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ある日のこと、世界で一番どうでもいい発明を目指す男がいた。
その名も、田中スイッチ太郎。
彼は真剣だった。何がどうでもいいかというと、「押しても何も起きないボタン」を世界で最も完成度高く作ることに人生を捧げていたのだ。
「ただのボタンじゃない。芸術だ。」
彼はそう言って、机の上に並べられた無数のボタンを見つめた。赤、青、黄色、光るやつ、押すとカチッといい音がするやつ、押すと微妙にイラッとする遅延があるやつ。
すべて、何も起きない。
しかし、何も起きないことに、彼は異様なこだわりを持っていた。
「押したくなる。でも何も起きない。この“裏切り”こそが、人間の本質を暴くんだ…!」
近所の人は言った。
「働け。」
だがスイッチ太郎は止まらない。彼の目はすでに、次の段階を見据えていた。
「次は、“押したら何か起きそうで、やっぱり何も起きないボタン”だ…」
違いがわからない?
彼にもわからない。
だが彼はやるのだ。
—
そんなある日、彼の研究室(という名の六畳一間)に、一人の訪問者が現れた。
白衣を着た女性だった。
「あなたが田中スイッチ太郎ね?」
「いかにも。」
「私は国際どうでもいい研究機関の者です。」
「そんな機関あるの!?」
「あります。税金の使い道としてはかなりグレーです。」
彼女はボタンを一つ手に取った。
カチッ。
何も起きない。
カチッ。
やっぱり何も起きない。
「……素晴らしいわね。」
「でしょう?」
「ここまで何も起きないと、逆に不安になる。」
「それが狙いです。」
彼女はうなずいた。
「実は、あなたに依頼があります。」
「ついに来たか…世界が俺を必要とする時が…」
「このボタンを宇宙に持っていきたいの。」
「スケールでかっ!」
—
数ヶ月後。
スイッチ太郎は、なぜか宇宙船に乗っていた。
「どうしてこうなった。」
「あなたがサインしたからよ。」
「契約書ちゃんと読めばよかった!」
彼の隣には例の研究員、そしてなぜか一匹の猫がいた。
「なんで猫いるの?」
「マスコットよ。」
「宇宙にマスコット必要!?」
猫は無言でボタンを押した。
カチッ。
何も起きない。
「ほらね、猫でも安心して押せる。」
「そこ!?」
—
宇宙船は、地球から遠く離れた場所へと進んでいく。
目的は、「宇宙人との接触」。
そして、その際に使うのが——
「この、“押しても何も起きないボタン”です。」
「意味わからん!」
「宇宙人に、人類の本質を見せるのよ。」
「本質それでいいの!?」
—
そしてついに、その時が来た。
宇宙船の前に、巨大な円盤が現れたのだ。
「来たわ…」
通信が開かれる。
謎の言語が流れる中、研究員はスイッチ太郎にボタンを渡した。
「押して。」
「え、今!?」
「今よ。」
スイッチ太郎は震える手でボタンを押した。
カチッ。
何も起きない。
沈黙。
宇宙人も沈黙。
さらにもう一回押した。
カチッ。
やっぱり何も起きない。
その瞬間——
宇宙船に翻訳された声が響いた。
『……なぜ押した?』
「えっ」
『何も起きないとわかっていて、なぜ押した?』
スイッチ太郎は答えた。
「そこにボタンがあったから…」
しばらくの沈黙の後、宇宙人はこう言った。
『……理解した。お前たちは愚かで、しかし愛すべき存在だ。』
「評価が雑!」
『そのボタンをよこせ。我々の文明にも必要だ。』
「ええ!?」
こうして、スイッチ太郎の発明は宇宙規模で採用されることになった。
—
帰還後。
彼は一躍有名人となった。
テレビのインタビューでこう聞かれた。
「今後の目標は?」
彼は静かに答えた。
「“押さなくても何も起きないボタン”を作りたい。」
「それただの空間では?」
「違う。哲学だ。」
—
その後、彼の研究はさらに進み、
・見ると押したくなるけど存在しないボタン
・押した気がするけど押してないボタン
・押す前から後悔するボタン
など、次々と新たな“何も起きない”が生まれていった。
そして人類はついに気づく。
「何も起きないって、けっこう楽しい。」
と。
—
ただし、彼の家賃は相変わらず滞納していた。
完。
番外編:猫とボタンと、ときどき宇宙
—
あの宇実事件(?)からしばらく経ったある日。
田中スイッチ太郎の部屋(六畳一間・家賃滞納継続中)に、例の猫が居座っていた。
「……なんでまだいるの?」
猫は答えない。
ただ静かに、机の上のボタンを見つめている。
カチッ。
何も起きない。
カチッ。
やっぱり何も起きない。
「いや、帰れよ。」
猫はもう一度押した。
カチッ。
何も起きない。
「無視!?」
—
その猫には、いつの間にか名前がついていた。
