テラーノベル
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アイーシャさんのお屋敷を出てから、昼過ぎまでは街のあちこちを訪ねてみた。
しかしどこにも『魔響鉱』は置いておらず、少しだけ焦りが出てきてしまう。
……今日も半日終わったことだし、そろそろ冒険者ギルドに行ってみようかな。
食事に入ったお店でぼんやりしていると、周囲から聞こえてくるのは街の外での戦いのことばかりだ。
たまに何かが爆発するような音も聞こえてきて、そういったときはさすがにみんな黙ってしまう。
街の中は平和とは言え、それは突然崩れ去ってしまうことも有り得る。
家族や友人が戦っている人も多いだろう。いちいち心配してしまうのは仕方が無いというものだ。
私の場合は――
正直、ルークとエミリアさんは強いから……他の人に比べれば、心配は少ない方だろう。
逆に言えば、戦闘の最前線に配属され続けるだろうから、そういった心配はあるのだけど。
私も今は裏方に徹しているけど、魔星クリームヒルトが攻めてきたときくらいは、ルークたちと一緒に戦いたいと思う。
……戦いたいというよりは、一緒にいたいって感じかな。やっぱり見えないところだと、どうしても心配になってしまうから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ! アイナさん……!」
私が冒険者ギルドの建物に入ると、受付をしていたケアリーさんが声を掛けてきた。
「こんにちは、買い取りの様子を確認しにきました!」
「はい、えっと……、売っても良いという方がいらっしゃいました。
いらっしゃったんですけど――」
ケアリーさんは、話し難そうに言葉を続けた。
「――売る前に、直接話をしたいそうで……。
何だかその、嫌な感じがするんですけど……どうしましょう……?」
「嫌な感じ?」
私が言葉を返した瞬間、後ろから『嫌な感じ』がした。
これは今までにたくさん感じてきた、いわゆる敵意というやつ――
「……お前がアイナか?」
その声の方を振り返ってみると、大きな弓を持った大男がいつの間にか立っていた。
いや、正直言えば視界にはちらちらと入っていたけど、まさか話し掛けてこようとは。
「初めまして。どこかでお会いしましたか?」
敵意には敵意を。それは、逃亡生活の中で学んだことだ。
私は思い切り冷たく言ってやる。……本当に、昔の自分からは考えられないことだ。
「俺とは初対面だな。
しかし俺の大切な人たちが、お前に傷付けられたんだ……。申し訳ないが、礼をさせてもらおう」
……礼、とは、いわゆる普通のお礼ではないだろう。
つまり、痛めつけてやる! ……ということだ。
「冒険者ギルドでの争いはお止めください!!」
間に入ってきたのはケアリーさんだった。
その声を聞きつけて、冒険者ギルドの職員たちが大男に近付く素振りを見せる。
周囲の冒険者たちも、何となく近付いてきて不測の事態に備えてくれていた。
「――私のことはご存知ですか?
気安く敵意を向ければ、ご自身に返っていきますよ?」
「ああ、神器の魔女――アイナ・バートランド・クリスティア、だろう?
善人を装っているが、俺の目は騙されん。兄貴と彼女の恨みを晴らしてやる……!」
「……ここで?」
「はっ! 死なばもろともよ!
