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●運命
●第1話
$第一章『少女』
私は生まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら笑っていた。
その子の顔はとても可愛かったが私は泣いていた。
何故かと言うと赤ん坊の目は白目が黒ずんで血走っており瞼の辺りには黒いあざが出来ている。
鼻の穴は潰れており、唇の端が紫色になっているので見るだけで吐きそうになる。
肌の色は真っ黒でとても不健康そうに見える。
私はそんな我が子を見ながら涙を流し続ける。
生まれて初めて抱いた命はあまりにも重たくて、少しでも気を抜けば落っことしてしまいそうだと思った。
けれど絶対に落としてはならない。
なぜなら私は、母であり姉であり父でもあるからだ。
私は笑顔でいなくてはならないのだ。
しかし泣き笑いを浮かべるのは至難の業だった。
すると腕の中の赤ん坊が泣かなくなる。
不思議に思ってそっと呼んでみると、にへらと微笑まれた。
まるで私が泣くのを止めたのだと言っているみたいだ。
私は呆れた顔をした。
だが内心では安心すると同時にホッとしていた。
私はやっと笑うことができた。
すると、私を呼ぶ大きな声に気づく。
「おーい!お母さんが呼んでいるぞぉ!」
振り向くと父親が遠くの方で手を大きく振っている。
「お父さん!こっちよぉ~!!」
私は叫んだが今度は父親の姿が見えない。
おかしいなぁと思いながらも大声で呼んだり「こっちぃい!!!!」と言ったところ、今度は「うるせぇんだよ!!」と言われてしまった。
理不尽だと思いながら渋々諦めたところで父親が現れる。
父親は手に持ったスマホを掲げて見せると満面の笑みで言うのだ。
「見ろよこれ!凄いだろ!?ほら、ここ見て!俺とお前の名前が表示されてるだろ!?あ、でも『ちゃんと名前呼べ』って言われちまった。
あははは」
私はそんな父親の手の中にあるスマートフォンの画面に目を向ける。
『誕生日、出産祝い・両親揃っての初メッセージ記念日』と書かれているところを見ると誰かからのプレゼントのようだ。
私が興味深そうに見入っているのに気づいてか、父は自慢げに説明を始める。
「実は今日、俺達の子供が産まれたって聞いて慌てて会社早退してきたんだ。
そうしたら部長がこれをくれてさ。
さっきまでは『仕事中にそんな暇ない!』とか文句言ってたんだけど『娘を抱っこしながら読めば?』なんて言われたもんで『よし分かった』ってことで今に至るという訳だよ」
はははと照れ臭そうな笑いが聞こえた。
そんな父の話を聞いていた私は、不意に不安を覚える。
『今の話だと私達の子供の名前が呼ばれなかったのはなんでだろう』と。
私と夫は二人きりで暮らしている訳ではないのだ。
夫婦二人で決めた大事な名前を呼ばないということはないだろうし、それに、私と夫の名前を間違えるというのもちょっと変だと思う。
私はもう一度よく見てみた。
『誕生日、出産祝い・両親揃っての初メッセージ記念日(妻:〇〇、夫:□□子供の名前は別途記載されています)』という文面の下に、二人の名前に被せるようにして私達の娘であろう名前が書かれていた。
私はそこに書かれた文字を読んで、驚いた。
それは、私達が付けた娘の名前の由来と同じものだったからだ。
私は驚いて父親を見る。
父親は得意気に言うのだ。
「どうやらこのスマートフォンには人工知能が搭載されているらしいぜ。
その証拠に、親である自分達が名づけた子供の誕生日や出産祝いの文章が表示されるんだ」
それを聞いた私は「はは」と笑ってしまった。
「またそんなこと言い出して、さすがに無理があるわ。
お父さんの会社にはそんな最新技術があるのかもしれないけど、いくらなんでもそこまでは」
だが、そこでふと違和感を抱く。
先ほどから父と私の会話が全く噛み合っていないような気がするのだ。
「ねぇお父さん、その画面見せてくれる?」と尋ねるが返事がない。
見ると、彼は自分の胸をぎゅっと掴んでいた。
