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――夜。
最初に案内されたお屋敷の食堂で、立食形式の歓迎会が催された。
30人ほどが参加しており、クレントスに着いてから出会った人はとりあえず全員いるようだった。
……ポチだけはいないけど、まぁ人間じゃないから仕方が無いか。
「何故か私まで招待して頂きましたが……。
しかしこの顏ぶれは、緊張してしまいますね……」
私が挨拶回りから戻ったとき、そんなことを言ったのはエドワードさんだった。
彼曰く、この場にいるのは現在のクレントスに、一定の影響力を持つような人ばかりとのこと。
「あはは。肩書きも立派な人ばかりでしたからね」
……正直、私も偉い人は苦手だ。
偉い人は独特のオーラがあるから、それが何とも肌に合わないというか……。
やっぱり空気は気軽でゆるい方が、私としては落ち着く。
これは昔から、なかなか変えられないものなのだ。
「アイナ様、お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
「う-ん、何だか凄そうな人ばっかりだったよ。
とりあえずどこかの責任者ばかりだったから、ちょっと疲れちゃった」
「そうでしたか、お疲れ様です。こちらの飲み物をどうぞ」
「わぁ、ありがと」
私はルークの用意したジュースを受け取り、そのまま口を付けてみる。
少し酸っぱいものの、なかなか美味しいジュースだった。
その味を噛み締めていると――
「……ぷっ」
エドワードさんが、突然噴き出した。
「え? ど、どうかしましたか?」
「し、失礼しました……!!
あの……ルークが凄い、らしくないので……」
「らしくない? ……いつも通りだよねぇ?」
「はい」
「……ぶふっ!」
ルークの声を聞くと、エドワードさんは再び噴き出してしまった。
「……私にとってはこのルークがいつも通りなんだけど、エドワードさんにとっては違う……のかな?」
そう言いながらルークを見ると、少し困ったように首を振った。
「確かに、エドワードと話すときとは違います。
エドワードは同僚ですが、アイナ様は私の主なのですから」
「んぶっ!?」
何だかもう、ルークが話すたびにエドワードさんが噴き出してしまっている。
知り合いの違う一面を見て面白いのは分かるけど、いちいち反応されてもなぁ……。
「エドワードさん? 笑い止めのお薬を差し上げましょうか?」
「ひっ!? じょ、冗談です、失礼しましたっ!!
いや、ルークがしっかりとアイナさんの騎士をしているようなので、安心した次第ですっ!!」
「うむ。アイナ様に失礼の無いようにな」
「……ッ!!
ちょ、ちょっと失礼します……!!」
そう言うと、エドワードさんは走って食堂から出て行ってしまった。
きっと外に出て、また笑っているんだろうなぁ。
扉が閉まったのを確認すると、ルークが仕方の無さそうな感じで話を続けた。
「すいません、エドワードのやつが……。
あとでしっかりと締めておきますので」
「あはは、お手柔らかにね……。
でもおかげで、ルークの知らない一面も見れて楽しかったよ」
「そ、そうですか?
私の知らない一面、ですか……」
「うん。ルークが元の仲間と話している姿なんて、ほとんど見たことが無かったから。
今さらだけど、何だか新鮮……って言うのかな?」
本人からしてみればきっと恥ずかしいだろうけど、私からすれば面白いものだ。
今まで知らなかった部分が見えて、その人のことをもっと知ることができる。……うん、素晴らしいことだよね。
ルークが微妙な顔をしていると、その後ろからエミリアさんが現れた。
料理をたくさん乗せたお皿を両手に持っていて、何ともご満悦な様子だ。
「あ! アイナさん、お帰りなさい!!
今日のお料理、とっても美味しいですよ! どれもこれも美味しくて、もうしあわせです♪」
「それは楽しみですね。私は挨拶ばかりで、まだ何も食べていないので――」
エミリアさんは片方のお皿をテーブルに置くと、そのままもう片方のお皿の料理を食べ始めた。
もしかしたら私の分を取ってきてくれたのかと思ったけど、きっと両方ともエミリアさんの分なのだろう。
……私のものにしては、お肉がたっぷりだし。
「ところで、ルークはもう食べたの?」
「いえ、まだです。アイナ様をお待ちしておりました」
「え? 別に良かったのに……。
ごめんね、それじゃ取りに行こうか」
「はい、行きましょう」
「一番奥のお肉がオススメですよーっ!!」
私とルークが歩き出した途端、エミリアさんがお得情報を教えてくれた。
……そういえばエミリアさん、今は何皿目なんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
料理を取りに行くと、目移りしてしまうほどの種類が並べられていた。
なかなか元の世界でもお目に掛かれないほど、といった感じだ。
「む」
「む?」
不意に前から聞こえた声に反応してみれば、そこには料理を取っている獣星がいた。
遠目には見えていたけど、この人もいたんだっけ。
「やぁやぁ、アイナ殿! さっきはポチを助けてくれてありがとう!
ささ、たくさん食べていくと良いぞ!」
「え、あ、はい。
……ところで獣星さんも、招待されている側ですよね?」
「そうだぞ?」
それがどうした? と言わんばかりの表情をしているが、さっきの台詞は招待した側のものだよね……。
……まぁ、細かいことは置いておくか。
「それにしてもアイナ殿も凄いが、お仲間も何とも凄いこと……」
「え? 突然どうしたんですか?」
「あんなにも凄まじい気配を、俺は初めて感じたんだ。
一体どれほどの実力を秘めているのか、まったく底知れん……」
獣星は難しい表情を浮かべながら、そんなことを言った。
確かに獣星ご自慢の合成獣、ポチを一撃で倒したのだ。ルークの実力はまだまだ――
「――なぁ、アイナ殿。
あのエミリア殿は、一体どれくらい食べるんだ? 食っても食っても、皿数がまったく追いつかないんだが……」
「え? そっち?」
「む? 何の話だと思ったんだ?」
てっきりルークの戦闘力の話かと思ったんだけど、まさかエミリアさんの食力(?)の話だったとは。
……しかしそうとなれば、私が伝えられる答えはひとつしか無い。
「戦おうとした時点で負けです。あなたは死にました」
「なん……だと……!?」
突然の死の宣告に、獣星は絶望の表情を浮かべた。
しかし一瞬後、彼はお皿に料理をどんどん盛り始める。
「俺は終われないッ!
ここで俺が負けたら、あいつらに合わせる顔が無いんだ……ッ!!」
「えぇ……?」
「それじゃ、俺はもっと食べなきゃいけないから!!
アイナ殿、またあとで話そうぜ!!」
「あ、ちょっと――
……って、行っちゃった」
「なかなか……謎な人ですね……」
「うん……」
嵐のような獣星が去ったあと、私たちは穏やかな空気の中で料理を取っていった。
種類が多いから、選んでいるだけでもなかなか楽しい。
ただ、私はあまり量を食べられないから――こういうときは、損をしている気がする。
「あ、アイナさん。さっきお伝えしたのはあのお肉ですよ!
それとこっちのパスタもなかなかです! デザートもありますから、量は調整してくださいね!!」
「あれ、エミリアさん? どうしたんですか?」
獣星と話していたとはいえ、まだそんなに時間は経っていないはずだけど――
「……え? お代わりにきただけですけど?」
私の言葉に、エミリアさんはきょとんとした表情を浮かべた。
遠くを見れば、こちらの様子を窺いながら、獣星が猛スピードで料理を食べ続けている。
……獣星クン。君が戦おうとしている敵は、あまりにも強すぎるのだよ……。
悪いことは言わない。早々に負けを認めなさい……。