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アシェルの瞳の色は、深い海のような黒みがかった青の奥に、秋の木漏れ日のような金色がキラキラと輝いている。
金色の煌眼を持つものは、魔力が桁違いに高い。
稀代の魔術師と謳われているグレイアスの瞳は、紫色。元宮廷魔術師のロキは、魔法で煌眼を隠してるが銀が混ざった紫色。その上を行くアシェルは、伝説級の煌眼の持ち主だった。
そんなアシェルは、うわごとのように「目がぁ……目がぁ……」と繰り返すノアを抱えて、父である国王エルシオの元へ行く。
これまで世捨て人扱いされていたことなど嘘のように、アシェルの足取りは力強く威厳に満ちていた。
「これも余への祝いの品か?」
アシェルの瞳をじっと見つめたエルシオは、軽く眉を上げて問うた。
かつて自分の息子に対して王位継承資格はないと、はっきり伝えたことをエルシオはちゃんと覚えている。覚えているからこそ、敢えて祝いの品なのかと聞いたのだ。
返ってきたのは、どうとでも取れる微笑だった。憎らしいほど、若い頃のエルシオに似ている。
「そう思っていただければ幸いです……さて、ノア」
アシェルはエルシオに目礼すると、ノアを抱いている腕を放して膝を折り、未だ混乱しているノアを覗き込んだ。
「どうだい?」
「……き、き、きれいでしゅ」
なぜここで噛むのか。
あまりにノアらしくて、アシェルは噴き出しそうになる。しかし余計な会話はしない。
意識が明瞭でない方がいいのだ。だってその方がノアが罪悪感を覚えなくて済むから。
「奇麗と言ってくれて嬉しいよ、ノア。じゃあ気に入ってくれた?」
「はいっ、すんごく」
「うん、そっか。じゃあ、ずっとこのままでいる方がいいかい?」
「当たり前じゃないですかっ。見えている方が絶対に良いです!殿下、ずうっとこのままでいてください!!」
誘導尋問と気付かれぬよう、細心の注意を払ってノアから望む言葉を引き出した途端、これまでずっと腰を抜かして床で震えていたローガンが奇声を上げた。
「ぅうわぁあああっ!!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!なんだっ、目がっ痛い!!くそっ、見えないっ!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
突如として両目を押さえてのたうち回り出した第一王子に、会場は騒然となる。
ローガンの親である国王も、さすがに動揺を隠せない。ノアも、なんだなんだと目を白黒させる。
けれどもアシェルだけは、どこまでも冷静だった。
「兄上、陛下の御前というのに、みっともないですよ。まったく……10年前、私がこれを受けた時は、そこまで暴れたりはしませんでしたのに」
やれやれと呆れた顔をするアシェルの目は、冷ややかだった。でも拳は、小刻みに震えている。
アシェルはずっとこの機会を待っていた。己が受けた呪いを、持ち主に返す瞬間を。
魔法は、精霊の恩恵を受けて使える。対して呪いは、人を羨み、蔑む負の感情から生み出される。
呪いも、魔法も、容赦なく相手を攻撃できるが、世界にたった一人だけ、魔法も呪いも受けない存在がいる。それは、精霊姫の生まれ変わりであるノアだ。
人と異なる魂を持ったノアは、精霊にもっとも近いので、人間が作り出した魔法は通用しない。その反面、人が考えた魔法文字はてんで理解できないし、覚えることも本能が拒絶する。
それに加えて、ノアは精霊を統べる精霊王の娘の生まれ変わりだ。魔力自体は、人間の比ではないし、強く望んだその言葉は、言霊となり強烈な力となる。人間風情が生み出した呪いなど、いとも簡単に跳ね返すほどに。
だからノアが城に誘拐された時に声が出なかったのは、グレイアスの魔法のせいじゃない。騒ぐノアを抑えるふりをして、声帯を麻痺させるキャンディーを口に放り込んだだけのこと。
出会った当初、アシェルは失った権力を取り戻す為だけに、ノアを妻に迎えるつもりだった。
しかし精霊姫の生まれ変わりであるノアは、ただそこにいるだけで精霊に愛され、傍にいる人間にも影響を与える。
おかげでアシェルは、ノアと過ごすうちに視力を取り戻し、精霊たちの声もはっきりと聞きとれるようになり──ノアが呪いを跳ね返す力があることを、精霊達の何気ない会話の中で知った。
これで王座も手に入れられるし、ローガンへの復讐もできる。
悲願を果たすために駆け回っていたアシェルだが、もうその頃にはノアは特別な存在になっていた。
見た目も可愛らしく、どこぞの貴族令嬢のように野心もない。いじらしくワガママ一つ言わない。ただの扱いやすい駒のはずだった。
それなのにアシェルは、ノアを利用したことに罪悪感を覚え、嫌われることを恐れている。去ってしまうことを考えるだけで気
が狂いそうになるし、手放すなんて冗談でも口にしたくない。
(でも、復讐をしないという決断はできなかった)
アシェルは生まれながらにして王族だ。ローガンが王の器ではない事など、誰よりもわかっている。
王位継承争いは、兄弟喧嘩なんかじゃない。多くの人々の命と、人生を左右する。
だからアシェルは、ローガンを完膚なきまでに潰す必要があった。たとえ、恋い慕う相手を利用する結果になっても。
「ノア、あんなの見なくていい。見ちゃ駄目だ」
気が触れたように床で転げまわるローガンの盾になるように、アシェルはノアを抱き寄せようとする。
しかしノアは、両手を突っぱねて拒んだ。
すぐに心臓に無数の槍を刺されたような痛みが走る。
(……やはり嫌われてしまったか)
華麗に魔獣を退治したのにノアの心を射止めることはできなかったアシェルは、ここがどんな場なのか忘れて顔を歪ませる。けれども──
「んっ」
ノアは両腕を、アシェルに突き出した。その姿は、まるで抱っこをねだる子供にしか見えない。
「……ノア?」
「んっ」
恐る恐る尋ねれば、ノアは焦れたように唇を尖らせて、再び両腕を突き出した。
(……触れていいのか?)
迷ったのは一瞬で、アシェルはそっとそっと……壊れ物を扱うかのようにノアを抱き上げた。