テラーノベル
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キッチンの床に座り込んだまま。
スマホを耳に当てた翠は、目を閉じている。
呼吸はまだ少し浅い。
でも、桃の声があるから、ぎりぎり保ててる。
「……俺、まだ怖い」
その一言。
電話の向こうで、数秒の沈黙。
桃は、周りの雑音を一瞬遮るみたいに、
少し場所を移動する音がする。
そして、低く言った。
「分かった」
短い。
でも、何か決まった音。
翠は気づかない。
桃はもう、決断している。
「翠」
「ん……」
「今から帰るから」
一瞬、時間が止まる。
「……え?」
翠が目を開ける。
「でも、仕事……」
「今日は抜ける」
迷いがない。
翠の喉が鳴る。
「だめだよ、桃にぃ」
反射的に出る言葉。
「俺のせいで」
「違う」
強く遮る。
「“俺の判断”」
声がぶれない。
「翠のせいじゃない」
翠は、ぎゅっとスマホを握る。
「でも、予定あるって」
「ある」
即答。
「でもさ」
一拍置いて。
「弟が床に座り込んで動けなくなってる方が、
よっぽど優先順位高いでしょ」
その言葉は、真っ直ぐで、重い。
翠の目から、また涙が落ちる。
「……俺、立てるよ」
最後の抵抗。
「大丈夫」
「無理すんな」
低く、でも優しい。
「立たなくていいから」
「そこ待ってて」
翠の胸が、ぎゅっと痛む。
“迎えに来てくれる”
それが嬉しくて、怖い。
「……ほんとに帰ってくる?」
小さな声。
不安が混じる。
桃は即答する。
「当たり前」
少しだけ笑う。
「翠、まだ俺のこと信用できない?」
翠は、泣きながら首を振る。
「してる……」
声がかすれる。
「でも、なんか……」
「置いていかれる気がして…」
正直な本音。
電話の向こうで、桃が静かに息を吐く。
「今日でそれ終わりな」
はっきり言う。
「置いていかない」
強い声。
「翠が怖いって言った日に、
一人にするのはもうやめる」
その言葉が、胸に落ちる。
翠は、壁に背中を預けたまま、涙を拭う。
足の震えはまだ少しある。
でも。
“もうすぐ帰ってくる”って分かるだけで、違う。
桃が続ける。
「茈にも連絡しとく」
「今日は家優先」
翠が慌てる。
「茈にぃまで!?」
「もちろん」
迷いなし。
「翠の回復が最優先だろ」
静かなキッチン。
さっきまで、役に立とうとして無理してた場所。
今はただ、待つ場所になる。
翠は、小さく呟く。
「……俺、甘えちゃってる?」
桃は即答。
「今はそれが正解」
短いけど、強い。
外で車のドアが閉まる音が、
電話越しにかすかに聞こえる。
桃はもう動いている。
「あと10分で着くから」
そう言う。
「そのままでいいから、座って待ってて」
翠は、ゆっくり頷く。
目を閉じる。
怖さはまだある。
でも。
“来てくれる”っていう確信が、
初めてちゃんと体に届く。
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コメント
2件
こんにちは、こはゆさん。寺島あおいです。 第81話、読ませていただきました。 桃が「今から帰るから」って即決するところ、あの短い言葉にどれだけの重みと愛情が込められてるんだろうって思いました。翠の「置いていかれる気がする」っていう本音、あれがすごく刺さりましたね…。でも、桃が「今日でそれ終わりな」って言い切ってくれるから、読んでるこっちまで肩の力がふっと抜けるような安心感がありました。 二人の距離が、ちゃんと縮まってるのが伝わってきて、じんわり温かくなりました。素敵なエピソードをありがとうございます🌷