初任務、息が合わないのになぜか距離だけは近い、?
バディ契約初日。
ないこは、暗い溜め息を吐きながら廊下に設置された巨大モニターを見上げた。
「……この“新バディ歓迎ポスター”どうにかならないの?」
画面には腹立つほどテンション高いフォントでこう書かれていた。
『まろ&ないこ 最強タッグ誕生!! 距離1.8m以内で友情ブースト♥』
誰だこんな地獄みたいなセンスのデジタルポスター作ったのは。
ないこは眉間を揉む。
「あのね、友情ブーストじゃなくて、ただの強制契約だから。勘違いしないでほしいわ」
その横で、まろも気まずそうに頭を掻きながら言う。
「うちの上司やと思うで。ノリと勢いで仕事するタイプやし」
「……同情するわ。あんたも大変ね」
「いやないこも大概やろ。急にあの部屋で赤面して暴れとったやん」
「してない!!!」
「してたで」
「してない!!!」
廊下のど真ん中で言い合う二人。
ただ、口喧嘩なのに距離が近い。なぜなら──
1.8m以内に入ると契約反応が出るから、離れすぎると警告音が鳴る。
つまり、喧嘩しようが何しようが、ずっと近い距離で行動しないといけない。
(これ、一緒の部署の人たちに絶対見られてる……恥ずかしすぎる)
ないこは心底頭を抱えたい気分だった。
するとそこへ、上司が顔を出した。
「おーい! 新バディ二人とも、準備できてるかー?」
まろが「やれやれ」と肩を回し、ないこは背筋を伸ばした。
「今日の任務を説明するぞ!」
上司がタブレットを彼らに見せた。
**
―――――――――
ターゲットの潜入先は「闇オークション会場」。
ないこ → ハニートラップを利用して情報収集。
まろ → 隙あらば締め上げる。
**
「……説明雑すぎじゃない?」
「うちの仕事、“隙あらば締め上げる”って書かんといてほしいわ」
ないこは額を押さえ、まろは苦笑した。
「とにかく、二人には“バディとして息を合わせて潜入”してもらうぞ。敵だった頃とは違うんだからな?」
「そうよ。あたしは色仕掛けで情報を取るのが仕事なんだから、邪魔しないでよね」
「おまえこそ、誘惑中に変なフェロモン出すなよな。あれ当てられたらうち脳みそ溶けるねん」
「溶けないでしょ!?!?」
上司が手を叩き、大声で言った。
「はいはい、ケンカはそのへんにして、行くぞー!」
二人は、強制バディの初任務へと向かうことになった。
―――――――
豪華なシャンデリアがぶら下がり、黒いスーツに身を包んだ男女がワイングラスを傾けている。
ないこはスリット入りの黒ドレスに身を包み、堂々と歩く。
(任務とはいえ、こういう服は慣れない……)
胸の位置も露出も高めで、見ているだけで体温が上がる。
後ろから、まろが慣れない正装で歩いてきた。関西弁が漏れ出しそうなのを必死で押さえている。
「ないこ……なんか、今日めっちゃキレイやな」
「ちょっと、いきなり何よ」
「いや、普通に思っただけやし。ほら、任務の一環として褒めたほうがええんかなって」
「……そんな気使われたら逆に困るんだけど」
照れたようにそっぽを向くないこ。
その横で、まろはネクタイをぎゅっと締め直した。
(なんでないこ相手やと、こんな緊張するんやろ……敵の時は平気やったのに)
二人は“距離1.8m以内”の範囲を維持しつつ、会場内へ進む。
ある男が近づいてきた。
「お嬢さん、お一人ですか?」
軽い口調。
ないこはすぐに任務モードに入り、人差し指で髪をくるりと巻く。
「えぇ、そうですけど……?」
甘く柔らかい声。その瞬間、男の顔が緩んだ。
だが、後ろから野生の熊みたいな気配が漂う。
「誰がお一人さんやねん」
低い声でまろが迫り、男の肩をがしっと掴んだ。
「えっ……あ、えっと……!?」
「この子は、うちの連れなんで」
ないこは小声で噛みつく。
「ちょっと、仕事の邪魔しないでよ!」
「はぁ!? おまえが知らん男に微笑むからやろ!」
「仕事なの!」
「仕事でも嫌や!」
「嫌とか言わないで!!」
二人は小声でバチバチに火花を散らしながら張り合う。
だがそれが逆に、異様に“親密な雰囲気”を生み出してしまっていた。
「え……なんか、すごく情熱的なカップル……?」
先ほどの男は勝手にそう解釈し、カタカタ震えながら退散していった。
「……あのね。あたしが誘惑しなきゃならない相手がいるのよ」
「知っとる。でも、ああいうナンパは許せへん」
「は!? なにそれ」
「……なんか腹立つねん」
ふいに、ないこの心臓が跳ねた。
(なんで……なんでちょっと、そんな言い方するの……!?)
