさっぱりと癒した後は、待ちに待ったお楽しみタイムだ。
「わぁ……いい匂い~」
宿の食堂に入ったメアリーを待っていたのは、この街の名物料理。新鮮な地場野菜がゴロゴロ入った、アグーリ自慢のシチューだ。湯気がふわりと立ち上り、生クリームと濃厚なバターの香りが食欲を激しくそそる。
(――わぁ……っ!)
思わず歓喜の声を上げそうになるのを、慌てて飲み込む。今はフードの下に隠された美貌をさらけ出すわけにはいかない。まだ15歳で、しかもレベル10のか弱い美少女なのだ。隙を見せれば、どんな目に遭わされるか分かったものではなかった。
メアリーはなるべく目立たない隅っこにある一番小さな席にちょこんと腰掛け、黙々と食事を堪能し始めた。
だが――どれだけ気配を消そうとも、可憐な少女がたった一人で飯を食っている姿は、観察系の「スキル持ち」なら簡単に見分けられてしまう。
(……へえ。見慣れない小娘ね。それも一人。あら、よく見りゃ極上の上物じゃないの……こいつなら頭《かしら》も喜ぶよ)
フードで素顔を隠し、モグモグと幸せそうにシチューを頬張るメアリーを、食堂の暗がりからジッと鋭い視線が捉えていた。
そいつはこの界隈を根城にする盗賊団の、物色担当の女スパイだ。固有スキルによってフードを透過し、モノクロの視界に浮かび上がったメアリーの素顔に、女はニタリと口角を上げる。そして舌なめずりをしながら、ボスに褒められる未来を想像していた。
過酷な一人旅の始まり。メアリーのあずかり知らぬところで、最悪なトラブルの足音が足早に迫りつつあった――。
※※※※※
【アグーリ・北門】
#オカルト
リユ
7
聖次
693
日が昇るか昇らないかの、少し肌寒い早朝。
農業の街アグーリを後にしたメアリーは、朝霧の残る草原を一人駆け抜けていた。
(今日中に、エルラ村まで着けるかな……?)
次に彼女が目指したのは、山間にひっそりと佇む村『エルラ』。
エルフが住むという魔人族領に程近い辺境の地へ向かうには、獰猛な魔物や凶悪な盗賊が跋扈する深い森を通り抜けなければならない。
(でも、行くと決めたんだから。頑張れ、わたし!)
世間知らずのお嬢様は、まるで物語の冒険者にでもなったかのような気分で、彼方に見える青黒い森の影を目指して進んでいく。
――しかしその頃、メアリーが昨晩泊まった宿では、不穏な空気が流れていた。
「なっ……! いくら何でも出発が早すぎない!?」
あの女スパイは、メアリーを付け狙うために早朝から宿の食堂で待ち構えていたのだ。だが、朝食の時間が終わりに近づいても標的が一向に姿を現さないため、次第に焦りと苛立ちを募らせていく。
「くっそ、早く追わないと見失うわね……。おい、ちょっとそこの親父」
「おっと、お客さん。ウチは宿泊客の個人情報をペラペラ喋るような真似は――」
「これでどう? 情報料だよ」
チッと舌打ちをした女盗賊が、宿の主人の前に銀貨を滑らせる。やはりそこは金に汚い盗賊、そして金に弱い宿主だ。目の前の輝きに態度を一変させた主人から、メアリーが「エルラ村」へ向かったという情報を聞き出すと、女は銀貨を掴ませて足早に宿を飛び出した。
※※※※※
【フィルモア城・王の執務室】
重厚なウォールナットのテーブルの上で、淹れたばかりのお茶が静かに湯気を立てている。
漂う薔薇のような華やかな香りを楽しんでいるのは、一人の老魔導士だった。
「急に呼びつけて、一体なんの用じゃよ、フィルモアの王よ」
傲慢とも取れる態度でそう口にした男の名は、ババ・ヤーガ。
フィルモア王国最強と謳われる魔法士であり、そのレベルは「650」と群を抜いている。膨大な魔力を誇り、多種多様な魔法を操る、文字通りの規格外の存在だ。
「……アレの件しかなかろう。まともな奴を呼べんのか、お前らは」
不機嫌そうに答えるミラード国王は、召喚勇者たちが揃いも揃ってポンコツばかりであることに、常々腹を立てていた。
何度問い質してもはぐらかされてきた解決策。しかし、今日のヤーガは珍しく余裕の笑みを浮かべ、不気味なほど顔色が良い。
「そう焦るでない。ならば、手っ取り早く『鑑定スキル』を持つ者を送り込めば良い話じゃ。……お誂え向きに、極上の『魔眼』を持つ者がおるじゃろう?」
「ッ――!」
その言葉に、ミラード国王の顔が引きつった。
この目の前の狸親父は、国家機密であるはずの「メアリーの魔眼」の存在を完全に把握していたのだ。ヤーガは久しぶりに国王の度肝を抜くことができて満足したのか、ニヤリと不敵に口角を上げる。
「チッ……。その魔眼持ちなら、今はここにはおらん」
固有スキルは検査で判明したものの、あの一件以来、メアリーの魔眼が発動することは二度となかった。使い物にならぬと判断した国は、彼女の右目に『封じの眼帯』を宛がい、実家へと追い返すようにして放逐していたのだ。
そこまでの詳細を知らないヤーガは、意外そうな顔でキョトンとした。
「なんじゃ、おらんのか。有象無象のポンコツを呼び出すより、よほど効率的じゃというのに。はよ呼び戻せば良かろう」
「グヌヌ……! 言われなくともそうするわ。暫し待て近衛をだす」
国王の苦々しい決断により、即座に追っ手が手配される。
こうしてメアリーは、背後から迫る女スパイだけでなく、国が誇る近衛騎士団からも追われるという最悪の窮地に立たされることになってしまった。
【漆黒の森・入り口】
「うわぁ……。これは、本当に魔物が出そうだね……」
街道を進むメアリーの目の前に、行く手を阻むようにして薄暗い漆黒の森が広がっていた。まだ一歩も足を踏み入れていないというのに、耳を澄ませば「ガサガサ……」「パキ、パキ……」と、奥に潜む不気味な気配が嫌というほど伝わってくる。思わず額に嫌な汗がにじむ。
(でも、ここまで来たんだから……進むしかないよね!)
