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水の魔女〜砂漠の国と記憶の代償〜

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水の魔女〜砂漠の国と記憶の代償〜

1 - 水の魔女〜砂漠の国と記憶の代償〜(単行本)

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2025年12月19日

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世界を巡る旅の途中で私が足を踏み入れたのは、肌を刺すような陽光が降り注ぐ、黄金の砂漠に抱かれた国でした。

​入国審査の厳しい視線を潜り抜け、ようやく見つけた宿に荷を解いたのも束の間。熱気を含んだ風に誘われるように街へ繰り出した私に、一人の青年が声をかけてきました。その瞳には、日差しよりも強い焦燥の色が浮かんでいました。

​「こんにちは、突然だけど、魔女であるあんたに頼みたいことがあるんだ」

​「なんでしょうか?」

​「実は……あそこの家に住んでいた炎の魔女、カリンの様子がおかしいんだ。ここ2年ほど、ぱったりと姿を見かけなくなってね。心配になって家を訪ねても、どうしても中に入れないんだよ。鍵はかかっていないはずなのに、見えない壁に跳ね返されるような感覚で。あんたなら、何とかできるんじゃないかと思って」

​「2年も……。分かりました、案内してください」

​青年に連れられて辿り着いたのは、砂漠の街並みに溶け込む質素な石造りの家でした。青年は慣れた様子でドアをノックし、声を張り上げます。

​「お〜い、カリン! 無事か? 皆心配してるんだ、顔だけでも見せてくれないか!」

​しかし、返ってくるのは静寂だけ。まるでそこには誰も存在しないかのようでした。

私がそのドアに手をかけようとした瞬間、指先が痺れるような感覚に襲われました。立ち上る魔力は膨大で、陽炎のように空気を歪めています。

​「……なんてこと。なぜ、ここまで強力なものを」

​「どうしたんだ?」

​「……かなり強い魔法が、家全体を鎖のように縛っています。それこそ、一国の魔王を封印するには十分すぎるほどの、あまりに重く、悲しい結界です。……私が壊します。念のため、あなたは離れていてください」

​私は杖を構え、体内にある水の魔力を一点に凝縮させました。灼熱の結界に対し、極低温の魔力を真っ向から叩きつける。轟音と共にドアは砕け散りましたが、結界の強固さが皮肉にも家本体を守り、建物は無傷のまま沈黙を守っていました。

​暗がりの告白

​家の中は、時間が止まったかのように埃が舞っていました。一階、二階と探し回るものの、主の姿はありません。しかし、肌を刺すような魔力の奔流は、確実に足元から溢れ出していました。

​「普通の人間がここに居続けたら、精神が焼き切れてひとたまりもないでしょうね……」

​独り言を漏らしながらリビングを歩くと、不自然に波打つカーペットが目に留まりました。それをめくると、暗闇へと続く古い木の扉が姿を現しました。

​「ここだ」

​私は一度外へ出ると、不安げに待つ青年に告げました。「絶対に中に入らないでください。私は魔女なので耐えられますが、人間が入ればその命の保証はできません」

​覚悟を決め、地下へと足を進めます。灯りの魔法で辺りを照らすと、湿った空気の中に、うずくまる人影が見えました。彼女――カリンの体からは、制御を失った真っ赤な魔力が、濁流のように溢れ出していました。

​「誰……? なぜ、入ってこれたの?」

​「こんにちは、カリンさん。私は水の魔女です。勝手にお邪魔してごめんなさい。街の人たちが、あなたのことをとても心配していました。だから、私が代わりに様子を見に来たんです」

​「わ、私は、カリンよ。お願い、もう出ていって……これ以上、私は誰かを傷つけたくないの」

​振り返った彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ、床に落ちては蒸発していました。私は静かに彼女の隣に腰を下ろし、問いかけました。

​「何があったのですか? よろしければ、あなたの抱えているものを聞かせてください」

​「……そうね。あなたのような魔女なら……いいわよ」

​カリンは、震える指で部屋の隅にある「それ」を指差しました。かつては人であったはずの、けれど今は肉塊とも魔力の滓ともつかぬ異形の成れの果て。私はこぼれそうになった悲鳴を、喉の奥で必死に飲み込みました。

