テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「私を同行させろ」
聞き間違いかと思ったが、アウレリウスは二度言った。大事なことなので二度言ったのかもしれない。
「えーと」
ユリウスが銀髪を掻き上げながら言った。
「なぜあなたが? 戦力ならばじゅうぶんなんだけど」
「カムロドゥヌムを預かる者として、安定した食糧確保は喫緊の仮題だ。『鑑定』スキル持ちの私が同行すれば、より正確に食べられる魔物を見極められるだろう」
「あ、あー。そりゃあそうだけれど。軍団長であるあなたが、わざわざ魔の森まで行かなくてもいいだろう」
ユリウスの横でユーリもウンウンと首を縦に振っている。
ユリウスはここで意地悪く笑った。
「それとも、何か。軍団長の仕事は暇なのかい?」
返ってきたのは吹雪のような冷たさである。
「冗談にしてもつまらん。採集の三日を不在にするため、どれほどの負担がかかると思っている」
「それじゃあ無理する必要はないですよ」
ユーリが言えば、アウレリウスは片手で顔を覆ってため息をついた。
「問題ないとは思うが……、そこのユリウスに何を吹き込まれても、決して相手にしないように」
「うん? 僕の話? ははは、いやだなあ、アウレリウス。僕の好みは年上女性専門だと知っているだろう。それは今も昔も変わっていないよ。こんなに可愛らしいお嬢さんのユーリに、手を出したりしないさ」
「えっ」
「うん?」
ドン引きのユーリと爽やか笑顔のユリウスが顔を見合わせる。アウレリウスの頭痛が増した。
「……やはり私も同行する。出発日は五日後だ」
「えー? 軍団長様、無理するなよー」
「うるさい、黙れ。お前のせいだ」
二人のやり取りにユーリはおろおろとすることしかできない。
こうして魔の森への出発は五日後の朝。日程は三泊四日と決まった。
五日後の朝。カムロドゥヌムの町の北門に、一行は集まっていた。
よく晴れた日で、爽やかな初夏の青空が広がっていた。
ユーリ、ユリウス、アウレリウス、それにユリウスの仲間の弓使いロビンである。
ロビンは小柄な少年ながらも目がとても良くて、『弓術』と『狙撃』のスキルを持つ優秀な狩人だった。
「よろしくね、ユーリさん、アウレリウス様!」
元気な口調で挨拶されて、ユーリも笑顔になった。
「あたしは、ゆっくりさせてもらうわぁ」
あくびまじりに言ったのは、ユリウスの仲間の女魔法使い。アウレリウスがいれば戦力は足りるということで、町で待機になった。
「ペトロニウス。後は頼んだ。仔細は指示通りに」
「は。お任せを」
アウレリウスはペトロニウスと他の百人隊長たちに指示を出している。アウレリウス自身の護衛として、腕利きの兵士が二人随伴していた。
「それでは、行きましょう」
ユーリが言えば、全員がうなずく。
ファルトや冒険者ギルドの面々の見送りを受けながら、一行は北へ向かって歩き始めた。
カムロドゥヌムの城壁を出ると、北に五キロメートルほどでウルピウス帝の防壁に着く。
初めて防壁を間近に見たユーリは、思わず驚きの声を上げた。
まず、壁がとても高い。六メートル以上はありそうだ。ビルの二階天井よりも高く見える。
その高い壁が、東の海岸から西の海岸まで、東西百二十キロメートルに渡って築かれている。
この防壁が完成して以来、カムロドゥヌムの安全性は飛躍的に高まったとの話である。
見れば細い階段が刻まれており、兵士たちは壁の上に登って見張りをしている。
今回は壁に取り付けられている門を開けた。木製の重い門で、幅は三メートル程度とそこまで広くはない。
門と見張り塔は一定間隔で作られているとのことである。
「ウルピウス帝の防壁は、守備に重きをおいたもの。抜かれる可能性のある門は最小限の大きさになっている」
