テラーノベル
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「あ、元貴起きたの?おはよ〜。」
「うん、おはようー。」
若井が合宿に行ってから今日は3日目。
一昨日の夜は、ハプニング(?)の後も、ぼくの心臓は、ずっとドクドクとうるさいままで、 涼ちゃんが、スヤスヤと寝息を立てた後も、目が冴え、全然眠る事が出来なかった。
そのせいで昨日は、一日中、寝不足でぼんやりしていた。
なので、昨日は、同じ事が起きないように、ぼくが電気を消して、すぐさま布団に横になった。
バイトの疲れもあって、布団に入った途端、あっという間に眠ってしまい、気が付いたら朝だった。
ちなみに、昨日の朝は、少しだけ気まずい空気が漂っていたけれど、今日は、またいつものぼく達に戻っていた。
朝起きると、ぼくより先に起きていた涼ちゃんが、ソファーに座ってスマホをいじっていた。
なにか動画でも観ていたのか、ぼくの気配に気づくと、イヤホンを片方だけ外した。
「なに観てたのー?」
ぼくはそう言いながら涼ちゃんの後ろに回ると、いつもの癖で後ろから涼ちゃんに抱きつく。
「わんちゃんの動画。めちゃくちゃ可愛いんだよぉ。元貴も一緒に観る〜? 」
涼ちゃんはそう言って、ぼくに外した片方のイヤホンを差し出してきた。
「…ありがとっ。」
涼ちゃんが、イヤホンを使ってたのは、きっと寝てるぼくを起こさないようにする為で、ぼくが起きた今、イヤホンを使う必要はないのでは…と思ったけど、なぜかぼくはそうしたくなくて、涼ちゃんが渡してくれたイヤホンを手に取った。
1つのイヤホンを共有して、1つのスマホの画面を二人で覗き込む。
映っているのは、可愛い動物たち。
だけど、ぼくの目が追っていたのは、
画面に反射してうっすら浮かぶ、涼ちゃんの笑顔のほうだった。
その笑顔がやけに気になり、やけにまぶしくて。
気づけば、動画の内容なんてほとんど頭に入ってなかった。
動画を見終わった後、『ねぇねぇ、元貴はどの子が好きだった〜?』と聞かれて、ぼくは慌てて、『…ぜ、全部可愛かった!』 と、曖昧に誤魔化した。
・・・
今日はバイトが休みな為、その後もグタグタと過ごし、ふと、お腹が空いたなと思い、リビングの時計を確認すると、11時を過ぎた所だった。
そういえば、朝ご飯を食べてなかった事に気付き、涼ちゃんにも聞いてみると、『トーストだけだから、お腹空いちゃった〜。』と返事がきた。
それなら、早めにお昼にしようかと思い、冷蔵庫を覗いてみた。
でも、冷蔵庫にあるのは、いつも涼ちゃんが朝食で使っている卵とバターだけ。
そういえば、最近買い出しに行ってなかったっけ…
ぼくは冷蔵庫を閉じると、小さく溜息をついた。
「買い出し行きますかぁ。」
涼ちゃんも冷蔵庫が寂しいことになっているのに気付いていたのか、後ろを振り向くと、既にエコバッグを持って立っていた。
「はぁー。行こっか。」
本当ならば休みの日くらい、こんな暑い中、外に出たくない。
でも、冷蔵庫が空っぽじゃ、さすがに仕方がない。
ぼくは、さっきよりも深いため息を吐くと、渋々出かける支度を始めた。
・・・
外に出た瞬間、思っていた以上の暑さに、早くも後悔の気配がよぎる。
空気はぬるくて重たくて、肌にじわりとまとわりつく。
すれ違ったワンコも、『ハァハァ』と舌を出していて、 こんな暑さの中で散歩させられているなんて、なんだか気の毒だった。
「あーつーいー。」
「やばいね…。」
涼ちゃんもこの暑さの中、外に出たのを後悔しているような顔で、額から流れる汗を、手で拭っていた。
ちなみに、スーパーは、大学の向こう側、家から徒歩15分程の所にある。
暑さに文句を言いながらも、ようやく大学の前までやって来た。
「あと10分も歩くのか…」
項垂れたその時…
今、一番会いたくない連中と出くわしてしまった。
「藤澤じゃん。あれ?今日は彼氏と一緒じゃないんだー?」
大学に用事があって来たのだろうか。
