テラーノベル
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君と下校を一緒にする度に、君との親しさが増していくのに、どこか物足りないと飢えた獣のように貪欲に繋がりを求める自分に気がついた俺は、そんな自分に酷くさめざめとした気持ちを抱いた。
足りない、足りない、なんて言ったところで、他者から与えられるものには限度があるのに…と。
「俺さ、母親がちょっと…アレで…」
ボヤけたレンズほど目の前にあるモノに対しての悪い想像を膨らませるけれど、君のそれはまさしくそのレンズのようだった。
ほんの少しの臆病を陰に潜ませた君は、帰り道の途中にある公園のタイヤの上で膝を抱えたまま呟く。
「帰りたく、ないんだよね…」
インターネットで見かけた言葉がある。
家庭の幸せはどこも同じような話だけれど、家庭の不幸に関しては星の数ほど違いがある、と。
君の吐露する感情を受け止めながら、俺は君の悲しみをずっと聞いていた。
「…ねぇ」
ふと顔を上げて俺を見た君が、大きな瞳で俺のことをまっすぐ射抜いた。
「……俺が…死にたいって言ったら……お前は俺と一緒に、死んでくれる?」
途切れ途切れに吐き出された汚くてドロドロした感情のこもった声を聞いて、俺は少しも躊躇わずに君の手を引きながら笑った。
君の事を、愛していたから。
「ウン!」
「〜っ…!!」
感極まったように唇を震わせた君は、日の当たらないタイヤの側で俺を強く抱きしめた。
息が苦しくなるくらい、強く…強く。
「おはよう」
「ン」
それからと言うもの、君は俺によく笑いかけるようになった。
よく俺のあとを、生まれたばかりの雛鳥のようについて回るようになった。
「一緒に行こう」
それが口癖になっていることに気がついているのは、おそらく彼の唯一の友人である俺だけなのだろう。
それと、近頃ずっと感じていた俺の中の獣のようなそれが、まだまだ足りないと口うるさく喚かなくなったことに気がついたのも、当たり前だけど、きっと俺だけなのだ。
「保護者参観日だって」
いつものように帰り道に寄った公園のタイヤに腰掛けながら、君は今日配られたプリントを手につまらなそうな顔で吐き捨てた。
前に聞いた話では、両親の仲違いの原因は中学受験をどうするかという話だったそうだ。
「こんなの見せたって意味ないよ」
君の手に握られた折り目一つないプリントと同じものが、俺のカバンの底ではきっとくしゃくしゃになっているだろう。
見せるか見せないかを逡巡していた君は、やがてそれすらも嫌になったのか、乱暴にカバンを開いたけれど、そのプリントは折り目のつかないようにファイルに入れてからカバンにしまっていた。
「散々言い合ってたくせに、今は無関心なんだよ、あの人…自分勝手だよね」
誰かが地面に突き刺した木の枝を、君が存外優しい手つきで引き抜くと、小さな穴からアリが様子を伺うようにそっと這い出てきた。
いつからか、君は母親と呼んでいたのを辞めて、代わりにあの人と呼ぶようになった。
「…ホント、あの人嫌い」
呼び方が変わって、その人に向ける言葉の温度もガラリと変わったような気がする。
七月までの君は、もっと寂しそうだったのに。八月になると、君の寂しさは苛立ちへ変わり…そして、今の君は……
「しんじゃえばいいのに、あんな人」
君が見つめる棒の先端には、子供の些細な暇つぶしのためにひしゃげて死んだアリの死骸が張り付いていた。
俺は九月の乾いて寒さを感じさせる風に吹かれて小さくくしゃみをした。
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