と、アウレリウスが教えてくれた。
軍団長である彼だが、徒歩である。護衛の兵士や弓兵のロビンがロバを引いているだけで、誰も騎乗はしていない。
「魔の森は地面がでこぼこしていて、植物が茂っている。馬に乗るのは危ないんだよ」
ユリウスが言って、ロバ鼻面を撫でていた。ロバはまんざらでもない顔をしていた。
ウルピウスの防壁の向こうは、やはり五~七キロメートルが平原。その向こうに黒ぐろとした森が見えた。
「黄色マンドラゴラは森の縁によく生えているよ。森の奥に入る必要はないから、気を付けて」
ロビンが言った。彼が一番、魔の森に詳しいとのことだった。
二時間足らずを歩いて、一行は魔の森の入口に差し掛かる。
――そこは、明らかに異様な空間だった。
森と手前とで線が引いてあるわけではない。けれど確かに境界があって、此方と其方とを区別している。
「久しぶりに来たが、相変わらず気味の悪い魔力だよ」
ユリウスが言う。口調は軽いが眉はしかめられていた。
「魔力……? 私には何も感じられないけど」
「全く? 何も?」
ユーリが言うと、ユリウスが目を丸くした。ロビンも興味深そうに見ている。
「魔力感度が低い者であれば、そういうケースもあるだろう」
ユーリを軽く背後にかばう形で、アウレリウスが言った。
(私が異世界人なのと何か関係があるのかな……)
考えてみるが、まったく分からない。ぼんやりして置いていかれては大変だ。ユーリは気をしっかり持って、みんなについていった。
目端の利くロビンを中心に、兵士たちも黄色マンドラゴラを探している。
魔の森の植物はユーリの雑学にないものが多く、ついつい目移りしてしまった。
そうしてしばらく森の入口を探していると、ロビンが声を上げた。
「いたよ! 黄色マンドラゴラだ!」
ロビンの声にみんなが集まる。
そこは森と外のちょうど境界線で、低木の茂みに隠れるように黄色マンドラゴラが生えていた。
時刻は昼前。よく晴れた空の真上に太陽が輝いている。
ユーリは地面に片膝をついて、黄色マンドラゴラを確かめた。
何段も重なった花の一番上だけが白くなっており、花びらの先端がピンク色に染まっている。
葉っぱはまっすぐな線形や楕円形で、丈は一メートル近くにもなっていた。
ユーリはターメリックの知る限りを思い出して、目の前の植物と照らし合わせていく。結果、「間違いない」と確信ができた。
「この黄色マンドラゴラが、私の知るターメリックで間違いないです。それじゃあ早速、根っこを――」
ユーリは古布で作った軍手を取り出した。張り切ってはめて黄色マンドラゴラに手を伸ばすが、ユリウスが後ろから両手で彼女の耳を覆った。
「え?」
耳に彼の体温がかかり、ユーリはひどくドキドキしてしまう。彼女の背後でユリウスは微笑む気配がした。耳に添えた手を通して、声が伝わってくる。
「あわてんぼうさんだね、ユーリ。マンドラゴラは引き抜く際、魔力を乗せた叫び声を出すんだ。まともに聞いたら気絶してしまうよ。僕が耳を押さえてあげるから、さあどうぞ」
「……馬鹿者」
アウレリウスがやって来て、ユリウスの手を引きはがした。
「ユーリよ、貸した魔物図鑑は役に立っていないようだな。基本を忘れるとは」
真冬を思わせる口調と瞳に、ユーリは小さくなった。
「す、すみません。覚えていたのですが、実物を見てついはしゃいでしまいまして」
「叫び声対策には耳栓を使え。これも図鑑に書いてあったはずだ」
「そうでした。すみません」
アウレリウスは小袋を投げてよこした。ユーリが手元で開けてみると、一対の耳栓である。コルクのような弾力のある素材だ。両耳に詰めれば、音が聞こえなくなった。
身振り手振りで「これから抜きます」と知らせて、両手で黄色マンドラゴラの根本を掴む。
ぐっと腰に力を入れて引き抜いた。ぶちぶちと繊毛が土から剥がれる感触。根茎が引き出されていく感触。
