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#_雨月の詩
#_残夜詩
#_子葉詩集
#_O_ga’s contest.
応募作品
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「 好き 」の代わりに、
「 愛してる 」なんて洒落た言葉より、
きっと、君には、
この言葉が似合うでしょう。
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「 構想、固まりそう? 」
黙々とシャーペンを動かすアイツに、声を飛ばす。
『 んー…後もうちょい、 』
名前と同じ、月の模様が描かれた、すっかり色褪せたシャーペンを握りしめて、
空に飛ばすような、そんなふわふわとした言葉が返ってくる。
嗚呼、今、アイツは集中しているんだ。
長年過ごしてきて、気付いた癖。
きっとアイツは、無自覚だろう。
そんな所も、
思わず、擦り切れた原稿用紙にそう書こうとして、
慌てて消した。
『 ……できたわ 』
「 お、 」
溜まった疲労を吐き出したコイツから渡された、皺が寄った原稿用紙。
消しすぎて、枠すら消えかけている、努力の証。
『 帰ってから読む? 』
「 ん〜今日は遅いからなぁ 」
「 そうするわ 」
『 よろしくー、雨 』
「 任せろ、月 」
一文字の単純な名前。
でも、綺麗なアイツに似合う名前。
やっぱり、俺は
……なんて、
そんな思いも、雲が覆ってくれれば、なんて事ない。
直視できない程眩しい月も、雲で隠れれば輝きを失うように。
もしも、代わりに風景が伝えてくれたら。
雨が伝えてくれたら、
空気が伝えてくれたら、
そう、何度も考えた。
ああ、雨といえば、魔法の言葉があったはずだ。
最近になって知った、恋情を秘密に乗せて伝える言葉が。
「 うっわ、雨じゃん。最悪 」
「 天気予報では晴れだったのになぁ 」
『 俺、傘無いわ 』
「 ま?俺も無い 」
『 だろうな 』
くだらない、当たり障りのない雑談を交えては、
其の間を、雨がしっとりと包む。
「 ……なぁ、月 」
『 ん? 』
「 雨…止みそうにないな 」
あてもなく雨の線を眺めながら、そう呟くと、
僅かに息を飲む音が聞こえて、
『 …ああ、そうだな 』
たった、二言。
詩人みたいな言葉遣いを書くアイツの耳には、
これを何と解釈したのだろう。
願わくば、察してほしい だなんて、
書く癖に、こんな洒落た言葉は使えないと、はにかんだアイツに、
願うだけ、無駄であろう。
カーテンの隙間から外を見ると、
雨は、すっかり止んでいた 。
ぺトリコールだけが残るコンクリートを見ながら、
帰る時に止んでおいてくれよ、と笑った 。
でも、
傘も持たず、ずぶ濡れになって二人で走って、
風邪引くなよ、と交わして別れた
そんな僅かなやり取りでさえ、愛おしく思えるのだから、
時には雨も、悪くない。
雨とは、不思議なものだ。
心の機微も、洒落た言葉も、
間違って「好き」と伝えてしまう事さえ、
全部、雨のせいにできるのだから。
「 ……雨…… 」
ぱらりと原稿用紙を捲る。
題名は、たった一言、『雨』。
雨が嫌いな主人公と、
雨が好きな男の話。
読み進めていくと、
濡れた端から、ぺトリコールの匂いが上がってきた気がした。
コンクリートに、在り来りな街並み、
明かりを発散させる雨の粒。
_____今日の、俺とアイツの帰り道
「 ……あっぶな 」
焦点が合わない瞳のピントを急いで合わせて、
自分で自分を嘲笑した。
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雨を降らす前の重たい雲が、
月を隠す。
テキストを閉じて、
人工的な明かりを消して、
目を細めて、半分程隠れた月を見上げる。
…ああ、月と言えば
かの著名な文豪は、
「好き」を「月が綺麗ですね」と訳したらしい。
それを初めて知った時、キザでロマンチックだな、と子供じみた感想が一番にこぼれた。
それと同時に、
「ああ、そうやって好きを伝えればいいのか」
と、独り合点して安心している自分もいた。
『 ……あーあ 』
当然、言う勇気なんてほぼ無いけれど、
もし、そんな魔法の言葉の意味をアイツは知らなかったとしたら、
何気なく、吐き出して、
アイツは何も考えず、「そうだね」と答える。
そんな設定なら、もう少し気軽に恋情を伝えられたのかもしれないな。
…って、文章力と語彙力ばっか鍛えてるアイツに願うだけ、無駄な事だ。
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『 原稿、もう読んだ? 』
陽気な昼下がり。
コンビニで買ったサンドイッチを片手に、隙間さえあれば小説の話題に浸る。
「 読んだ…けど…… 」
暫し口ごもる。
月は、予想的中とでも言わんばかりに苦笑を浮かべた。
『 やっぱ、恋愛模様があれ? 』
「 うーん…まあ、そんな感じ 」
「 雨って設定とか、主人公達の関係は良いと思うんだけど 」
俺達は、絶賛スランプを満喫中であった。
……いや、スランプというよりは、” しっくりこない “ と言うのが妥当か。
『 まー恋愛経験ゼロの俺らが書いたら、無理やり展開になるよなぁ 』
「 ふは、言えてる 」
