テラーノベル
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オープンセレモニー当日。
「おお、似合うね」
「リト君もね」
スーツ姿の佐伯。深緑が彼の髪色によく合う。髪は額が見えるようにセットしてあっていつもと雰囲気が違う。爽やかで大人びて見える。
「とうとう当日か〜」
「ゲストの俳優さん達の歌唱が楽しみ過ぎて今からそわそわしてる」
「俺もそう。それが一番楽しみ」
ミュージカル好きとしてはなかなかない機会に立ち会えるのだ。当然見所はそこになるだろう。
彼も同じように浮足立っているらしいが、少しだけ表情が暗く見えた。
「……テツ、あのさ」
「あ、いたいた!ごめーん!」
「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃった」
話しかけようとするのと同時に遠くの方から声が掛かった。周央と東堂だ。ドレスの裾を掴んで急ぎ足でこちらに駆けてくる。時計を見れば集合予定より5分早い。
「全然遅れてないですよ」
「え?あ、本当だ」
「2人並んでるの見えたからもう時間かもって焦っちゃった」
そもそも遅れたら大変だからと早めに決めた集合時間だ。今から向かえば余裕を持って会場に到着出来るだろう。
「ドレスで歩くの思ったより大変で」
「そうですよね。というか、2人ともすごく似合ってますよ」
「素敵ですよ」
「あは、よかった」
「宇佐美さんと佐伯さんも似合ってますよ」
「うん。大人っぽい」
「そうですか?よかった」
互いに褒め合いながら呼んでいたタクシーに乗り込んだ。
「うわぁ〜、すごい」
「すげぇ」
「すご」
「あはは、皆おんなじこと言ってる」
ロビーで招待状を渡し、中に通される。ロビーがそもそも広くて綺麗だった。入って早々目に飛び込んで来たのが屋内設置の大きな噴水だった。4人して小声で噴水あるよ、と言い合って室内に噴水ってどういうことなの?と揃って首を傾げて笑った。
大ホールへ向かう通路も立派だ。芳香剤でも使っているのか控えめながらも良い香りがどこからかしてくる。お祝いの花がホールに向かって並んでいる。こうも立て続けにゴージャスなことを並べられると語彙力も無くなる。
セレモニー開始まであと1時間あるというのに既に人が多い。皆、スーツやドレス、中には着物を着た人もいる。きらびやかな空間に整えられた装いが非現実的。
その中にいても発想は庶民のままで少しづつ進んでいく列が遊園地のアトラクション待ちの時間を思い出させた。
ホールに近づくたびに先頭の方で感嘆の声が聞こえる。4人もまもなくその声の意味を知った。
「うわあ〜」
「天井のシャンデリアでっかい…」
「わ、壁に彫られてる装飾すごい細かい」
「…なんか、もう、凄いとしか言えないよな」
ついに到着した大ホール。画像で見ていたとはいえ、実際に訪れてみると壮観だ。何も知らずにここに連れてこられてとある城の舞踏会会場だと言われたら信じるだろう。
縦も横も広い上にピカピカに綺麗で、あしらわれた装飾は豪華で。上流階級のパーティーと言われたら多くの人がきっと今見ているような風景を連想するに違いない。 テーブルには豪勢な料理が並んでいる。
4人はセレモニーが始まるまでの間、料理を楽しむことにした。
そしてついに始まったオープンセレモニー。会場説明と代表挨拶。乾杯にスポンサー紹介。そしてついにゲスト俳優達の生歌唱のステージ。
選曲や選ばれた作品はバラバラ。しかし、やはり名作のミュージカル曲を著名な舞台俳優が歌うとその場が一変する。空気が変わる。自分がミュージカル好きだから尚更そう感じるのかもしれない。数々のワンシーンが蘇る。大ホール内に響く歌声の美しいこと。
来てよかった。
漠然とした感想だが、心からそう思った。
とある俳優が、伏し目がちに囁くように歌う。確かこれは舞台化も映画化もしたあの作品。佐伯と見に行った映画だ。このシーンは確か主人公が失恋した時に歌っていた曲。
ふと、隣にいる佐伯を見た。
彼はステージに見入っていた。いや、聞き入っていた。感傷に浸るようにすっと瞼を閉じていた。
不意に目頭に親指と人差し指を押し当てる。
泣いてる?
頬を伝う雫は見ていないが、微かに涙を浮かべていた。ハンカチやらティッシュやら差し出せばいいだろうになぜかできなかった。
潤んだ瞳を真っ直ぐステージへと向けて離さないように、忘れないようにしているのだろうか。宵闇のような目がステージのライトを受けて揺れる。
綺麗だ。
彼の横顔を見て漠然と、ただ、そう思った。
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