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海の底にも似た深い闇の中、 白い輝きだけを頼りに進むと、 やがて巨大な柱が見えてきたよ。
その先にあるものは、きっと……
闇の中でも際立つほどに白く輝く 光の柱のようなものだった。
私は好奇心を抑えきれずに近づいてみたけれど、 それはどうやら大きな水槽のようだった。
透明な壁の向こうでは水が波打ち、 中には、水草のような藻に包まれた球体があった。
不思議と恐怖はなかった。
むしろ、神秘的な美しさを感じたくらいさ。
ガラス越しに手を伸ばすと、 指先が触れたところから光が溢れだし、 水の層を突き抜けて、奥へと伸びていった。
私が手を引いた後も、 光の線はずっと奥まで続いていたよ。
どこまで続いているのかなと思ったけど、 それ以上先に行くことはできなさそうだ。
それにしても……なんて美しい場所なんだろう。
思わず魅入ってしまいそうになるほどだった。
だけど、ここにいても仕方がない。
私は来た道を引き返し始めた。
しばらくすると、後ろの方で何かが動いた気配がして、 振り返ってみると、あの光の道が伸びていた。
あそこにいたのは何者だったのだろうと、 あれこれ想像しながら歩いて行くと、 突然、目の前に大きな扉が現れた。
開けてみると、そこは一面の花畑になっていた。
花びらは淡い桃色をしており、風に揺れると微かな甘い香りを放っている。空を覆うように枝葉を広げた木々からは柔らかな木漏れ日が落ちており、辺りはとても穏やかな雰囲気に包まれていた。
「綺麗ね」
隣に立つリゼが小さく呟いた。
確かに美しい場所だった。僕はゆっくりと深呼吸をしてみる。澄んだ空気と共に花の匂いが肺を満たしていく。とても気持ちの良い気分になった。
「良いところですね」
僕が言うと、リゼは大きくうなずいて見せた。「ええ」
そして、僕の手を握りしめてきた。
僕は一瞬だけ迷ったが、すぐにその手を強く握り返した。
リゼの手はとても温かかった。
「あなたのおかげですね……」
リゼは呟いた。
「え?」
僕は聞き返すようにリゼを見た。
しかし、彼女は小さく首を振っただけだった。
そして僕らは再び歩き始めた。
しばらく行くと、大きな建物が見えて来た。
それはドーム状の屋根を持つ巨大な施設だった。
僕はそれを見上げていた。
リゼもまた同様に見つめていたが、やがてゆっくりと目を閉じた。
「ここは、私の故郷です」
しばらくして、彼女はぽつりと言った。
「そうなんですか?」
僕は驚きつつ、改めて周囲を見渡してみた。確かに言われてみると、空気中の水蒸気が増えてきたせいか、霧が立ち込めているように感じるし、空が曇って薄暗くなってきているようでもある。しかし、ここはまだ、さっきまでいた場所と同じ街の中なのだ。ビル群が建ち並び、道路を車が走り抜けていく光景に変わりはない。だが、目の前にいる女性は、確かにそういった変化を感じ取っているのだ。
「どうして……」
僕はまだ信じられず、呆然としながらつぶやくしかなかった。すると彼女は再び笑った。今度はさっきよりも大きな声で笑い出した。ひとしきりつづく彼女の笑い声を聞いているうちに、僕は段々腹が立ってきた。こんな状況下にあって、よくもまあ笑っていられるものだと思ったからだ。
「あのね」
彼女はようやく笑うのをやめると、目尻に浮かんでいた涙を拭いながら話しかけてきた。
「私はあなたたちとは違うんですよ。だからこうして普通に息ができるんです」
違うというのはどう意味だろう。普通の人間じゃないという意味なのだろうか。それとも別の意味があるんだろうか。考えてみてもよく分からなかった。
「まぁ、どちらにしても、あまり驚かせないでくださいよ」
僕は溜め息まじりに言うと、その場に座り込んだ。いつの間にか足が震えていた。腰が抜けたわけではないと思うのだが、とにかく力が入らなかった。それは僕の後ろに座ってじっとしている父も同様だったようで、しばらく経っても立ち上がる気配はなかった。
「すみませんねぇ。まさかあんなに驚くとは思わなかったものですから」
彼女はまた笑顔を浮かべながら謝ってくると、そのまま立ち上がった。そして僕らの横を通り過ぎると、ビルの壁に近づいていった。彼女が壁に触れようとすると、そこにあったはずのコンクリートの壁が一瞬にして消えてしまった。彼女は手を伸ばすと、すぐにそこから出てきた。それを見ていた僕は思わず息を呑んでしまった。
「ほらね」
僕に向かって微笑んできた彼女は、また別のところへ向かって歩き出した。今度は何をするつもりなんだろうと思った矢先だった。突然、辺り一帯が激しく揺れ始めたのだ。地震だと分かった時には遅かった。立っていることもままならないほどの激しい横揺れのせいでバランスを保つことすら困難になってしまった。僕はその場でしゃがみ込んでしまうと同時に目の前にいた彼女に目を向けた。すると、僕の方を向いていた彼女と目が合った。次の瞬間、再びあの音が聞こえてきた。
「ゴォーン……ゴォーン……」
耳鳴りのような音とともに世界が真っ暗になった。それはほんの数秒の出来事だったが、それでも確かに停電だった。
「おい!大丈夫か!?」
遠くで声が聞こえる。どうやら自分に向けられたものらしい。しかし、返事をする余裕はなかった。身体を動かすことができないのだ。金縛りにあったように指一本動かせなかった。必死にもがくも全く無駄に終わった。
(まずいな……)
パニックになりそうな頭で必死に思考を巡らす。自分はどうしてこうなったかを思い出そうとする。しかし、記憶が全くと言っていい程出てこない。ただわかることは自分が暗闇に閉じ込められたことだけだった。
自分の身に何が起きたのかわからないまま、数分の時が流れた。その間、自分はひたすら考えていた。一体なぜこんなことになったのかと。いくら考えてもその答えは全く出てこなかった。そもそも、自分は本当に生きているのか。実は死んでいて幽霊になってしまっているのではないか。