「そうだね。そのほうがいいよ」
俺が黙っていると、彼は続けた。
「君は、自分ひとりの力に頼りすぎてる」
評論家というのは、これだから困る。机上の空論、抽象論をこねたがる。部下ならとりあえずハイハイ言って頭を下げるのだろうけれど、ここはいつもと土俵が違うんだよ。
「ご心配なく。今日は、ギターの勝負ですからね」
さて続きを弾こうとしたら、米子氏のセッティングはすでに終わっていた。
そして、驚きが待っていた。彼の足元には、音を加工するエフェクター類のメカが、一個もないのである。ギターが一本のシールドで、直接アンプにつながれていた。これは全くの素人か、よっぽどのつわものかのどちらかだろう。こんなことだと最初からわかっていたのなら、何もこんな大掛かりな勝負など申し込みはしなかった。
社長は、軽くコードのカッティングを始めた。シャーン、シャーンと音が鳴る。弦が、一音一音粒ぞろえよく響いている。素人ではないようで、少しホッとした。勝負にならないようでは、こちらも困る。
ひとつ、気になることもある。あのフォームだ。ギターヘッドを少し持ち上げ気味にして、あの肘の角度、手首のスナップのかけ方……どこかで見覚えのあるような、ないような……。リードギターの腕前を聴こうと待っていると、なんと、コードを弾いてピックアップのトルグスイッチとトーンボタンだけ軽く調整し、係員にOKサインを送っている。アンプのコントロールボタンにさえ、まったく触れていない。この人、こんなんでこの満席の前で弾くつもりなのか。
英治がルール説明を始めた。演奏は俺・社長の順にブルース進行で行なわれる。交互にソロを取り合い、それが何度か繰り返される。演奏時間は合計で30分。演奏が完全に終わってから、観客の拍手の大きい方が勝ちになる。
俺は舞台の中央に仁王立ちした。そして、ドラマーに開始のサインを送った。
「やっちまえ出雲、相手が社長だからって遠慮するなよ」
野次が、客席から聞こえてきた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!