「では、お預かりします。本当に後払いで良いのですか?」
新しい組合長はケイトさんと言って、40代の優しそうなご婦人だった。
「はい。他の取引先ともそういう契約で販売してもらっていますので、同じ方が私共もやりやすいので」
「では、お言葉に甘えて。これからもよろしくお願いします」
「はい。この水都に白砂糖と香辛料を広めてくださいね」
俺たちの目的はここの食事事情の向上だ。
しばらく経てばこの組合長の手腕次第ではあるが広まるだろう。
エリーを伴い建物を出た後は、水都をぶらつくことにした。
よく思えば俺はあまり観光出来ていないしな。
「ふふふっ。私が男性と二人きりで水都を散歩しているなんて、田舎の両親が知ったら驚くことでしょう」
「エリーは可愛いからそんなことでは驚かんだろ……
むしろ俺が殺されないか心配だわ」
こいつは何を言っているんだ?
本物の非モテを見しちゃろかい?
「な、何を言ってるんですっ!?わ、私が可愛いって…」
「いや、可愛いだろ。ミランも可愛いし、聖奈は美人だし……
周りから俺は一体どんな目で見られてんだろうなぁ…」
エリーは顔を赤くしてアタフタしていたが、その後は冷めた目で俺を見てきた。
だから、そんなんで喜ぶ趣味はないぞ?
「確かに声を掛けてくるおじさんは多かった気がしますが…同年代では皆無でしたね」
ここにもいたのか紳士…いや、声を掛けている時点で紳士ちゃうな。
同年代の男は恥ずかしくて声を掛けられなかっただけじゃないか?
地球にいたらアイドルだぞ?
ここでも聖奈さんのアイドルしてるけど……
そんなこんなで水都をぶらぶらしていると、見知った人を見かけた。
「なぁ。何しているんだと思う?」
「わかんないですよ。とりあえずマトモではないのはわかります」
建物の影から双眼鏡を使い、覗きをしている不審者を発見した。
「ほっとくと捕まりそうだな…なんか嫌だけどやめさせるか」
「異世界では何をしているかわからないと思いますけど、そうした方がいいです」
俺は怪しい奴に声を掛けることにした。
「何をしている?」
「うぇっ!?な、何もしていませんよ?」おほほ……
急に肩を叩かれて声を掛けられた聖奈さんは、挙動不審に応えた。
「嘘をつくなよ…どうせ学園を覗き見していたんだろ?」
「えっ!?なんだぁーセイくんかぁ。焦っちゃったよ…」
「なんだじゃないだろ?こんなことはやめなさい」
みんな同じ色のローブのようなものを羽織った中高生くらいの年代の少年少女が出入りしているレンガの塀を、建物の影から覗き見していた不審者聖奈を止めた。
俺が学園の治安を守るんだ!
「だって…こんなところにまで遥々来たのは、学園モノを見るためなんだよ!!」
「いや、そんな力説されても…恥ずかしいモノは恥ずかしいぞ?」
「セーナさんって変わっていますね…」
エリーもな。
「それよりミランはどうしたんだ?」
「えっ?ミランちゃん?何の事かな?知らないよ〜」ヒュー
いや、口笛鳴らせないならするなよ……
「誤魔化せてないからな。どこにいるんだ?」
「…わかったよ。正義は悪には勝てないんだね…」
悪はあんただからな?