気のせいだ。たぶん気のせい。
そう自分に言い聞かせるが、胸の高鳴りは消えない。
――――――
今回狙うのは、闇オークションをひっそりと仕切る情報屋、
“黒狐のエンジ”。
濃紺スーツを着た切れ長の目を持つ男だ。
「ないこ、いくんか?」
「ええ。あたしが行くわ」
まろは拳を握りしめた。
「危なくなったらすぐ合図しろよ」
「わかってるわよ」
ないこはエンジの前に歩み寄り、ドレスの裾を揺らしながら声をかけた。
「こんばんは。お一人ですか?」
エンジは目を細め、ないこを一瞥した。
「……見ない顔だね。緊張してるように見えるけど?」
「あら……バレちゃいました?」
ないこは、ゆっくり胸元に指を添える。
まろのほうから「やめろやめろ!」という心の声が聞こえそうだった。
「実は、こういう場所って初めてで……案内してくれたら、嬉しいなぁって」
エンジの表情が緩み始める。
(よし……いい感じ。このまま情報を──)
その瞬間。
「ないこ、肩出しすぎちゃうか?」
「はぁぁぁあ!?!?!?」
突然、まろが間に割り込んできた。
「おまえ、さっきから肌出してんの気になってしゃーないねん」
「ちょっ……まろ!!! 今は任務中!!」
「任務でもあれはアカンて!!」
エンジがポカンと二人を見る。
「……君たち、カップルかい?」
「違います!!」
「違うわ!!!」
声が揃った。
しかし──
二人の顔は真っ赤だった。
エンジは肩を揺らして笑う。
「いやいや、いいよ。楽しませてもらった。それで、僕に何か用だろ?」
(……バレてる!?)
ないこは焦り、まろは拳を強く握った。
「……おっさん、変な目でないこ見とったやろ」
「ほう?」
エンジの表情がわずかに変わる。
「君……彼女の護衛か何か?」
「護衛ちゃうけど、近い立場ではあるな」
「あら、まろ。あたしのこと守る気?」
「そら守るに決まっとるやろ」
「え……」
一瞬、ないこの頭の中が真っ白になった。
(今……“守る”って……)
エンジが笑みを深めた。
「じゃあ、こうしよう。君が僕から“彼女を守れるなら”情報を渡す」
「は?」
「ちょ……そんな賭け、聞いてないわよ!」
エンジは懐からナイフを取り出し、ヒュッと投げた。
まろの足元、わずか数センチ先に突き刺さる。
「守れるかどうか、試してあげる」
「上等や」
まろの瞳が鋭くなる。
「うちのバディに手ぇ出したら、容赦せんで」
ないこは心臓が跳ねた。
(バディ……って、そんな真剣な顔で言われると……)
――――――
エンジが動くと同時に、まろも動いた。
空気がびりっと震える。
ないこは後ろへ下がりながら叫ぶ。
「まろ! エンジはナイフの扱いが上手いわ!」
「知っとる! あいつ、足取り軽いタイプや!」
カシャンッ。
刃と拳のぶつかる音が響く。
「ほんとに素手で止めるの!?」
「うちは素手にこだわり持っとんねん!!」
「意味わかんないわよ!!」
しかし──
その拳は、確かにエンジの動きを読んでいた。
攻撃を弾き、足払いをかけ、目の前へ迫る。
「くっ……!」
エンジは後退しながら息を切らす。
「……噂以上だね、君」
「そらどーも」
まろは笑みを浮かべる。
ないこは、その笑みに胸が高鳴った。
(なんで……なんでこんなに……)
敵の時にはただ“やりづらい相手”だったのに。
今は──
(……ちょっと、かっこよすぎでしょ)
自分で自分にツッコみたくなる。
―――――
エンジは大きく息を吸い、ナイフを構えた。
「最後の一撃だ!」
だが、まろが先に動いた。
足音すら聞こえない。
風を裂く拳が、エンジのナイフを弾き飛ばした。
「!!?」
ナイフは床を滑り、遠くで止まった。
エンジは観念したように両手を上げた。
「……参った。君の勝ちだ。情報を渡そう」
「最初っからそうしてくれたらええのに」
ないこは胸を押さえた。
(……終わった)
安堵した途端、膝から力が抜けそうになる。
その時。
「ないこ、大丈夫か?」
ふいにまろが腕を回してきた。
「ひゃっ……!!?」
「おまえ、顔色悪いで。倒れそうやないか」
「ち、違うのよ……! こ、これはただ……任務で緊張して……!」
「うちのせいやったらごめんな」
まろの横顔は真剣そのものだった。
(ほんと……なんで急にこんな優しいの……)
ないこの胸に、熱いものが広がる。
――――――――――
オークション会場を後にした二人。
帰り道、ないこは黙ったまま歩いていた。
まろが心配そうに覗き込む。
「……ないこ。ほんまに調子悪いんか?」
「ちが……違うのよ。そうじゃないの」
「ならよかったけど……」
ないこはゆっくり顔を上げた。
「……なんで、あんなに必死に守ってくれたの?」
「そら……」
「バディだから?」
「……バディやからもあるけど」
まろは、小さく息を吐いた。
「それ以上に……おまえが危ない目に遭うん嫌なんや」
「っ……」
ないこの耳まで真っ赤になる。
まろは照れ隠しのようにぼ scratches his cheek.
「うちは殴るだけしかできんけど……それでもおまえを守るくらいはできる。せやろ?」
「……あたし、守られてばかりじゃ嫌なんだけど」
「ほな、今度はないこがうちを助けてくれたらええ」
「……うん」
二人は自然と、歩く距離が近くなった。
契約上の“1.8m以内”なんて関係なく。
そして、ないこは思う。
(……こんなふうに隣を歩くの、悪くないかもしれない)
少しずつ、敵からバディへ。
そしてその先へ。
二人の距離は、知らぬ間に縮まり始めていた。
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