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ハルさんから受け取った転送ハガキは、
全国の郵便局の消印が押されており、
まるで旅をしてきたかのような様相だった。
住所が何度も書き直され、
最終的に海猫軒に届いたのは、奇跡に近いと言えた。
そのハガキに書かれた「灯台、見つけました。」
というナギの短い一言は、アオイにとって、何よりも確かな未来の証明だった。
「ナギ君は、本当に筆を離さなかったんだ…」
アオイは、新しい町で孤独に耐えながらも、
希望の光(灯台=絵を描くこと)を見つけ、
歩み続けているナギの姿を想像し、胸が熱くなった。
このメッセージは、ナギがアオイとの「未来の約束」を守っている証であり、
アオイ自身の人生の選択が正しかったことの最後の確認でもあった。
時空を超えた文通は、物理的な手紙のやり取りを超越し、
二人の魂が交わした誓約となっていたのだ。
アオイは、そのハガキを、ナギの灯台のスケッチの隣に、大切に飾った。
「灯台ギャラリー」は、単なるアートスペースではなく、
アオイとナギの絆の記念碑となっていった。
アオイがこの町で自分の居場所を確立していくにつれて、
「灯台ギャラリー」は地元のイベントでも注目を集めるようになった。
ある日、町役場から一人の職員が海猫軒を訪れた。
「アオイさん、実は、来年この町で『海辺のアートフェスティバル』を開催する計画がありまして。ぜひ、アオイさんのギャラリーをメイン会場の一つとして、協力していただけないでしょうか。」
アオイは驚いた。東京での挫折後、
もう二度と「公の場でのアート活動」に関わることはないと思っていたからだ。
「この町が、ナギ君の絵で変わったように、アオイさんの新しい絵は、この町全体を活気づける力を持っています。お願いします。」職員は深々と頭を下げた。
アオイは、海猫軒のカウンターから見える、穏やかな海の光景を見つめた。
ナギとの文通が始まる前、彼女の人生は、荒れた海に沈みかけていた。
だが今は、町全体を照らす灯台を任されようとしている。
「喜んで、協力させていただきます。」アオイは、迷うことなく答えた。
それは、東京で夢を否定された過去の自分への、
そして、ナギに「君の才能は必要とされている」と伝えた未来の自分への、最高の返事だった。
アートフェスティバルに向けて、アオイは新しい作品の制作に取り掛かった。
テーマは「未来への手紙」。光を放つ灯台と、
荒れた海を乗り越えようとする小さな船が、
明るい色調で描かれていた。
一方、ナギが引っ越した新しい町での生活は、
アオイのメッセージ通り、彼の絵によって少しずつ変わり始めていた。
新しい学校で、ナギは美術部に所属していた。
最初は、誰にも話しかけず、部屋の隅で静かに絵を描いていた。
しかし、彼の描く絵には、この町にはない海と光の強さがあった。
ある放課後、美術部の顧問がナギの絵を見て、驚きの声を上げた。
「佐伯、君の絵には力がある。この絵を、次の市民展に出してみないか?」
ナギは、最初、母親の「絵はご飯を食べさせられない」という言葉を思い出し、躊躇した。
しかし、アオイからの手紙—「君の絵で、家族を救うことになる」という言葉が頭に響いた。
ナギは、勇気を出して顧問に言った。
「はい。応募させてください。僕が、未来の自分と交わした約束のために。」
ナギは、アオイに約束した通り、筆を離さなかった。
彼の新しい人生の旅は、
まさに今、アオイから送られた「勇気」という名の帆を広げ、力強く進み始めていた。