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「ココちゃん、可愛すぎるのよ」
今、音有さんは確かにそう言った。心野さんが可愛すぎる? でもそういえば、心野さんがファミレスで言っていたことを思い出す。『理由は言えない』と。もし、それが理由なのだとしたら……。
それにしても信じられない。別に音有さんのことを疑っているわけではない。でも、唐突すぎて。あまりに突飛すぎて。正直なところ、ちょっと混乱している。色々話を訊いて、今の内に頭の中を整理していこう。
「可愛すぎる、ですか? 音有さん、ごめんなさい。良かったらその話、もう少し詳しく教えてもらうことってできますか?」
「うん、良いよ。大丈夫。むしろ但木くんには知っておいてほしいの。ココちゃんの今後のためにも」
心野さんの今後のために、僕が? どういうことだろうか。
と、僕がそんな疑問を抱いていると、それをかき消すかのように音有さんが話し始めた。僕の知らない心野さんの、過去。
「私もココちゃんに初めて出会った時に思ったんだよね。この子、本当に可愛いなって。このまま成長していったらどうなるんだろうってワクワクするくらいに」
「ワクワク……」
「うん、そう。ワクワク。もしくはウキウキかな? それでね、やっぱり予想通りだった。小学生の時も高学年になった頃からあったにはあったけど、中学に進学してから本格的に加速しちゃって。何人もの男子からラブレターをもらったり、チヤホヤされたり、告白されたりするようになったのが。まあ思春期真っ只中だもんね。信じられないでしょ? 今のココちゃんしか知らない但木くんにとっては」
「そうですね、まさかって感じです。いや、そんなの飛び越えてちゃって、とにかくビックリしてます。もしかして、音有さんがさっき言ってた『女の嫉妬』って、やっぱりそれが関係しているんですか?」
「そうそう、その通り。可愛すぎるからクラスで目立ちまくってたし。それが気に入らなかったのか、カースト的に上位だった女子達に目をつけられちゃって。それからなの、ココちゃんがいじめの標的にされちゃったのは」
可愛すぎる。そしてクラスで目立ちまくる。うん、全く想像できない。でも考えたことがなかったな、心野さんがいつも前髪で隠している顔についてなんて。
「つまり、その原因である顔を隠すために前髪を伸ばし始めたと」
「うん、そう。それで合ってる」
「あ、でも心野さんが言ってたんですけど、いじめは卒業するまで続いたって。クラス替えとかあったはずじゃないですか? それなら前髪で顔を隠すようになったら、心野さんが可愛いっていうのを皆んな知らなかったんじゃ?」
「無理よ、それは。ココちゃんが可愛いっていうのは他のクラスの人達も全員知ってたし。同級生だけじゃなくて、下級生も上級生も。いじめられる前はファンクラブまでできてたからなあー」
「ふぁ、ファンクラブ!!?」
う、ウソだろ!? 心野さんのファンクラブ!? え、そこまで可愛いの? 今の心野さんしか知らない僕にはやっぱり無理だ。想像できない。理解が追いつかない。
「そうそう、だからいじめはずっと続いちゃってたの。その時の私、ココちゃんのことが心配で心配で。クラスが変わってからも何度も声をかけてたの。でも全く喋ってくれなくなっちゃった。完全に自分の殻の中に閉じこもって、妄想ばかりするようになって。自分の中で自分の世界を創っちゃったって感じ」
「自分の中で、自分の世界を創る……」
なんとなく分かるけど、やっぱり分からない。自己防衛本当が働いたと考えるのが適切なんだろうか。しかし、ちょっとだけ引っかかる。音有さんが言っていた『自分の世界を創る』という言葉が。その言葉の真の意味が。
「私もね、友野くんが但木くんに期待していたように、ココちゃんも高校生になって環境が変わったら少しは変わってくれると思ってた。また私と楽しくお喋りしてくれると思ってた。でも、無理だったの……」
音有さんは遠い目をしながらまた天井を見上げる。悔やみ。悲しみ。無念。様々な想いの色を纏いながら。心野さんのことを想いながら。
「だから嬉しかったんだ。ううん、嬉しかったのは事実だけど、それ以上にビックリしちゃった。但木くんとお喋りしているのを見て」
言って、音有さんは笑顔を浮かべた。さっきまでの色を全て吹き飛ばすような、そんな笑顔。音有さん、ずっと心野さんのことを心配していたんだ、でも当たり前か。幼馴染って言っていたし。
そして、スッと笑顔を一度消した。それから僕の目を見つめる。その目はとても真剣で、直向で。そして溢れんばかりの希望を滲ませていた。