​「私は、魔法が好きだった。図書館で彼に出会って、私たちは惹かれ合った。彼はいつも私の魔法を手伝ってくれて、二人で街の人たちの役に立とうって、笑い合っていたの」

​カリンの頬を伝う涙が止まりません。

​「でも、ある日……。古文書に載っていた強力な術式を試したとき、私は失敗してしまった。私の魔力のコントロールが失われたせいで、大好きだった彼を、こんな姿に変えてしまった。……私は、自分が許せなかった。これ以上、誰も巻き込みたくなかった。だから、この地下室に自分を封じたの」

​彼女は床に伏し、子供のように泣きじゃくりました。2年もの間、彼女はこの暗闇で、壊してしまった最愛の人と、肥大し続ける魔力という呪いに耐え続けていたのです。

​魔女の掟と、水の慈悲

​「私から、一つ提案があります」

​私は彼女の肩に手を置き、静かに語りかけました。

​「あなたはこれから先、魔女として罪を背負って生きていきたいですか? それとも、一人の人間として、陽の光の下で生きていきたいですか?」

​「……もちろん、人間よ。でも、魔法はもう使えないんでしょう?」

​「ええ。それだけではありません。魔女、魔術、術式……魔力に関する全ての知識を、あなたは記憶と共に失うことになります。そして、自分が魔女であったという過去すらも、あなたの頭からは消えてしまいます」

​「そんなの、嫌だよ……。でも、私は皆が好き。皆と一緒にいたい。……お願い、私を人間にして」

​カリンの震える、けれど強い意志を確認した私は、彼女の冷えた手を両手で包み込みました。

​「分かりました。では、始めます。私の手に、あなたの全てを預けてください」

​私が古の呪文を唱えると、澱んでいた地下室が、透き通った青白い魔法陣の光で満たされました。彼女の中にあった炎の魔力を、私の水が静かに鎮め、洗い流していく。やがて光が収まると、そこにはただの、少し疲れた様子の少女が眠っていました。

​私は彼女に、重ねて眠りの魔法をかけました。これは、この部屋にある「彼だったもの」を彼女が見る前に、街の人々に片付けてもらうための、そして彼女の心が壊れないための、魔女としての最後の配慮でした。

​汚れ役の書き置き

​私は眠るカリンを優しく抱え上げ、一階のベッドへと運びました。そして、彼女が街の人々に「忌まわしい魔女」としてではなく、「被害者」として受け入れられるよう、一枚の手紙をしたためました。

​【宿に残された書き置き】

「宿の主、そして街の皆へ。

炎の魔女・カリンの魔力は、全て私が奪い尽くしました。彼女の家の結界を壊し、彼女を無力な人間に作り替えたのも私です。彼女はもう何も覚えておらず、魔力もありません。奪った魔力は、私の旅の糧とさせてもらいました。

彼女はただの抜け殻です。責めるなら、全てを奪った私を追いなさい。……もっとも、私を捕まえることができればの話ですが」

​宿代に少しばかりの色をつけ、手紙の横に置きました。

​翌朝、夜明けと共に宿の周りから怒号が響き渡りました。

「出てこい、この悪徳魔女め!」「カリンに何をした! 泥棒猫が!」

​「ふふ、やっぱり、そうなりますよね……」

​私は小さく笑いながら、煙突から箒に跨り、一気に空へと舞い上がりました。

背後からは罵声が浴びせられ、いくつもの石が投げつけられます。中には、昨日私に助けを求めた青年の姿もありました。

​高度を上げ、砂漠の街が小さくなっていく中で、私はカリンの姿を見つけました。

彼女は家の前で、何が起きたのか分からないといった様子で、首を傾げながら街の人々と話しています。その表情には、もうあの地下室で見せたような絶望の色はありませんでした。

​「……良かった。これで、いいんだ」

​私は、大好きだった街の人々と彼女が、これから先、穏やかな日々を送れることを確信しました。頬を伝う一筋の涙は、朝日に照らされてキラリと輝き、砂漠の風にさらわれていきました。

​私の旅は、まだ続きます。

次の国では、どんな魔法と、どんな嘘が必要になるのでしょうか。

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