「学園の編入試験を受けてもらっていたの」
「は?ミランに?それこそ聖奈が受ければ良かったんじゃないか?」
「私みたいな年上が学園にいたら、みんな緊張しちゃって、ロマンスが進まないでしょ!?」
ロマンスって…聖奈さん、アンタ何歳なんだよ……
「それで?ミランを使って学園の生徒と繋がろうとしたって訳か?」
「うん!我ながら名案でしょ?」
こいつはダメだ…早く何とかしないと……
俺達がコントを繰り広げていると、校門と思わしき場所から人が出てきて、こちらへと向かってきた。
「ダメでした。私では魔力が足りない様です。って、あれ?セイさん?」
「お疲れ様。悪いな。聖奈のアホな作戦に加担してもらって」
出て来たのはミランだった。あまりに不憫で申し訳ない……
「いえ。何故か楽しかったですよ。学園には一切興味はありませんでしたが」
「それなら良かった。聖奈には何か罰を考えよう。ここに居たら目立つから、一旦エリーの家に行くぞ」
「ええ!?なんでっ!?どうして!?」
それは俺達の尊厳を著しく損ねかねない行いを、私利私欲の為に行ったからだよ。
「あんた…ストーカーで悩まされてたのにわからんのか…」
俺の呟きは水都の青空に吸い込まれていった。
「それで?私に何をするのかな?エッチな事でもエロい事でもドンと来なさい!」
エリーの家に帰った早々これである。
「ミラン達がいるところで何つーことを…」
「じゃあ二人きりなら良かったのかな?」
ニタニタしながら言うなっ!
「まあ、聖奈への罰だからな。ちゃんと考えている」
いつかこんなこともあろうかと、ちゃんと罰は考えていた。
一人でするならまだしも、ミランを駒にしていたからな。
「な、なにかな?」
「それはな…」
聖奈さんの悲鳴がエリーの家に木霊した。
翌日。
「良かったのですか?あんな罰を与えて」
ミランが聞いてきた。
「もちろんだ。それに本人にとっては罰だけど、ある意味休息のようなモノだしな」
聖奈さんには、三日間の地球送りの刑を執行した。
普段から睡眠時間を削って向こうのことやこっちのことをしていたから、一度腰を落ち着けて、地球のことをしてもらうことにしたのだ。
「聖奈はこっちに来たくて、向こうの仕事を無理してやっていたからな。こっちに来られないならゆっくりしてくれるだろう」
「そうだったのですね」
「セーナさんは頑張り屋です」
急に産休で来れなくなった保育士さんの行方が気になる幼児に、状況を説明しているみたいだな……
「聖奈がいないから俺達も休息にしよう。お菓子食べ放題だ!」
バサッ
「きゃー!!凄いです!!」
「こ、こんなに……払えるお金がないから身体で…」
テーブルいっぱいのお菓子にミランはテンションが天元突破したが・・・
エリー。君がミランの教育に悪いのなら、お菓子は取り上げるよ?
「アホなこと言っていないで好きなものを二人で分け合うんだぞ?」
かく言う俺は、午前中からビールだ。
「プハーッ!!朝から飲むビールは格別だな!!」
「よくそんな苦いものを飲めますね…」
「セイさんは舌がおバカなんです?」
二人に色々言われるが、ビールが飲めて幸せな俺はそんな小さなことは気にならないぜ!
そんな風に1日を過ごした後、夜に地球へと向かった。
「お疲れ様。会社はどうだ?」
マンションでパソコンに向かっていた聖奈さんに声を掛けた。
「順調だよ。今月から私の給料もアップ出来るよ〜」
冗談っぽく言っているが、是非そうしてくれ。
今いくら聖奈さんに給料を渡せているのか知らないけど……
「そうか。良かったよ。聖奈には俺よりも給料を出したいからな」
「私は聖くんに生活費を出してもらっているから、別に少なくて良いんだけどね。
それより向こうでのお願いがあるの」
いや出すよ?それしか出来ないから……
それよりも久しぶりだな。
上目遣いのお願いは。オラ、武者震いしてっぞっ!
「なんだ?出来ることならするぞ?」
聖奈さんのお願いを聞いた俺は、翌日三人で出かける事になった。
「ここはどうだ?」
俺たちは翌日知らない家に来ていた。
レンガの塀に囲まれた家は、白亜の壁に茶色の屋根がついている綺麗と言うよりは可愛らしい感じの見た目だ。
もちろん可愛いのは見た目だけで、広さはかなりある。リゴルドーの家の倍はないが近くはありそうだ。
「凄く良いです!こんなお家に住むのが夢ですっ!」
エリーの反応は上々だ。
ミランはどうだ?
