テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「――それにしても、アイナさんもルークも……。良い顔つきになりましたね」
立派な客室に案内してもらったあと、アイーシャさんがそう言ってきた。
以前と比べると、ルークは頼りになる空気を纏っている。
……実際、本当に頼りになるしね。
「私は自分のことは分かりませんけど……ルークなら、確かにそうですね」
「あらあら、アイナさんもずいぶん変わりましたよ?
旅立つ前は――こう言っては悪いけど、普通の女の子でしたから」
普通の女の子――
……何だかそのフレーズも、私からはずいぶん遠いところに逃げてしまった気がする。
「あはは……。色々ありましたからね……」
王都に行くまでも色々な経験をした。
王都ではお屋敷を手に入れて、使用人も使うようになった。
そして神器を作り、長らくの逃亡生活を送る羽目になってしまった……。
その間には色々な人を傷付け、そして手に掛けてしまった。
度重なる戦闘で、そんな自分にも慣れてきてしまった――
「……ファーディナンドさんって、ご存知?」
私が今までのことを振り返っていると、アイーシャさんが突然知っている名前を出してきた。
「え? ああ、はい。
王都では大変お世話になりました。アイーシャさんとは文通をしているんでしたよね?」
「そんなことも聞いているんですね。
彼は彼でずいぶんと|燻《くすぶ》っていたようですが、アイナさんのおかげで目指すものができたんです。
アイナさんのことをとても心配していましたよ。こちらに来ることがあれば、よろしく……と」
「……ありがたいですね。
王都からは逃げるように去ったので、色々と置いてきぼりで……」
「うふふ♪ 『世界の声』で神器のことが聞こえた直後は、本当に大変だったそうですよ。
それに、政治的にも大きなことですから」
「政治的?」
思わぬ言葉が出てきて、私はつい聞き返してしまった。
「神器はその強さゆえ、バランスの取り方が難しいんです。
例えばどの国の保護下にあるかでも違いますし、同じ国の中でも、誰の息が掛かっているのか――とかがありますから」
「……そう考えると、私はフリーでしたからね。
グランベル公爵とは別に仲が良いわけでもありませんし、それなら……ファーディナンドさんくらい、かなぁ?」
「ファーディナンドさんがグランベル家を掌握したら、きっとアイナさんとの繋がりも武器になるでしょうね。
私としては、ハルムート様よりもファーディナンドさんの方が考え方が近いので、とても助かるんです」
「あはは……。グランベル公爵も虐待趣味があったりして……ろくな人じゃありませんでしたからね」
「あら! その話、詳しく教えてくれないかしら!」
私のふとした言葉に、アイーシャさんは食い付いてきた。
興味本位もあるだろうか、グランベル公爵の恥部を押さえておきたいのだろう。
虐待については噂にもなっていたくらいだし、そこら辺のことは言っても大丈夫かな。
ただ、グランベル公爵が昏睡に至った流れだけは教えないでおこう。……ファーディナンドさんも、あれは隠したがっていたし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グランベル公爵の話をする流れで、キャスリーンさんのことも話す必要があって――
……そして結局、お屋敷を手に入れたことを始め、王都での出来事を一通り話すことになってしまった。
特に隠すつもりは無かったけど、何だかんだで全ては繋がっていたというか。
ついでにルークも、修行に出ていたときの話をしてくれた。
アイーシャさんとエミリアさんは、うんうんと話に聞き入っていた。
「――いろいろなことがあったんですね。本当に、お疲れ様」
「いえいえ、それなりに楽しかったですし……。
最後は自業自得というか、自責ではありましたけど……」
神器を作ったから、王都から逃亡することになった。
しかし神器を作らなければ、私は王様に――いや、オティーリエさんに隷属させられていたはずだ。
……あれ?
そう考えると、神器を作らなければ良かった――ということにはならないのかな。
神器を作ったからこそ、私は自由の身でいられるのだ。……追手は常に掛かってくるのだけど。
「それに、ルークが『竜王殺し』だなんて言われているのも、何となく分かりました。
まさか光竜王様が、本当にいらっしゃるだなんて思いもしませんでしたけど……」
……話の流れで光竜王様のことにも触れてしまったが、この辺りはかなりぼかしておいた。
『光竜王様の転生』や『神竜の卵』、『神託の迷宮』などはざっくりと省略させてもらった。
アイーシャさんは味方だと思うけど、最初から全てを伝える必要は無い。
正直、光竜王様のことに触れてしまったのも、少し失敗したかと思っているくらいだった。
「今の話は、アイーシャさんの中で留めておいて頂けますか?