意を決して一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。
『待つがよい、メアリー』
脳内に直接響いたその声に、メアリーの身体がこわばる。かつて仲違いし、ずっと絶交状態だった「あいつ」の声だ。いつものように無視を決め込もうとするが、声の主は容赦なく言葉を続けてくる。
『断言してやろう。お前がその足で百歩進む前に、間違いなく魔物の餌食になる』
「……じゃあ、わたしにどうしろって言うのよ!!」
流石にこれだけ濃密な魔物の気配を前にして忠告されれば、足がすくんでしまう。だが、過去のあの辛い経験――厄災と呼ばれ、家族がバラバラになった原因を作った元凶を、そう簡単に許す気にはなれなかった。それでも背に腹は代えられないメアリーは、渋々といった様子で脳内の同居人に言葉を返す。
『簡単なことだ。私の力を借り、その魔眼の封印を解放すれば、こんな森など楽勝であろう』
「ああ、もう! そんなこと、言われなくたって分かってるよ……っ!」
苛立ちのあまり、思わず声が裏返り、怒りが露わになる。
行き場のない怒りと、あの忌まわしい魔眼を使えという提案。メアリーの頭の中は、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
『強く生きると、心に誓ったのだろうメアリー。それに――君の知らない事実を教えてやろう』
「……っ」
脳内に響く冷徹な声が語ったのは、あまりにも残酷で、温かい真実だった。
母親のフィービーは、生まれつき身体が弱かったメアリーの命を繋ぎ止めるため、自らの身体に戦闘神アングィスを憑依させたのだという。
(嘘……。そんなの、おとぎ話か何かの間違いよ……!)
初めは拒絶しようとしたメアリーだった。だが、こうして脳内で別の人格と会話している現実そのものが、すでに異常なのだ。何より、かつて「女帝になる」という大いなる夢を語っていた母の、あの真剣な眼差しを思い出すと、アングィスの言葉が嘘だとはどうしても思えなかった。
母は、私を救うためにすべてを賭けたのだ。
ならば、ここで怯えているわけにはいかない。
メアリーはぎゅっと拳を握りしめ、ついに腹を括った。
「……分かったわよ。力を――貸しなさい!」
眼帯の奥で眠っていた魔眼に、アングィスの絶大な力が流れ込んでいく。じわりと熱を帯び、封印されていた『魔眼』が今、確かな輝きを取り戻して復活を遂げた。
忌まわしい記憶が蘇り、一瞬の躊躇いが彼女を襲うが、今は感傷に浸っている暇などない。メアリーはすぐさま眼帯を外し、魔眼の権能である『索敵』を発動した。
「近道も教えてやる。速足で向かわないと間に合わないぞ」
「ふん! 一応礼を言っておくわ」
森の奥から無数の赤い光――魔物の気配が視界の端にあるマップに浮かび上がる。
新たに特別な視界を得たメアリーは、襲い来る魔物の群れを紙一重で回避し、時には魔術で退けながら、何度か訪れた絶体絶命の危機を潜り抜けていった。そうして命からがら森を突破した彼女は、ようやく目的地である『賢者の村エルラ』へとたどり着いたのだった。
【賢者の村エルラ】
しかし、安堵したのも束の間。エルラ村の門を叩いたメアリーを待っていたのは、冷酷な現実だった。
「未成年の一人旅ですか? 申し訳ありませんが、保護者の承諾書がなければ、当村に宿泊させることはできません」
対応したエルフの受付嬢は、融通の利かない極めて生真面目な性格だった。
そればかりか、ボロボロになりながら必死に生きてきた少女から、隠しきれずに溢れ出る並々ならない魔力に――彼女は本能的な恐怖を感じてしまったのだ。
「その不気味な眼帯は、いずれ村に災いをもたらす、厄災の種になりかねない。この村から出て行きなさい!!」
受付嬢はそう冷たく断言すると、無慈悲にもメアリーを村から追い出してしまった。
「そんな……。これから、どうすればいいの……?」
すでに日は傾き、辺りは夕闇に包まれようとしている。全身の疲労と、拒絶された心の痛みに涙がこぼれそうになるが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。少しでも安全な場所を求め、彼女は重い足を引きずり、泣く泣く次の村を目指して再び夜の森へと足を踏み入れた。
コメント
1件
第18話、読み終えたよ……。 メアリー、本当に頑張ってるね。レベル10の状態でそんな過酷な旅、心折れそうになるのに、それでも前に進もうとする姿が眩しいし、ちょっと切なかった。アングィスとの和解っぽい展開もグッときた。お母さんの真実を知って、力を借りる決断をするところ……すごく良かった。ただ、エルラ村で拒絶されてまた夜の森に飛び込むラストが辛すぎるよ😢 次話も読むね、祈ってる。