そして苦し気な声を上げる。
「苦しい……死ぬ……死にたくない……助けてくれ……お願い……だ……」
慌てて駆け寄ろうとする私の手を、彼の手が握り締める。
「駄目……だ……」
その手を伝うように、ぽたり、またひとつ。
「俺は……まだ……死んだ……くない……死んでたまるか……こんなところで……死にたく……な……」言葉は途中で消え入る。
「父さん……!?父さん!?何があったんだ!!返事をしてくれ!!」と叫んでも反応が無い。
「どうして!?」と叫んでみてもそれは同じことだった。
ただ父が握った私の手だけが、氷のように冷たくなるばかりだった。
それからしばらくしてから私は気がつく。
私の腕の中で赤ん坊が笑っていた。
そして小さな手で私の頬に触れてくる。
私は思わず、はははと笑って、こう思ったのである。
『良かった。
あの子は無事だったんだ』
第二章『猫』
『あなたは英雄になりたかった』
暗闇から聞こえてきた声はひどく落ち着いていて、それでいて哀しげであった。
私は答えようとしたが声が出ない。
「違う」と言いたいのに出てこなかった。
やがて、ゆっくりとした足音が聞こえるようになる。
『あなたは英雄に成り損ねた』
足音は少しずつ近づいてくるが何も見えなかった。
私の体は何かに包まれるような感覚に陥る。
どうやら何者かに抱きしめられているらしいが、私は恐くて抵抗することができない。
私は声も出せず震えていた。
すると「もういいんだ」という優しい声がした。
そして再び頬に冷たい何かが触れる。
それが指の感触であることに私は気づいた。
「ごめんなさい、ごめん……」私は呟いていた。
そこで目が覚めた。
目の前にあるのは天井ではなくて壁だった。
カーテンの向こう側は暗いままなので真夜中だということが知れる。
私は額に嫌なかび臭い匂いを感じながら体を起こす。
そして両手を見てみる。
何も無い、いつも通りの手だった。
私はしばらくぼんやりとしてから立ち上がりベッドの脇に立つ。
そのまま膝を抱え、座る。
目を閉じた後、「はぁ……」と溜息をつくと顔を上げた。
その瞬間、私は大きく目を見開いた。
そこには人がいたからだ。
全身を覆う白いローブに身を包んだその男はフードを被ったまま私の顔を覗き込んでいるかのようにじっとしている。
そして私と目が合うと「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。
男の声はとても優しかったが同時にどこか薄気味悪さを感じさせる。
男は続けた。
「夢を見たようですね。
しかも悪い内容の。
あなたにとってあまり良くない記憶だったのでしょう。
汗が酷かったので少し拭き取らせていただきました」と言って男は一歩下がる。
その時になってようやく、男は手にタオルを持っていることに気づいた。
私は慌てて頭を下げて礼を述べる。
男は微笑むと言った。
「構いませんよ」男は続けて言う。
「あなたは英雄になりたいんでしょう?ならこれからもっと過酷な場面に立ち会わなければならない時が来るでしょう。
そういう時は、なるべく冷静に物事を見てください。
きっと、あなたの力になってくれる筈です」
そう言った直後、男が纏っていた白いマントの中から黒っぽい毛玉のようなものが転がり出てくるのが見えたので私は驚きで悲鳴を上げそうになるが、すぐにそれが大きな黒猫だとわかる。
だが男の方は慌てることもなく「あー、起こしてしまいましたか」と呟き、猫を抱き上げると「では私はこれで」と告げて去って行った。
残された私は呆然と立ち尽くしていたが、しばらくして我に返ると慌てて身支度を整えて家を出た。
そして、深夜の街を走る。
向かう先は、あの公園である。
第三章『少年』
「おはようございます」と僕が挨拶をしても誰も応えない。
当たり前だ。
ここは僕の家のリビングなのだから。
僕は窓の外の景色を見ながら「はぁ」とため息をついた。
何が楽しくて朝っぱらから憂鬱になるのかわからない。
「お兄ちゃん、また寝坊?」と台所の方から妹が歩いて来るのが見えた。