もはや“お馴染み”になりつつあるその連中に、暑さの限界も手伝って、思わずぼくは、不機嫌全開オーラで連中を睨みつけてしまった。
「だから、彼氏じゃないってぇ。」
涼ちゃんが笑って否定する横で、別のやつが口を開く。
「てか、そういえばアイツ、お前に似てたよな。 」
「…え、そ…そう?」
そいつは、後ろで一人だけ下を向いてた人に話し掛けた。
その人は、先日バイト先で見掛けた時に、もしかしたら涼ちゃんが告白した人じゃないかと、ぼくが思った人だった。
「似てるって。てか、似てる奴選ぶって事は、お前、まだコイツの事好きなんじゃないのー?」
「もう、過去の事だから。…行こっ。 」
涼ちゃんはそう言うと、ぼくの手を引いて歩き出した。
連中はまだ何か言ってたけど、ぼくの頭の中は違うことがいっぱいで、全く耳に入ってこなかった。
やっぱり…
若井と似てるあの人が、その“相手”だったんだ。
最近、涼ちゃんと若井…仲良いし…
付き合ってないにはしろ、もしかして、涼ちゃんは若井の事が好きなんじゃないだろうか…
でも、なんで…
同性同士の恋愛に対して、偏見がある訳じゃないのに…
なんでこんなに胸がモヤモヤするんだろう…
「…そもそも僕はタチだっつーの。」
涼ちゃんも暑くてイライラしてるのだろうか。
いつもより少しだけ強めの口調でそう呟いていたけど、ぼくにはその言葉の意味は分からなかった。
・・・
道中、色々あったけど、お目当てのスーパーに入った瞬間、これまでのイライラが吹き飛ぶほどの冷たい風が全身をふわっと撫でた。
「涼しい〜。」
ニコニコと気持ち良さそうにスーパーの強めの冷房を浴びる涼ちゃんは、ぼくの知るいつもの涼ちゃんに戻っていた。
ぼく達は気分を切り変えて、カートに買い物カゴ乗せ、涼しい店内 を進んでいく。
今日のお昼は、涼ちゃんのリクエストで、前にぼくが作ったロコモコ丼。
そして、夜も同じく涼ちゃんのリクエストでカレーを作る事になった。
『昨日のお昼もカレー食べてなかった?』と聞くと、涼ちゃんはニコニコしながら『夏は毎日カレーでもいいよ!』なんて答えていた。
まずは野菜コーナーから周り、お肉、お魚、飲料コーナーと順番に、回っていく。
そして、節約の為に、ついにレトルトご飯を卒業して、『お米を炊こう!』となったぼく達は、最後にお米の袋をカートに下段に乗せて、レジに向かった。
毎月、皆で出し合っている“食費袋”からお金を取り出し、支払いを済ませると、手際よく買ったものをスーパーの袋に詰めていく。
初めの頃はうまく詰められなくて、あたふたしていたぼくたちも、今ではもうすっかり慣れたものだった。
が、しかし、袋に詰めたところで、ぼく達は重大な失態を犯したことに気がついた。
いつもは三人で来るスーパーも、今日は二人。
なのに、いつもと同じ調子で商品をカゴに放り込み、オマケに今日は5キロのお米も買ってしまった。
「これ…二人で持って帰るんだよね…。」
「やっちゃったね…。」
外は猛暑。
行きの時点でバテていたぼくらが、この大量の荷物を抱えて帰るなんて…
地獄を見る未来が、もう、はっきりと予想出来た。
「どっちがお米持つ?」
「…ここは、じゃんけんでしょ。」
「「最初はグー!じゃんけんぽんっ!」」
「だぁー!重いー!もう無理い!」
「言っとくけど、僕だって重いからねぇ!誰?!2リットルのペットボトル5本も買ったの!」
「3本は涼ちゃんだよ。 」
「うわぁー!そうだったぁ!」
「だぁー!暑い!死ぬ!」
「暑い〜、袋が指に食いこんでちぎれる〜!」
「えーんっ、お腹空いたあー!」
最初はブーブー言い合ってたぼく達も、家が見えて来る頃には、もはや愚痴を言う元気もなくなり、ほとんど気力だけで歩いていた…
・・・
やっとの思いで家に着くと、エアコンを付けっぱなしにしていたリビングに二人して転がり込んだ。
そして、ベスポジを奪い合うようにしてエアコンの前に立った。
「生き返るーっ。」
ひとしきり涼んだあとは、お昼ご飯の涼ちゃんリクエストのロコモコ丼を手際よく作り、ペコペコなお腹を満たしていった。
