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ムツキはサラフェを見ている。先ほどまでは怒りで我を忘れかけ、彼女を戦意喪失させるまで威圧していたが、彼女の涙を見て少し落ち着きを取り戻す。
「……どうした、キルバギリー」
ムツキの声色は少し和らいでいる。キルバギリーはそれを感じ取り、サラフェから離れて鎧からヒト型へと変形する。その後すぐに立ち上がり、彼の目をじっと見つめる。
「どうすれば、私たちは許してもらえますか? いえ、どうすれば、サラフェだけでも許してもらえますか?」
ムツキもまたじっとキルバギリーの目を見つめる。彼女の言葉に嘘偽りはなく、サラフェだけでも助けたいという想いが彼に伝わる。
「……っ! キルバギリー!」
サラフェが声を上げるが、キルバギリーはそれに対して手のひらを広げて制止する。ムツキは小難しそうな顔をして、自身の頭を少し強めに掻いていた。
「あー、まず、どちらかだけを許す選択肢はない」
「なるほど。残念です」
キルバギリーは表情が変わらないものの、声色だけは確かに少し残念そうにしている。
「……正直なところ、俺自身はまだ怒りが収まらないが……きちんと悔い改めると言うなら、コイハとメイリ、あと、さっきの仔にきちんと謝ることだ。許してもらえなければ、許してもらえるまで謝るんだ。期限はない」
「では、ここで殺されることは……」
「そんなこと一言も言ってないだろう。……奴隷も言葉の勢いだ。そのつもりはない……ただし、次もないけどな」
「分かりました。私は謝り続けることを実行します」
「キルバギリー! やめなさい!」
パンッ。
「っ!」
サラフェがキルバギリーに向かって叫んだ後、キルバギリーはサラフェの方へと翻って、彼女の頬を1度叩いた。サラフェはあまりの驚きに言葉を失う。
「やめるのはあなたです、サラフェ。今回のあなたは少しおかしかった」
キルバギリーの言葉に、ムツキはこめかみを指で押さえ始める。
「有能だけど怠惰で、私との適性が偶然あって勇者になってもロクに仕事もしないダメ人間ですが、無闇に誰かを傷付けることはなかった。あなたがしてきたお仕事は誰かを助ける仕事ばかりだったはずです。誰かを傷付けるものはすべて拒んできたはずです」
ムツキはある推測に確証を得たようで、どうしたものかと悩み始める。
「私はそんな優しいあなたに生きていてほしい。あなたが何故あんなことをしてしまったのかは分かりません。でも、私は加担したので同罪です。私たちは手を出してはいけないものに手を出し、あまつさえ、その手が逆鱗に触れてしまったのです」
「ぐっ……ぐうっ……キルバギリー……ひっく……っく……ううっ……」
サラフェは押し殺していた嗚咽が止まらなくなる。涙がボロボロと零れる。しばらく、彼女の嗚咽だけが響く。
「……生活は保障されるのですよね……」
ムツキはサラフェの唐突な質問にびっくりした。
「え……あー、えっと、今この場でその質問をするというのは、まあ、なんだ……すごい執念だな……。っと、そうだな。さっき言ったようにきちんと謝って、そして、俺の妻として皆と仲良くできるなら、約束しよう」
ムツキはサラフェを許すしかない。キルバギリーの話が本当なら、本来、あり得ない行動をしているわけである。つまり、犯人は別にいる。それも割とすごく近くにいるという確証が彼にはあった。
「今となってはプライドよりも……命と生活保障です……。分かりました……先ほどはごめんなさい……サラフェが悪かったです。命令とはいえ断ることもせずに、獣人や半獣人を傷付けてしまいました……。さっきの猫ちゃんも傷付けちゃいました……」
サラフェは掛かっていたモヤが晴れたように素直になった。
「いや、俺に謝っても仕方ない。さっき言ったように、謝る相手は別にいる」
ムツキは正直、怒りの矛先がサラフェから変わっていた。
「……どうして、あなたは許せるの?」
「さっきも言っただろう。俺は争いたくないし戦いたくない。スローライフを送りたい。そりゃ難しいことも腹立つことも悲しいこともあるし、どうにもならないこともあるだろうけど、俺はやられたからやり返すはしたくないんだ。そもそも、今回、やられたのは俺じゃないから、俺が怒るのは筋違いだ」
ムツキの言葉に、サラフェとキルバギリーは目を丸くする。家を壊され、戦いを挑まれ、仲間を傷付けられ、怒る理由はいくらでもあるのに、彼は本当に自分のことで怒っていないようだった。
「……そのあなたの信念の固さは認めます。あと、どうして、サラフェにこだわるのです?」
「まあ、そりゃ性格はかなり難があるけど、ここで会ったのも何かの縁だろうからな」
ムツキは見た目のかわいさには言及せず、何かの縁、という一言で片付ける。
「そこまで言われてしまっては完敗です。彼女たちにもきちんと謝ります」
「そうしてくれ。そう言えば、名前くらいは名乗っておくか。偏屈魔王と呼ばれ続けるのは嫌からな。ムツキだ」
ムツキは手を差し出し、サラフェを立たせ、そのまま握手を交わす。
「ムツキさんですね。サラフェです。元・水の勇者というところでしょうか。ナジュミネさんみたいな紹介になりそうですね」
次に、ムツキはキルバギリーと握手を交わす。
「キルバギリーです。ムツキの名前でマスター登録しました。これより、マスターを管理者、つまり、アドミニストレータと定義し、サラフェを使用者、つまり、ユーザーと定義します。通常は使用者であるサラフェの指示に従いますが、管理者であるマスターの指示はその上位としますので、サラフェとマスターの指示が異なる場合にはマスターに従います」
「えっと、つまり、俺も指示ができるわけだな? 他の人の言うことも聞いてくれ」
「では、後でユーザーの追加指定をお願いします」
「小難しいけど、分かった。さて、俺は俺でもう一仕事ある。けど、まずは一緒に家に来てもらうぞ」
ムツキ、サラフェ、キルバギリーは一緒に家へと入っていった。