彼女は中学一年生になったばかりなのだが背がぐんと伸び、今では同じ目線だ。
しかし顔はまだ幼く、可愛いというよりは『綺麗』の方が合っているかもしれない。
その少女は手にしていたマグカップを机の上に置くと言った。
「朝食の準備、出来ているから食べちゃって。
お母さんは先に会社に行ったよ」
「ああうん」とだけ返事をして椅子に腰かける。
テーブルの上に並べられたトーストを手に取って口に運びつつ妹の方を見ていると、彼女が首を傾げていることに気がついた。
どうやら様子がおかしいと思われているらしい。
そこで仕方なく「最近どうなんだ」と聞いてみた。
しかし帰ってきた答えはあまり芳しくないもので、なんでも『いじめ』というものが流行っているのだとかなんとか。
学校に行ってから友達に聞いた話らしく、僕には心当たりが無い。
ただでさえ退屈だというのに余計なことを吹き込まれてしまったようだと思い、ますます気が重くなった。
僕は食べるペースを落としながらぼそっと言う。
「そんなもの気にしなければ良いんじゃないかな。
ほとぼりさえ冷めればみんな忘れると思うし、何より、そんなのにかまけていて大切なことを見失って欲しくないなあ……」
妹は何を言い出すのかという顔をして僕を見ていた。
「例えば?」と言われて困ってしまう。
なんだろうと思いつつも「勉強とか部活かなあ……」などと言ってみる。
ところが、彼女はそれを鼻で笑った。
「そんなんじゃ甘いんだよ」と呟く彼女の目からは『この甘ちゃんが』という侮蔑の意志がひしひしと伝わってくる。
その視線に堪えられず、また「う~ん」と誤魔化すしかなかった。
「ははは」という乾いた笑いと共に立ち上がると「ごちそうさま」と言って部屋に戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、どうしてあんなふうに育ってしまったんだろうと残念に思う気持ちもあるが、一方で『仕方ないか』という諦めの感情もあった。
それは多分、あいつが悪い訳ではないからだ。
あいつは悪くないし正しいし強いのだけれど、それでも、僕ら家族にとっては敵以外の何物でもないのだ。
僕は残りのパンを口に放り込みミルクを流し込むと鞄を背負って立ち上がったのであった。
それから数分後には、僕らの家は完全にもぬけの殻となったのである。
第四章『幽霊屋敷殺人事件』『君と別れたあの日から、私は一人になり、やがては独りになってしまった』
「違う!」
叫びと同時に私は飛び起きる。
心臓が激しく脈打ち、背中にはぐっしょりと嫌な汗をかいていた。
荒い呼吸を繰り返す私の元に「どうされました!?」と刑事さんが飛んできたがそれに反応することもできず私はしばらく肩を震わせて俯いていただけだった。
しばらくしてようやく顔を上げて辺りを見ると先ほどの悪夢の中とは違って今は夜であることがわかった。
そして私は気づく。
自分はベッドの中にいるらしいということに……。
一体どういうことだと思っている私に向かって誰かが語りかけてくるのだがうまく聞き取れない。
耳鳴りだろうかと手を耳に添えて目を閉じ、しばらくじっとしていたが駄目だ。
どうしても何を言っているのかが聞こえないのである。
やがて我慢できなくなり私は叫ぶようにして問いかけた。
するとその人物は「大丈夫」と答えてきた。
その声は落ち着いていて優しく、どこか哀しげでもあった。
私は「違う、違うんです」と言いたかったのだが何故か声が出せなかった。
そこで「私は、まだ、死ねません。
こんなことで死んでたまるか……」という声とともに私の意識は再び途切れてしまうのだった。
そしてまた目覚めると先ほどとは違う状況下にいる自分に驚く。
そこは薄暗くひんやりとした場所で、床は埃まみれで壁のあちこちは蜘蛛の巣に覆われていた。
天井は高く、私の身長よりも高い位置に小さな電灯がぶら下がっていて、さらに上の方に天窓が見えた。
そこを抜けると月の光が入ってくるようで、それでかろうじて視界が確保されているようだ。
壁際には何か機械のようなものが並んでいて、足元を照らす光もそこにあった。