ここで、「恋愛シーンを省けばいい」と口を挟む馬鹿はいない。
それは勿論、” 察している “ からである。
どうしても入れたい気持ちとか、
後ちょっと、って期待とか、
こう、痒い所に手が届かないような、
そんな………感じ。
『 恋愛って言われてもなー 』
『 ……好きな人でもいたら、書けるか? 』
「 …お前、まさかいんのかよ 」
『 …いや別に 』
「 ………へー 」
驚きと憂いを紛らわすようにかじったサンドイッチに、塩が増えた気がしたのは、多分気のせい
………のはず。
ペンを動かす
消す
ペンを動かす
消す
焦りが募った。
コンクールまで、後二ヶ月。
「恋愛」の正解どころか、問題の意味さえわからない俺達は、
今日も原稿用紙の枠が消える程の跡を残す。
『 ……雨、か 』
「 ん、どしたの 」
『 …んや、中々ネタが思いつかん 』
ぽつりとこぼした単語は、アイツにとっては自分を呼ぶ声に聞こえたらしく、ゆっくりと顔を上げた。
『 雨ってさぁ、なんか意味とか無かったっけ 』
「 意味? 」
『 ほら、「月が綺麗ですね」は好きを表すみたいな 』
「 ……あー…それ、ね 」
「 ……… 」
___雨が止みませんね
「 ……とか? 」
『 ………… 』
睫毛を伏せ、言葉を発すると同時に、
『 ……お前も語彙力あったんだな 』
また、ぺトリコールの匂いが上がってきた気がした。
雨、と聞いて引きずり出されたのは、
あの日の帰り道。
そして、雨の中を遮って放たれた言葉。
「 …まー、俺はこれでも語彙力と文章力だけは鍛えてるんで 」
なんだか、大事な何かが心に重なる。
『 …なんか、いい案が思いついた気がするわ 』
『 案出し助かった 』
「 そうか?なら、早めに原稿に写しとけよ 」
片手に、検索エンジンが表示されたスマホを握った。
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今朝は雨、夕方から晴れるらしい。
よりにもよって、というよりは、
都合がいい、という言葉が先行した。
雨に言われた、雨の言葉。
ようやく、登場人物の恋愛模様は書ききった。
後は、ラストシーンだけである。
『 ……ラストは、 』
そう切って、すぅと息を吸う。
知ってしまった。
気づいてしまった。
ならば、俺も。
『 全部書き終わったわ 』
バイト三昧・レポート三昧で、やっと時間が撮れたという時。
バス停で聞かされた言葉は、
「 ……え、まじ? 」
スランプ脱出とほぼ同義の言葉だった。
『 大マジ 』
『 この前、雨がヒントくれたからさ 』
『 おかげで超捗った 』
「 …ふーん。恋愛シーンもラストシーンも書けたのか 」
『 まだ完成って訳じゃないけど、ほぼ完成状態 』
『 …早速読む? 』
「 ここで読まない馬鹿はいない 」
『 だよな 』
手渡された、皺が寄った原稿用紙。
雨が好きな主人公と、
雨が嫌いな男の話。
題名は、いつの間にか変えられていた。
「好きを伝える、魔法の言葉」
臆病な彼らには、「好き」の二文字は言える訳がない。
ならば、秘密と共に恋情を伝える魔法の言葉を言えばいい。
雨が好きな女は、「雨が止みませんね」と
雨が好きな男は、
『 ” 月が綺麗ですね “ 』
「 ……ぇ 」
頭上に浮かぶ月。
目線を逸らす月。
『 ……ってな感じで、ここのシーンは結構こだわったんだよな 』
「 お、おぅ…… 」
一瞬、心臓が跳ねた。
あまりに突飛な言葉で、ただ、話の中にある言葉ってだけで、
…ただ、話の中にある、それだけであって、
___雨
___雨が、止みませんね
___月が綺麗ですね は、好きを表すみたいに
「 ……お前さぁ、あれの意味、知ってたの 」
だって、雨が好きで、
少女が言った言葉も、
雨につられて言ってしまったことも、
全部、” 俺 “ だった。
こそあど言葉じゃわからないはずなのに、
月はまるで知っているような顔をして、
『 ………お前に案出ししてもらった時に 』
照れくさそうに頭をかいた。
「 ……じゃあ、あの時頷いたのは、たまたま? 」
『 …まあ、後になって意味はわかったけど 』
『 頷いたことに後悔はしてない 』
雰囲気は良い癖に、
肝心の二文字は、臆病な彼らには出てくるはずもなく。
「 …「月が綺麗ですね」は…… 」
「 ……お前の、魔法の言葉、ってやつ? 」
『 ……そんなとこ 』
臆病な彼らには、「好き」の二文字は言える訳がない。
ならば、秘密と共に恋情を伝える魔法の言葉を言えばいい。
『 ……ちょっと引いた? 』
「 …いや別に 」
「好き」の二文字は一切出せなかった。
何とも曖昧で、互いの思いが通じあっているかもわからない話。
でも、
「 …月が綺麗な理由は、」
全部知っている君には、
「 ” お前と一緒に見てるからじゃない? “ 」
「 好き 」の代わりに、
「 愛してる 」なんて洒落た言葉より、
この言葉が似合うよね。
コメント
11件
なんか私ガチ文豪を目の当たりにした気がする
わわ~~!!!めっちゃ素敵過ぎる!!🥹💗 この2人の関係性と距離感最高過ぎます!!!😇👍 隠し言葉も素敵過ぎてラブです🥹💘
めっちゃよかったぁ! 隠し言葉いいよねー! 僕も好き🫶 回りくどい言い回しだけど…… その言い回しにある、言葉の意味がいいんだよねー! あと、言葉の言い回しがおしゃれで好き!!