「良いのではないでしょうか?セーナさんの好きそうな見た目ですし」
ドライだな…永住するわけじゃないからそこまで拘りを持てないか。
「それでは中へご案内します」
もう分かる通り、俺が聖奈さんに頼まれたのは水都での拠点探しだ。エリーの家はあるが、四人では狭いし、本当に転移ポイントにしかならない。
よって、聖奈さんにここで家を買って欲しいとお願いされたんだ。
聖奈さんの趣味にドンピシャな水都に拠点が欲しいのはわかるが、リゴルドーからかなり離れたので俺も必要性を感じていた。なので、異論はない。
新体制になった信用できる商人組合に頼み、新たな拠点探しに来たのだが、三軒目にしてみんなの意見が前向きなモノに出逢えた。
「こちらがエントランスになります」
玄関広っ!!
12畳くらいあるぞ!!
「こちらがキッチンになります」
まぁ、俺に用はないけど、広くて使いやすいんじゃないかな?
「こちらがダイニングになります」
おお。ここは玄関より広いな。パーティが出来そうだ。
「こちらは浴室になります。横はトイレです」
なに!?ここでも風呂ありだと……
魔導具でお湯を出すタイプなんだな。流石魔導王国…侮りがたし……
「二階は主寝室とゲストルームになります」
主寝室は20畳以上あり、ゲストルームも10畳くらいの部屋が4つもあった。
しかも家具付き。マットと布団一式を持ち込めばすぐに寝られそうだな。
「全部屋に空調の魔導具を完備しています。そして、防犯の魔導具を設置していますので、外出や就寝の際は起動してください。
魔石の交換とメンテナンスは当組合で行えますがどういたしますか?」
これはいい加減決めろってことだよな。
これまでにミランとエリーがかなり注文と文句を並べてたもんな……
すみません…お金を払わない客は神様ではありません……
「ここにします」
「では、こちらにサインをお願いします」
職員の中年女性が出してきた書類にサインをしていく。
「では、こちらが魔導具の認証キーになります。複製は出来ませんので、失くされない様にして下さい」
渡されたのはカードキーの様な物が二つ。
とりあえず一つは魔法の鞄を持っている俺が持つとして、もう一つはどうするかな。
まあ、聖奈さんに決めてもらおう。
「ありがとうございました」
「どうもです」
「ご苦労様でした」
俺達は職員にお礼を伝え、引っ越しの準備を進める為に動き出す。
「とりあえずエリーの家に行くぞ。物や家具を運び出さないとな」
「はい!行きましょう!」
エリーの家は引き払うことに。
この家の一室をエリーの研究部屋にする予定だ。
小物は魔法の鞄に詰めればいいけど、家具は馬車で人力で運ぶ。
転移を使っても良いけど、あまり魔法に頼りすぎでは?とのミラン先生からのご指摘で、人力で行うことになった。
「終わりましたね…」
「ああ。階段が広くて助かったな…」
2階の部屋に家具を運ぶのは、かなりの重労働だった。
運ぶ時は片側を俺一人、反対側を少女二人で持った。
「元々の家具が立派なので、処分してしまえば良かったですぅ」
「エリーさん。まだまだ使えるので勿体無いですよ」
ミランは物を大切にする良い子なのだ。決して家具だけじゃないぞ?
お、俺のことも大切にしてくれているはずだっ!
「次はどうしますか?」
「後は地球産の物で揃えるから、こちらで買う物はないな。問題は魔法の防犯対策がどれほどのものか…」
「私が魔法をぶっ放して、試して見ます?」
エリーは攻撃魔法を覚えてからやたらと使いたがる。
その気持ちはわかるが、壊したら弁償だからな。やめておこう。
「では、起動してみましょう」
「そうだな。使って見ないことには何もわからんしな」
流石に地球のセ◯ムみたいに通報するだけじゃあるまい。
俺達は外に出て、カードキーを使い、防犯機能を起動させた。
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