普通の根菜であればこのまま引き抜いたり、周囲の土を掘って掘り出したりする。ところが黄色マンドラゴラは根茎の部分が空気に触れた途端、震えるように動き始めた。自ら土を飛び出してくる。そして……。
「――~~――~~――――ッッッ!!」
耳栓越しにも不快な音波が感じられる。見れば、ロビンや護衛の兵士たちは耳を両手で塞いでいる。
ところがユリウスとアウレリウスは特にそういうこともなく、ただ立っていた。
どういうことだろう、と思う暇もなく、手の中のマンドラゴラが暴れ出した。茎の根元の球根がジタバタと動いて、必死に逃げようともがいている。その力は結構強くて、ユーリはひきずられそうになった。
離さないよう腕に力を入れるも、引っ張られて膝をついてしまう。土に足(?)をつけたマンドラゴラはますます元気になり、ユーリを引きずったまま走っていき……
「はい、そこまで」
ユリウスがひょいとマンドラゴラを取り上げた。茎と根本の境目をナイフで切り落とす。するとマンドラゴラは元気を失って、ぐったりとした。
「これでいいかな?」
軽く土を払って、差し出された黄色マンドラゴラの根茎は、濃い黄色をしている。ユーリの知るターメリックそのものだった。
「これです!」
ユーリは興奮して、ユリウスの手ごとマンドラゴラを握りしめた。
「この根を水洗いして、煮込んで、天日干しにすればカレー用のスパイスになります。今より一段、おいしくなりますよ!」
「それは楽しみだね」
ユーリとユリウスが見つめ合って微笑んでいると、手の中のマンドラゴラが取り上げられた。アウレリウスである。彼はさっさと黄色の根茎を袋に放り込んだ。
ユーリも我に返って立ち上がる。
「ユリウス、アウレリウス様、ありがとうございました。お恥ずかしいところを晒してしまって、すみなせん」
「平気、平気、初めて魔物を見た割に落ち着いていたよ」
ユーリは愛想よく答えたが、アウレリウスは半眼でユーリを見ていた。
「もっと周囲をよく確認するように。我々が警戒をしているとはいえ、何があるか分からないのだから」
「はい、反省してます。……ところでアウレリウス様、さっきのマンドラゴラ、ロビンくんや兵士たちは耳を塞いでいたのに、お二人は平気そうでしたね。なぜですか?」
あまり反省の様子が見えないユーリに、アウレリウスは一瞬だけ苦い表情になったが、すぐに首を振った。
「魔力強度の差だ。私やユリウスのように魔力強度が高ければ、マンドラゴラ程度の魔力干渉は特に対策を取らずとも無効化できる。もっとも、強力な魔力攻撃となれば話は別だがな」
「そういうこと。魔力強度はアウレリウスの方が強いよ。僕は魔法も扱える剣士で、彼は生粋の魔法使いだからね」
ユリウスがにこやかに口を挟んだ。
「さて、ユーリ。黄色マンドラゴラは一つだけじゃ足りないだろう? もっと探そうじゃないか」
「はい!」
弓使いのロビンと兵士たちがあちこちを見渡している。
ロビンが森の少し奥の方を指さした。
「じゃあ俺、あっちを探してくるから。ユリウスはそのへんを頼んだよ!」
「オッケー」
そうしてまた、黄色マンドラゴラ探しが始まった。
コメント
1件
第29話読みました〜!😭✨ ユーリ、黄色マンドラゴラに興奮しすぎて基本を忘れるところ、めっちゃ可愛いかったですw ユリウスが耳を塞いで体温伝えてくるシーン、ちょっとドキッとしました…!あとアウレリウスが「魔物図鑑は役に立ってない」って冷たく言い放つのにちゃんと耳栓を用意してるところ、ツンデレ感あって推せますね💕 三人の掛け合いが絶妙で、魔の森の空気感もひしひしと伝わってきました。次回も楽しみにしてます!
羽海汐遠
11,195
ぬくみおんせん
21
#センチネルバース
かんな
976
#魔道具職人
こはる
208