◻︎きちんと離婚
実家に戻ってきてから一週間と少しが過ぎた頃、奈緒から電話があった。
『もしもし、愛美?』
「奈緒、どうしたの?」
『どうしたの?じゃないわよ、今、どこにいるの?』
「実家よ、なんかあった?」
『昨日ね、愛美の家に行ったら、ご主人しかいなかったから。愛美は?って訊いたら“今はいません”って、なんかそっけなく帰されちゃってさ、どこにいるっておしえてくれなかったよ』
「ごめんごめん、ちょっとね」
『ね、やっぱり?』
「ん…まぁ。ね、話、聞いてくれる?」
この前の私の様子が気になって、わざわざ家まで行ってくれた奈緒に、相談してみることにした。お母さんや娘達には聞かれたくないから、外で会うことにした。
◇◇◇◇◇
「奈緒!こっち、こっち!」
実家から少し離れた喫茶店で待ち合わせた。
「お待たせ!思ったより元気で安心したよ」
カフェラテ一つ!とオーダーを入れながら、私の向かいに座った。
「うん、わりと元気」
「あの時は、すごく調子悪そうだったもんね。それでこの前家まで行ったんだけど。まさかもう家を出てるとは思わなかったよ」
「あの時、奈緒が言ってくれたじゃん?手放してみたら?って。あの言葉でね、自分の気持ちに気づいたし、それにその後、離婚したいと思う決定的なことがあったんだ」
宿題のために起きて待っていた絵麻に対しても冷たかったことを話した。
「えー、それ、父親としてどうなの?」
「ホンっトに最低な男でしょ?」
「うん、でもまぁ、うちもそんな感じだったからねぇ」
腕組みをして、何かを考えているらしい奈緒。自分の離婚の時のことを思い出しているのだろうか?
「私は感情的になってしまってさ、あとですごく後悔したんだよね。だから、愛美にはきちんと離婚して欲しい」
「きちんと?」
「そう、きちんと。いっときの感情で流されず、やるべきことをしっかりやって、取れるものはきちんととる!」
「なるほどね」
___さすが、経験者の言うことには、重みがあるな
それから私は、夫には桃子という不倫相手がいることと、私は不倫については知らないふりをしているということを話した。あろうことか夫は娘に対しても、もう養育費の話をして離婚をチラつかせているらしいということも。そしてあの靴下の話。
「そうか、それは腹立たしいな。その桃子って女は、愛美に対して宣戦布告してるつもりとしか思えないんだけど」
「でしょ?靴下のワンポイントの刺繍ってさ、多分、和樹は気づいてないんだよ。妻ならおそらく気づくだろうと仕込んだとしか思えないんだよね」
「そんなことしたら和樹さんに“離婚話の妨げになる”とか怒られるから、きっと内緒で靴下を履かせたのよ。両方Mじゃないところがまた、腹が立つ!そのこと、和樹さんには?」
「話してないよ、黙ってその靴下は捨ててやった」
私は大袈裟に、ゴミをゴミ箱に放り投げるゼスチャーをして見せた。
「あはは、それ正解だよ。桃子にしてみれば自分の存在をアピールしたいのに、まったく無視されてると知ったら、キーッ!となるだろうね」
「うん、私もそう思う。とりあえず、桃子の存在は無視しておく」
「そうそう!アピールしたいのにそれができないのは、相当イラつくと思うよ、そんな女にとっては」
「だよね?」
うんうんと、私の気持ちをわかってくれる奈緒。話してよかった。
「ご主人がやり直す気もないのなら、もういらないね。わかった、愛美の気持ちが晴れるように、その桃子って女も一緒に成敗してやろう!協力するよ」
「ありがと」
親友で離婚経験者の奈緒が協力してくれることになって、力強いと思った。
___これで、“きちんと”離婚できる
そう思った。
それから、このあとどうするかを話し合った。犯罪者にならず、けれど徹底的に懲らしめたい、そんな方法を奈緒と二人であれこれ考えていく。
あんなに、他の女に取られたくないと必死だったのに、それがただの思い込みだったと気づいた時から180度感覚が変化した。そしてピン、ときたことがあった。
「これが、俗に言うアレかな?」
「ん?なんのこと?」
「可愛さ余って憎さ百倍ってやつ?」
「よくわからないけど……その桃子って女だけは、憎さのみ、百倍だね」
「……だね」
会ったこともない夫の不倫相手を、勝手に想像してみる。
「どんな女なんだろ?桃子ってさ」
「知らないほうがいいよ、まだ」
ギリギリまで顔なんか知らない方が冷静でいられるからと、奈緒は言う。
いざ対峙したときに
“感情的になって取り乱さないために、相手の顔なんて知る必要はない”
らしい。
「たとえばさぁ、何かのキッカケで顔を知ってしまうとね、色々想像してしまうわけよ。今頃二人であーんなことやこーんなことしてるのか?ってね」
「それはあるかもね」
「私なんかさ、興信所頼んじゃったからバッチリホテルの部屋に出入りする写真もあったわけ。それはドンピシャ!な不倫の証拠だけど入る時と出てくる時の二人の顔がね、隠し撮りなのにバッチリ写ってるわけよ。出てくる時なんかね、旦那なんてスッキリした顔しちゃってさ。女は妙にしなだれかかって気持ち悪いったら。だからね、顔はギリギリまで知らない方がいい、精神的にね」
なるほど、と思う。たしかに顔なんか知ってしまったら、想像だけで精神的にまいってしまいそうだ。
「だから、桃子の存在はまだスルーしとこ」
「わかった」
今わかっていることは、桃子という名前と、若いだろうということだけだ。
交遊範囲が狭い夫のことだから、きっと身近にいるだろう。ならばそのうち、どこの誰かわかるはず。今は奈緒が言う通り、無視をしておくことにした。
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