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数ヶ月が経ち、私と吉沢さんの関係はゆっくりと深まっていった。最初のうちは、会話も軽やかで楽しいものばかりだったが、 次第にお互いに対してより多くのことを知りたくなり、少しずつ本音を語り合うようになっていった。
吉沢さんは、映画の仕事のことやプライベートの些細な出来事を共有してくれ、 私は自分の心の奥に閉じ込めていた過去について、少しずつ話し始めることができるようになった。
ある晩、ふたりで食事をしていたとき、吉沢さんが穏やかな声で言った。
「最近、君のことをもっと知りたいと思うんだ。君が何を考えているのか、どんな過去があったのか、もっと深く理解できたら、もっと近づける気がして。」
その言葉に、私は少し心が揺れた。
心の中で、昔のことがフラッシュバックしてきた。
忘れたつもりだったけれど、どこかで彼に自分の過去を話すことを恐れていた。
過去の自分を見せることが、吉沢さんに嫌われる原因になるんじゃないかという不安が頭をよぎる。
「実は、私、昔ちょっと…辛いことがあって。」
私は言葉を選ぶように、少し間を空けた。
吉沢さんは静かに私の目を見つめ、優しく頷いた。
「辛いこと、って?」
少しだけためらってから、私は話し始めた。
「子どもの頃、親から虐待を受けていて…。それがずっと心に残っていて、誰にも話せなかったんです。ずっと、心の中で傷が癒えないままで。」
その時、声が震えてしまった。
吉沢さんは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐに私の手を優しく握りしめた。
「それは…本当に辛かったでしょう。僕、君がそういう過去を持っているとは思ってもみなかった。でも、今、こうして一緒にいることができて、僕は嬉しいよ。」
その言葉が、私の胸に沁みた。
私は涙をこらえることができず、静かに目頭を押さえた。
過去の痛みが溢れてきて、どうしてもその感情を抑えることができなかった。
「でも、吉沢さん…私、怖いんです。自分がどうしても変われなくて、また傷つけられるんじゃないかって思うことがあるんです。」
私の声は震え、涙が頬を伝った。
吉沢さんは優しく私の手を握りながら、ゆっくりと言った。
「君が怖がっている気持ち、分かるよ。でも、僕は君を傷つけることは絶対にしない。君が辛い時、僕がそばにいることができるって信じてほしい。そして、もし君が怖いと思う時があったら、遠慮せずに言ってほしいんだ。」
彼の言葉に、私は少しずつ心が楽になっていくのを感じた。
彼の温かさと真摯な気持ちに、少しずつ心を開いていけるような気がした。
「ありがとう…。本当に、ありがとう。」
私はようやく涙を止め、彼に感謝の気持ちを込めて言った。
その夜、私たちは静かに過ごした。
言葉にできないほどの感情が心の中に溢れていたが、吉沢さんと過ごす時間が、何もかも少しずつ癒してくれているような気がした。
数日後、私が一人で過去を振り返っていると、ふと吉沢さんからのメッセージが届いた。
「何かあったら、いつでも話してね。君の笑っている顔が、僕にとって一番大切なことだから。」
そのメッセージに、私は思わず笑顔を浮かべた。
過去の傷が完全に消えるわけではないけれど、少しずつ吉沢さんの存在が私の心の中で大きくなってきていた。
それから数週間、私と吉沢さんは以前にも増して親密になり、お互いに信頼を寄せるようになった。
私が過去の傷を話してから、彼は常に私のそばにいて、支えてくれる存在であり続けた。
けれど、私の中にはまだ大きな壁があった。
過去の痛みを完全に受け入れ、許すことができずにいた。
それが理由で、吉沢さんに対しても、どこかで心を完全に開けずにいた。
ある夜、二人で一緒に映画を見ていた。
映画が終わった後、私たちは静かな時間を過ごしていたが、何となく空気が重く感じられた。
吉沢さんはふと私を見つめ、
「何か、気になることでもあるの?」
と尋ねた。
私はそれに答えるのが怖かった。
過去のことをまた話してしまうのが恐ろしかった。
でも、彼の優しい眼差しに、思わず言葉が漏れた。
「私、あなたに…まだ本当に心を開けていない気がする。」
吉沢さんは黙って頷き、少し間を空けてから言った。
「それでもいい。君が自分のペースで進んでいけるように、僕は待ってるから。」
その言葉が、私を少し楽にした。
けれど、同時に、私はその言葉にどうしても甘えることができなかった。
「でも、どうしても怖くて…。心の中で、まだ、誰かに裏切られるんじゃないか、って思うんです。」
私は目を伏せながら続けた。
その言葉が出た瞬間、吉沢さんの表情が少し変わった。
彼は静かに立ち上がり、私の前に立って、真剣な顔で言った。
「君がそんなに怖がっているなら、僕が君を守るよ。」
彼は少し強く、私の肩をつかんだ。
その瞬間、私の胸が高鳴った。
彼の手のひらが温かくて、強くて、それが私の心に何かを引き起こした。
気づくと、私は彼の腕を強く引き寄せて、胸に顔を埋めていた。
「でも、まだ…。」
私の声は震えていた。
過去の痛みが、私の中でまたよみがえってきた。
「まだ、何も信じられないっていうのか?」
吉沢さんの声が、少し低く、切なさを含んでいた。
彼は私を腕の中で抱きしめ、強く引き寄せた。
「怖いんだ、ね?」
彼の唇が、私の耳元に近づいた。
低く、甘く響くその声が、私の体の中で何かを呼び覚ます。
私の心が激しく揺れた。
身体が震え、言葉が出なかった。
ただ、彼の温もりを感じたくて、思わず彼に手を伸ばして、さらに彼に近づいた。
「君が怖いなら、僕が君を守ってあげるよ。」彼の言葉が、私の心に深く響いた。
そして、次の瞬間、彼の手が私の顔に触れ、ゆっくりと唇を重ねてきた。
最初は軽く触れるだけだったが、私がそのまま彼を求めるように身体を引き寄せると、彼のキスは次第に深く、激しくなった。
私の心は迷っていた。
過去の傷が蘇ってきて、どうしても素直に彼に委ねることができなかった。
でも、吉沢さんの手が私の体を包み込むように、力強く引き寄せてきたことで、私はその壁を少しずつ壊していく自分に気づいた。
彼のキスが私の体を震わせるたび、私は自分が抱えていた恐れや不安を、少しずつ彼に預けていくような感覚を覚えた。
もしかしたら、私はこれまで逃げてきたのかもしれない。
そして、今、目の前のこの人とだけは、過去の鎖を解き放てるのかもしれない…そんな希望を抱きながら、私は吉沢さんの腕の中で自分を解放していった。
その夜、私たちはお互いに触れ合いながら、心の中で何かを共有した。
過去の傷はまだ完全に癒えたわけではないけれど、少なくとも、私はもう一度前を向いて歩き出す力を感じることができた。
吉沢さんが静かに言った。
「君を傷つけない。君が怖がらないように、これからもずっとそばにいるよ。」
その言葉を聞いて、私は涙を流した。
過去の痛みがまだ私の中で眠っているとしても、これからは吉沢さんと共に歩んでいける、そんな確信が持てた。
第2話
ー完ー