「ボタン丸」
誰がつけたのかは不明だが、本人(本猫?)は特に気にしていない様子だった。
むしろ問題は、彼の異常な執着である。
一日中、ボタンを押す。
朝起きて押す。
ご飯の前に押す。
食べた後に押す。
寝る前にも押す。
「健康に悪いルーティンだな。」
—
ある日、スイッチ太郎は気づいた。
「……こいつ、普通の猫じゃないな?」
ボタン丸は、押すボタンを“選んでいる”のだ。
数あるボタンの中から、微妙に押し心地の違うものを見分けている。
しかも——
「その“0.1秒だけカチッと音が遅れるやつ”、それ一番人気ないやつなんだけど!?」
ボタン丸は、あえてそれを押した。
カチッ(微妙に遅い)
何も起きない。
満足そうに、しっぽを振った。
「マニアだ……!」
—
そんなある日。
部屋のテレビが突然ついた。
『緊急ニュースです』
「え、勝手に!?」
画面には、あの研究員が映っていた。
「こちら宇宙連合臨時会議です。」
「スケールでかくない!?」
「例のボタンですが、宇宙中で大流行しています。」
「マジかよ…」
「しかし問題が発生しました。」
スイッチ太郎は嫌な予感がした。
「宇宙人たちが、押しすぎて何もしなくなりました。」
「本末転倒!!」
—
映像が切り替わる。
そこには、宇宙人たちが無言でボタンを押し続ける光景。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
何も起きない。
「働けーーー!!」
—
研究員が言った。
「このままだと宇宙文明が停滞します。」
「俺のせい!?」
「責任を取ってください。」
「嫌だよ!」
その時、ボタン丸がゆっくりと前に出た。
「……え?」
ボタン丸はテレビに向かって、ひとつのボタンを押した。
カチッ。
何も起きない。
だが次の瞬間——
宇宙人の一人が言った。
『……あれ?今の押し心地、違くない?』
別の宇宙人も反応する。
『確かに…微妙に“期待を裏切る質感”が違う…!』
『奥が深い……!』
「方向性が間違ってる!!」
—
しかし、その“違い”に気づいたことで、宇宙人たちは議論を始めた。
・何も起きないとは何か
・期待とは何か
・押す意味とは何か
そしてついに——
『我々は研究を再開する!』
「よかったのか、それで!?」
—
数日後。
研究員が再び訪れた。
「猫、借りますね。」
「えっ」
「宇宙に必要です。」
「ボタン丸が!?」
ボタン丸は振り返りもせず、宇宙船へ乗り込んだ。
最後に一度だけ振り向き、
カチッ。
何も起きないボタンを押した。
「……いや、何も起きないんかい!」
—
その後。
ボタン丸は「押し心地マスター」として宇宙中で伝説となった。
一方スイッチ太郎は——
「……静かだな。」
誰も押さない部屋で、ぽつんと座っていた。
しばらくして、彼はひとつのボタンに手を伸ばす。
カチッ。
何も起きない。
彼は少しだけ笑った。
「……まあ、いいか。」
—
その頃、宇宙では。
ボタン丸が、1億種類の何も起きないボタンを前にしていた。
カチッ。
何も起きない。
満足そうに目を細める。
—
ただし、スイッチ太郎の家賃はまだ払われていない。
本当に完。
____________
{ キャラ紹介 }
🔘 田中スイッチ太郎 🔘
「ただのボタンじゃない。芸術だ。」
“押しても何も起きないボタン”の完成を目指す、孤高(?)の発明家。
六畳一間の部屋に住み、生活は破綻気味だが、思想だけは宇宙規模。
押したくなる衝動と、何も起きない裏切り。
その矛盾に人間の本質があると信じている。
宇宙規模の騒動を巻き起こした張本人だが、本人はわりと流されがち。
🧪 研究者 🧪
「あります。税金の使い道としてはかなりグレーです。」
国際どうでもいい研究機関に所属する謎の女性研究員。
常に冷静沈着で、どんな状況でも表情を崩さない。
スイッチ太郎の才能(?)をいち早く見抜き、宇宙プロジェクトへスカウト。
結果的に宇宙文明を危機に陥れるが、本人はあまり気にしていない。
🐱 ボタン丸 🐱
(※鳴かない)
スイッチ太郎の部屋に住み着いた謎の猫。
一切喋らないが、誰よりもボタンを理解している存在。
押し心地の違いを見極める異常な感覚を持ち、
“何も起きない”の深淵に最も近い生き物。
後に宇宙へスカウトされ、「押し心地マスター」として伝説となる。
🪐 宇宙人 ( 宇宙連合 ) 🪐
『……なぜ押した?』
高度な文明を持つ宇宙人たち。
論理的かつ知的だが、人類の“どうでもよさ”に強い興味を示す。
スイッチ太郎のボタンにより哲学的覚醒(?)を起こすも、
一時は全員がボタンにハマり文明が停止しかける。
現在はボタン研究を正式な学問として再開。