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「――金貨12枚で買います」
「えっ!?」
魔法のお店に行ってご主人にそう告げると、彼はにこやかな表情を崩してしまった。
年老いた魔女が来るわけでも無く、交渉が起こるわけでも無い。
占いを信じて『魔響鉱』をずっとお店に並べていたのに、それがお金の力で買い取られてしまう――
……彼からは、そんな迷いと寂しさが感じられた。
しかし値段を付けたのは彼自身なのだから、ここで文句を言われる筋合いは無いというものだ。
「何か、問題がありますか?」
「いえいえ!? いやぁ、やっと売れるなぁって、しみじみとしていただけですよ!
ささ、お包みいたしますね!」
「そのままでも大丈夫ですよ。アイテムボックスに入れていきますので」
「わ、分かりました……。それではこのままで……」
最後の別れでもしようと思ったのだろうか、ご主人は残念そうに、呟くように言った。
さすがに申し訳ない気もしてしまうが、それも今さらだ。
「このお金で、また占いでもしてきてください。
きっと良い出会いがありますから」
「……そうですよね、分かりました。
魔女様とお近付きになれるように、次はハードルの低い条件を教えてもらいます!」
いや、占いってそういうのを選べるものなの……?
割と柔軟にやってくれる占い師さんなのかな? 少しだけ興味が出て来たかもしれない。
とはいえ、私にとっては遠い未来よりも、目先の未来だ。
ささっと準備をして、ささっと戦いを終わらせなくては。
「それでは占い、頑張ってください。ご主人の恋愛、応援していますから。
私もしばらくクレントスにいると思いますので、また機会があれば来ますね」
「はい、ありがとうございました!
そういえばお客さん、お名前は何と言うのですか? 私の相談に乗ってくれたのですから、是非聞かせてください!」
「え? 私はアイナって言います。
錬金術師なので、何かあればご相談くださいね。それでは」
「――ッ!!
も、もしかしてお客さんが神器の魔女様――」
私はご主人の声を後にしながら、さっさとお店を出ていくことにした。
『……でも、若すぎるな……』
最後の最後で、そんな言葉が微かに聞こえてきた。
……良かった、私は恋愛対象外のようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうにか『魔響鉱』が手に入ったので、次は冒険者ギルドに行くことにした。
買い取り中の依頼は出したままだから、これを取り下げなければいけないのだ。
「アイナさん、お帰りなさい!
『魔響鉱』は買い取れましたか?」
「やっぱり高かったですけど、買ってしまいました。
それで、依頼の方を取り下げに来たんですけど――」
「それが、こちらでも買い取りができてしまいまして……。
規則上、返金ではできないので、『魔響鉱』のお渡しになってしまうのですが……」
「うわぁ、間の悪い……」
ただ、そうは言っても取り下げなかった自分が悪い。
魔法のお店で売れてしまっていたときのことを考えて、念のため依頼を取り下げないでいたのだから。
「それと、ですね。これは預かったものなのですが……」
そう言いながら、ケアリーさんは受付のカウンターに『魔響鉱』を置いた。
「……?」
「これ、お昼すぎに暴れた男性から……です。
少し頭が冷えたようで、お詫びにこれを譲ってくれたみたいです」
「えー? 本当に持っていたんですか?
……それにしても、どんな心境の変化なんでしょうね」
「アイナさんが、お兄さんの腕を治せるっていう話をしたじゃないですか。
その可能性を潰したくなかった、とかでは無いでしょうか」
「うーん、何とも言えない……」
「普通に考えれば、あんなことをしでかしたら嫌なイメージしか持たれませんからね。
だから、先に引いてくれたんだと思います。……本心は分かりませんけど」
「あはは……。急に変わられても、こっちが混乱してしまいますね。
まぁ頂けるものなら頂いておきましょう。ケアリーさん、手続きをお願いします」
「分かりました。依頼の終了と、あとは預かり品の引き渡しになります。
こちらとこちら、両方にサインをお願いします」
「はーい」
相変わらず、ケアリーさんはてきぱきと仕事をこなしてくれた。
王都の錬金術師ギルドで言えば、仕事の速さはダグラスさんくらいかな?
……はぁ、懐かしい。
たまにはダグラスさんやテレーゼさんにも会いたいものだ。
でもきっと、それは叶わないことなんだろうなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイーシャさんのお屋敷に戻るころには、すでに夕方も遅い時間になってしまっていた。
何だかんだで今日も『魔響鉱』探しだけで終わってしまった……。
しかし、今日は何と3つも手に入れることができたのだ。
手に入らない可能性があったことを考えれば、これは出来過ぎなくらいの成果ではないだろうか。
「――アイナ様、お帰りなさいませ」
玄関からお屋敷に入ると、メイドさんが私に声を掛けてきてくれた。
「ただいま戻りました。食堂、使わせて頂きますね」
「かしこまりました。
アイーシャ様からお渡しするものを預かっていますので、食堂にお持ちいたします」
「え? アイーシャさんから?」
「どうぞ、先にお|寛《くつろ》ぎください」
「はぁ……」
アイーシャさんから預かっているもの?
一体なんだろう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂でのんびりお茶を飲んでいると、先ほどのメイドさんが小さな包みをトレイに乗せて持ってきてくれた。
「アイナ様、お待たせいたしました。こちらになります」
「はい、ありがとうございます」
私が包みを持ちあげると、メイドさんはさっさと食堂から出て行ってしまった。
それをぼんやりと眺めながら、小さな包みをテーブルに置いてみる。
置いた感触からして、包みの中には堅いものが入っているようだった。
「……このパターンは」
何となく察しながら包みを開けてみると、そこには……『魔響鉱』が1つ、入っていた。
ああ、アイーシャさんも探してくれるって言っていたっけ……。
「ありがたくはあるけど、これで4つ目か……。
昼までのレア感が、もはや無い状態……」
私は自然とぼやいてしまったが、これはこれで贅沢な話ではある。
特にアイーシャさんがくれたものについては、完全に良心から探してくれたものなのだ。
「……となれば、矢はコレで作るかな……」
他のものと混ざらないように小さな包みに戻して、そのままアイテムボックスに入れておく。
残りの3つは……どうしよう?
矢は消耗品だから何本か作るというのも良いし、魔星クリームヒルトは強力な魔法使いというのだから――
「対魔法使い用の、他のアイテムを作っておくのも良いかな?」
確実に勝たなければいけない戦いなのだから、保険はたくさんあっても困ることは無い。
今日の夜と明日を使って、またちょっと考えてみよう。
戦いはきっと明後日になるはずだから……なるべく早く、良いものを作っておかないと。