あまり話を広めたくないんです」
「……そうですよね。分かりました、誰にも言わないでおきます。
でも、光竜王様がいなくなったからと考えれば……最近のおかしな気候も、それが原因だと思ってしまいますね」
「雨がまとまって降ったり、ずっと寒いままだったり……。
光竜王様って、とても凄かったんですね」
この大陸に与えられていた加護が、どういう理屈なのかは分からない。
寒さから守るバリアを張っていたりとか……? 残念ながら私には、そんな貧弱なイメージしか出てこなかった。
「……正直なところ、それで助かっているところもあるんですけどね」
少し間が空いたあと、アイーシャさんは静かな口調で言った。
「え? 助かって……?」
「私たちもいずれは困ることになるのだけれど、こと今に関して言えば、王国軍の動きが鈍くなっているんです。
辺境のクレントスばかりに構ってはいられない……、ということですね」
「えーっと……?」
私が察することができないでいると、アイーシャさんは改まるように言った。
「――今年は、大凶作になります。
この寒さのせいでね、作物が軒並みやられてしまっているんですよ」
「う……」
それは逃亡生活中、私も脳裏をよぎっていた。
温暖な気候がずっと続いたこの国で、こんなにも寒冷な期間が長く続いてしまっている。
……私たちは畑を横目で見るだけだったけど、アイーシャさんはその辺りを具体的に把握しているのだろう。
「でも、私たちは幸運です。
私たちというか、この街に暮らす人たちですけど」
「そうなんですか? 一体、何で?」
私が聞くと、アイーシャさんはにっこりと微笑みながら言った。
「……だって、アイナさんが来てくれたじゃないですか。
私たちが勝ったあと、この街のお手伝いをしてくれますよね?」
「え? えぇっと――」
……はい、と即答はしたかった。
しかし『私を利用するだけなのでは?』と考えると、言葉がすぐに出てこなかった。
裏切りなんていうものは、日常のそこらに落ちている。
今の私が無条件に受け入れられるのは、ルークとエミリアさんくらいのものだろう。
……ただ、この気候の変化――大凶作については私にも負い目がある。
それにクレントスから離れたところで、行く当てなんて今のところは無い。
仮にアイーシャさんが私を利用するというのであれば、むしろ私だって利用し返してあげよう。
もしも単純に好意や厚意からくるものであれば、私もそのように、この街の手伝いをさせて頂こう。
……そう考えることができるなら、この申し出は問題が無いはずだ。
「――そうですね。もちろん、お任せください!!」
「本当ですか? ありがとうございます。
……ええ、本当に――」
私の言葉に、アイーシャさんはほっとした表情を見せた。
彼女にとって、この戦いは終着点では無い。勝利を勝ち取って、そこから自らの理想を実践していかなくてはいけない。
完全にヴェルダクレス王国と決別することは難しいだろう。
きっとどこかで、落としどころを考えなくてはいけないはずだ。
アイーシャさんなら結構どうにかしてしまいそうな気はするけど、しかし使える手が多いに越したことは無い。
私には錬金術があるし、神器も保有している。
それにヴェルダクレス王国にとってのお尋ね者だから――……最悪、人質に使われないことだけに気を付ければ良い。
ここら辺、私もずいぶんと疑り深くなったものだ。
でも、私がこの世界で生きていくには必要な考え方だと思う。
「いえいえ、お任せください。私も負い目はありますので。
……さて、それじゃ次はアイーシャさんのことを聞かせて頂けますか?」
「あら、つまらない話になるかもしれませんよ?」
「アイーシャさんが頑張っているのに、つまらないわけが無いじゃないですか。
これからのクレントスのこととか、是非教えてください!」
「そう……? それでは資料を持ってきますね。
今日中に、全部説明が終わるかしら……」
――え?
そんなに量があるの?
……実際、そこからずいぶん長く話をしてもらって――
歓迎会が始まる時間まで、アイーシャさんの話が終わることは無かった……。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!