不安だった初めて炊いたお米もちゃんと炊き上がってくれて、 涼ちゃんが『美味しい!』と連発する度に、汗だくで買い出しに行った苦労も、暑さでフラフラになったのも、全部ふっとんでいく気がした。
「よし!じゃあカレーの準備をしよう!」
涼ちゃんの『美味しい!』に気を良くしたぼくは、お昼ご飯を終えると、夕方には帰ってくる若井の為に、早速カレーの準備に取り掛かった。
スーパーで野菜を見ている時に、涼ちゃんが『きのこ沢山入れたい!』と言ったので、今日のカレーは“きのこカレー”に。
涼ちゃんも『僕も手伝うよ〜!』とキッチンに来てくれたけど、やっぱり包丁使いが不安だったので、しめじやえのきなどのきのこをバラバラにしてもらう作業をお願いした。
初めてのカレー作りではあったけど、基本的にはお鍋に入れて煮込むだけだったので、野菜の皮むきなど、慣れない作業に手間取ったものの、意外と大きなハプニングもなく、無事に涼ちゃんリクエストの“きのこカレー”が完成した。
お米は、お昼の時に夜の分も沢山炊いといたので、あとは盛り付けるだけだ。
ぼくと涼ちゃんはひと仕事終えた満足感に浸りながら、リビングのソファーに転がった。
リビングまで食欲を唆るカレーのいい香りが漂ってきていて、今すぐにでも食べたい気持ちをグッと堪えた。
それから、1時間程経った頃、ぼく達三人のグループチャットに若井からメッセージが届いた。
【今、駅着いたー】
その連絡を見た瞬間、二人してソファーから勢いよく立ち上がると、待ちきれないとばかりに、ぼくはカレーのお鍋を温め直し、涼ちゃんはお皿とスプーンを準備し始めた。
数分後。
ガチャリと玄関の鍵が開く音がして、若井がリビングに入ってきた。
「今日の夜、カレー?!」
玄関まで、香りが届いていたのだろう。
キッチン横の扉を開けた瞬間、『ただいま』より先に、嬉しそうな声な声が飛び出した。
普段クールな若井が、まるで子供みたいに目を輝かせているのを見て、一瞬、キュンとしてしまったが…
「わぁ〜、若井〜、なんかめちゃくちゃ久しぶりな気がするぅ!」
そう言って、嬉しそうに涼ちゃんが若井の手を取ったのを見て、ぼくの胸の奥がチクリと痛んだ。
「めちゃくちゃ焼けたねぇ。」
「ね。めっちゃ黒くなったよね。」
涼ちゃんが若井の焼けた肌をペタペタと触るのを見ながら…
正直、ぼくは、胸の奥が痛む理由が、自分でもよく分からなかった。
やっと帰ってきた若井に、嬉しそうな笑顔を見せる涼ちゃんに?
それとも、三日ぶりに会えた涼ちゃんに嬉しそうに話す若井に?
そのどちらのような気もして、そのどちらでもないような気もして…
そんなよく分からない気持ちが気持ち悪くて。
ぼくはお皿にアツアツのカレーを盛り付けると、わざと明るく声を出しながら、ダイニングテーブルに並べ始めた。
「カレー出来たよー!」
「やばっ!手作り?!」
「そう!今日はお米もちゃんと炊いたし、完全に手作り!」
「わぁーいっ。やっと食べれるぅ。」
「美味そうー!」
「ほら!冷めないうちに食べよっ。」
「「「いただきまーす!!!」」」
「美味しい!」
「嬉しい〜、きのこ沢山だぁ。」
「うまぁっ。」
「ねえ、きのこ入れようって行ったの、絶対涼ちゃんでしょ?」
「あはは〜、バレた?」
「分かるわっ。涼ちゃんきのこ好きだからね。」
「でも、美味しいよね。」
「うまい!こんなの作れるなんて、元貴天才だわ。」
「あはっ、やっぱりー?」
たった数日なのに、三人揃ってダイニングテーブル囲むのが久しぶりな気がして、『やっぱり三人がいいな…』と、改めて思った。
さっきの胸の奥の痛みの理由は、やっぱり分からないままだけど…
今は、この三人の時間を楽しみたいと、ぼくはまだ名前の付かないその気持ちに、そっと蓋をした。
コメント
5件
朝からほわほわでめちゃくちゃ癒されます💞
毎話めちゃくちゃ可愛いし面白いです! いつか大森さんのモヤモヤした気持ちが晴れることを願ってます😌