放課後の帰り道、えとはふと立ち止まった。橙色の髪に雨の雫が残り、無花果色の瞳は少し遠くを見つめている。
「……どうして、こんなに胸がざわつくんだろう。」
背後から、低くて落ち着いた声がした。
「……振り返るなよ。」
ゆあんだった。夕暮れに揺れて、何かを隠しているように見えた。
えとは一瞬、息を飲む。中学生なのに、どこか大人の悲しさを背負っている――そんな雰囲気。
「……何?」と素っ気なく訊くえとに、ゆあんは少し視線を落とす。
「……俺、前の学校で……」ゆあんの言葉は途切れ、肩をすくめた。
「……?」えとは首をかしげる。
何故かゆあんは辛そうな顔をしている。
それだけを聞いて、えとの胸は痛んだ。まだ詳しくは知らない。でも、彼の瞳に微かに漂う孤独が、なぜかえとの心を強く揺さぶった。
「……そっか。」えとは短く返事をしたが、自然とゆあんの隣に歩幅を合わせる。
そのとき、遠くでのあとじゃぱぱが楽しそうに話している声が聞こえる。二人もまた、互いの距離を少しずつ縮めているらしい。
「……あの二人も、なんだかいいな。」えとは小さく呟いた。
ゆあんはその声に気づいたのか、少しだけ横目でえとを見て、薄く微笑む。
「……俺は、ここにいるよ。」
その言葉に、えとの胸の奥で小さな火花が散った。甘く、少し切ない感覚――守りたい、でも守られたい、そんな複雑な気持ちが心を揺らす。
帰り道の細い路地で、ゆあんはふと立ち止まり、えとを見た。
「……今日は、もう帰るのか?」
「……あんたといると、つい長く歩いちゃうのよね。」えとは少し照れながらも、正直な気持ちを口にした。
ゆあんは短く頷き、そして軽く手を差し出す。
「……手、つなぐ?」
えとは一瞬戸惑うが、自然に手を重ねた。その瞬間、心臓が跳ねる。甘く、切なく、でも確かに温かい――初めての感覚だった。
雨上がりの街灯に照らされた二人の影は、互いに寄り添い、静かに揺れていた。
――恋はまだ始まったばかり。でも、ゆあんの過去の影があるからこそ、えとの想いは深く、優しく育まれていく予感があった。
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