「但木くん、お願い。ココちゃんの支えになってあげて。私じゃ駄目だった。力不足だった。だけど、但木くんだったら、きっと大丈夫。変えられる。変えてあげられる。元の明るいココちゃんに戻してあげることができる。あれだけ自分の世界に閉じこもっていたココちゃんの心の扉を開くことができたんだもん。それは、但木くんにしかできないことだから」
「僕にしか、できないこと……」
音有さんの心の底からの、願い。その願いを、僕は確かに受け取った。
支えになってあげて? 当たり前じゃないか。今の僕は、心野さんを助けたいと強く思っている。音有さんの話を聞いてから余計に。
最初は僕の女性恐怖症を克服するためだったけれど、僕の悩みなんて、心野さんがずっと耐えてきたことに比べればなんてことはない。過去のことをいつまでも引きずっているわけにはいかない。
絶対に、元の心野さんを取り戻してやる。
「任せてください、音有さん」
たった一言だけだったけれど、僕はその言葉にありったけの気持ちを詰め込んだ。それを感じ取ってくれたのか、音有さんは安心したように笑顔を見せた。最初に感じた、向日葵のような笑顔を。
「ふうー、ちょっと喋りすぎちゃった。ごめんね、疲れてない?」
「あ、それは全然大丈夫です」
「ところで但木くん、気付いてる?」
「え? 何がですか?」
「途中から、私と普通に喋れるようになってること。さてさて、女性恐怖症は一体どこにいっちゃったのかな? 吹き飛んじゃったのかな? それとも私を女性として見られなくなっちゃったとか? だったら怒るぞー」
あ! 本当だ! いや、全然気が付かなかった。確かに僕、今も普通に音有さんと喋ってるじゃないか! 武士みたいな言葉じゃなくなってるじゃないか!
「いやいや、音有さんのことはちゃんと女性として見てますよ! 当たり前じゃないですか、これだけ綺麗で美しい人なんだから」
あ、ヤベッ。つい口を滑らした。
「うふふ、ありがとう。でも私のこと、そんなふうに思ってくれてたんだね。よしよし、それじゃご褒美をあげることにしよう」
「ご、ご褒美?」
「私が但木くんの愛のキューピッドになってあげる。もちろん、相手はココちゃんね。うふふ、なんか楽しみだなあー、二人がお付き合いするようになるのが」
「ええ!!?」
いやいやいやいや、ちょっと待って。僕は別に心野さんとお付き合いしたいとか考えたことないんですけど。確かに、心野さんのことは好きだよ? でもそれは友達としてであって、異性としてではなくて。
それを僕は言葉にしようと思っていた。伝えようと思っていた。でも、なんでだ? 言葉にすることができない。音有さんに伝えることができない。
何かが、心に引っかかっている。
今までの人生の中で初めて覚えた、不思議な感覚だ。
「まあまあ、ここは私、音有さんに任せなさい。これでも聖女様なんだから」
「せ、聖女様?」
「うん、聖女。とは言っても、なんちゃって聖女様だけど。あ、自称ね。それに加えてこれから私は愛のキューピッドにもなっちゃうのか。大変だなあー」
なーんか分かってきた。音有さんが友野と電話番号を交換したり、二人で一緒にファミレスに入ったりしていたのが。
この人、友野にちょっと似てるんだ。波長が合っているんだ。どんなところが似ているのかって? 簡単に言ってしまうと、お節介を焼いてしまうところ。僕が望んでいようがいまいが関係なしって感じ。
あ、でもそうか。ちょうど友野のことも気になってたし。言ってみよう。
「あのー、音有さん? いや、聖女様?」
「うん、どうしたの但木くん?」
「むしろ、聖女様が友野とお付き合いした方がいいのでは? アイツ、めちゃくちゃ女運がないんですよ。でも心根の優しい聖女様と付き合ってくれれば、僕もすごく安心なんですけど」
一気に顔を赤くする聖女様。あれ? まんざらでもない?
「そ、そそそ、そんなこと、で、できるわけないじゃない! わ、私は別に友野くんとお近付きになりたいから電話番号を交換したわけじゃないし、モテモテの友野くんと私なんて不釣り合いだし。と、とにかく! あり得ないの!」
さすが心野さんの幼馴染なだけはある。分かりやすすぎでしょ。
「た、確かに友野くんはカッコいいし性格もいいし面白いし、でも殿方とお付き合いするなんて私には向いてないし。というか、18才になって結婚するなら友野くんがいいなとか思ってないし、どんな家庭を築いていこうとか考えたことないし、子供は何人欲しいとか思ったことないし! 全然思ってないし!」
うわあー、すっごい早口。音有さんがこんなふうになるの、なんだか面白い。
「聖女様、自爆してますよ? 結婚のことなんか一言も言ってないです」
「あ……」
音有さんに異常発生。完全にフリーズ。あ、これは再起動してあげないとたぶん動かないな。って、音有さんってパソコンかな? プログラムかな?
でも、まあいいや。
面白いからこのままにしておこうっと。