――食らえっ!!」
大男は必要最低限の動きで短剣を取り出して、私に斬り掛かった。
おお、素早い――
バチッ
――しかし、私の射程に入ってしまえば何の問題も無い。
ひとまず短剣の刃部分を炭素――もろい炭に置換させて頂く。
そのまま私は、短剣を杖で受け止める。
すると短剣の刃は、儚く砕け散った。
「な、なに……っ!!?」
男はその光景に驚愕した。
しかし、ついでに私も驚いた。杖で受け止めたものの、その衝撃が思い切り身体に圧し掛かってきたのだ。
「……ッ!!」
倒れこそしなかったものの、私は軽く後ろに吹き飛ばされてしまった。
あんなに格好よく言っておいて、1回でもダウンしてしまえば残念な感じになってしまう。
『神器の魔女』は驚異的な存在でなくてはいけないのだから、何とか踏ん張れたのは助かった。
そして、そうこうしている間に周りの人たちが大男を取り押さえてくれた。
「――ちっ!! くそ、放せっ!!」
「放すわけ無いだろう!! 大人しくするんだ!!」
大男はなおも暴れようとするが、さすがに多勢に無勢だ。
後ろ手に手首を縛られると、ようやく暴れるのを諦めて、改めて私を睨んできた。
……おお、怖い怖い。
でも、『兄貴と彼女の恨み』って……思い当たるものが無いんだけど。
逆に言えば、王都から逃げ出して以降は因縁がありすぎて、どれのことを言っているのかが分からないというか――
「……あなたから恨まれる理由が分かりません。
私があなたの大切な人を傷付けたというのであれば、申し訳なくは思います。
ただ、謝罪はしません。私が生き残るためには、きっと必要なことだったから」
「開き直るのか!?」
「受け止めているだけです。
逆に、あなたに私の何が分かるんですか?」
私はつい、逃亡生活のときのことを考えながら大男を睨み付けてしまった。
あのとき、私たちに味方はいなかった。そう、まわりがすべて敵――
……何度絶望しただろう。
それを思えば、ありふれた憎しみを受けるのは何ということも無い。
「くそっ! お前のせいで、兄貴は剣が握れなくなったんだ!!
小さいころから憧れていた! でも、お前のせいで、もう――」
「……お兄さんのことは残念です。
ただ、私なら治せると思いますよ。この街が平和になったら、私のところにきてください」
「なんだと……。で、でたらめを言うなっ!!」
「アイーシャさんのことは知っていますか?
彼女の足を治したのは私です。恨みは捨てて、お兄さんに最善のことをやってあげませんか?」
「そんなこと知るかっ!!
アイーシャ婆さんと知り合いだからと言って、下手な嘘をつくんじゃない!!」
……いや、私としてはお兄さんの腕がどうなろうと知ったことではないけど、信じてくれた方が良いと思うよ?
そうしたらいずれ、お兄さんはまた剣を握れて、あなたは憧れのお兄さんを見ることができるのだから。
「――平行線ですね」
そもそも私は『魔響鉱』の買い取り状況を確認しに来ただけだ。
別にこの大男なんてどうでもいい。私は急速に、この大男に興味が無くなっていった。
「ちくしょう、覚えていやがれ!!」
大男は憎まれ口を叩くと、冒険者ギルドの職員と冒険者によってどこかに連れていかれてしまった。
そしてようやく、冒険者ギルドに平穏が戻ってきた。……やっぱりまだ、ざわついてはいるけど。
「アイナさん……大丈夫でしたか? 私、怖かったです……」
「怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい。
私は大丈夫ですよ。王都から戻るときは、もっと酷い目に遭いましたから」
「そ、そうでしたね……。
でも、聞くのと見るのとでは大違い……だと、思いました」
下手をすれば、命のやり取りが始まっていたのだ。
もちろん私は、積極的に殺めたりはするつもりは無いけど――
「……ところでケアリーさん。
『魔響鉱』を売っても良いっていうのは……さっきの方?」
「はい……。
でも連れていかれてしまいましたし、数日は戻ってこないと思います……。
それに、それもアイナさんを誘い出す嘘……だったのではないでしょうか」
うーん……。
それだと、魔星クリームヒルトが攻めてくるまでには間に合わなさそうだなぁ。
ここは一旦諦めて、他の入手経路を探すことにするか……。
それにしても何だか水を差されちゃった感じだし、もう魔法のお店で買っちゃおうかなぁ……。
金貨10枚くらい誤差といえば誤差だし……。ああ、でももったいないという感情はやっぱり……。
でもこのままだと上手くいかなさそうだから、もういいかなぁ……。
考えている時間で何か依頼をこなしてお金を稼いだ方が、前向きというか、建設的というか――
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