だが、彼の詠みが続く限り、
この国は折れなかった。
彼が倒れぬ限り――
希望だけは、消えなかったのだ。
そして、四日目の朝が来た。
空は晴れていた。
雲ひとつなく、ただ藍が広がっていた。
誰かが、
これが最後の“空”かもしれないと呟いた。
敵の陣もまだ、動きを止めない。
その先頭にいるのは、誰もが知る将軍だった。
その眼差しが、遠く彼を捉える。
「詠い手を、先に殺せ」
その命令が風に乗るように聞こえる。
その直後
風が、震えた。
彼の術に向かって、無数の矢が、放たれたのだ。
赤い詩文を裂くように、
空を走る数十の黒い矢。
それは、どんな術も貫通するよう、呪詛が塗られた死の矢だった。
だが。
「……遅いよ」
彼の声が、微かに空を震わせた。
地に刻まれていた術式が、瞬時に反応し、
赤い詩文が矢を包む。
矢が、空中で焼け落ちた。
火花が散る。
「僕のこと、甘く見過ぎ。
そんな物理的な攻撃は届かないよ。」
だがその刹那
彼の口元に、かすかな血が滲んだ。
舌の裏に、鉄の味が広がる。
同時に、耳が――キィン、と軋んで
目の奥が熱く、視界がわずかに滲む。
耳鳴りが、ひどい。
敵の足音も、味方の声も、遠ざかる。
聴こえるのは、詩の反響だけ。
何百という文字が、術式として空に放たれ、
また彼の頭の中に還ってくる。
「……まだだ」
低く、自分に向かって呟いた。
声を出すたびに喉が裂けるようで、ひとつ詩を紡ぐごとに、
血が喉奥を伝って落ちていった。
術の熱だ。
指の節が痙攣する。印を結ぶのも、もはや痛みに変わっていた。
それでも、止めなかった。
止めれば、国が裂ける。
「……あと、二日。もてばいいな。」
彼は再び目を閉じ、
何事もなかったかのように
ゆっくりと術式となる、詩を紡ぎ始めた。
・・・そしてその日、初めて、
敵の前線が、止まった。
術と詩が、戦場の“均衡”をもたらし始めたのだ。
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コメント
9件
詠い手… 詠う声苦しくても綺麗なんだろうな…。ひろぱのギターとりょーちゃんのピアノが合わさって負担が分散されればいいなー。むしろ3人あわさったら術式超強化されそうwwりょーちゃんの撒き散らす花粉で別のダメージ負いそうだけどww
現代現実とリンクしているんですね!では、守るべき者の中に彼らも存在しているんだ〜! 物理攻撃が効かない…カッコよ… でも、ダメージを受けている所がまた少しの不安感と、でも勝利するであろうという期待感に、感情がアップダウンして気持ちいいです!
相手にとっては最恐 。 でも 、 印を結ぶことによって 、 自分の体が削られてゆく 。 それでも 印を結ぶ。 国のために。 とても震える描写 、 再現のしかたがほんとにすきです!