塔の奥に進むにつれて、甘い匂いが薄れていった。
代わりに、味も匂いもない“空白”みたいな空気が広がっていく。
「なんか……ここだけ“お菓子の国”じゃないみたい」
「そう。もともとこの場所は“甘くない”んだよ」
「えっ?」
お菓子の国なのに、甘くない?
「どういうこと?」
ミルは少しだけ歩く速度をゆるめた。
「甘味の塔はね、“この世界の中心”だけど……
本当は、もっと別の役割があったの」
「別の……?」
「甘いものばかりじゃ、世界は壊れちゃう。
だから、この場所は甘さを“調整する”ための
場所なの」
「調整……?」
「うん。ここが甘さと苦さのバランスをとってる。
でも今は、甘さが暴走して……そのせいで全部が壊れ始めてる」
理解は追いつかないけど、なんとなく“まずい状況”なのはわかった。
でももっと気になることがある。
「ミル……どうしてそんなこと、全部知ってるの?」
ミルは足を止めた。
沈黙が塔の中に広がる。
「だって……」
振り返ったミルの目に、甘い光が宿った。
「私はこの世界の“主”だったから」
「——え?」
言葉が喉にひっかかった。
「ミルが……? この国の主……?」
「うん。
正確には、“元”だけどね」
元。
つまり、いなくなった主とは……
「ミル……あなたがこの世界を作ったの?」
「全部じゃないよ。でも、この世界が甘さを失わないように、守る役目はしてた」
ミルの声は震えていなかった。
まるで当たり前のことを話しているみたいに。
「でも、ある日突然……私の力が消えたの。
体も透けて、世界に触れなくなって……」
「……だから、“元”って言ったんだ」
「うん。本当はもう、主として残れないはずだった。
なのに——」
ミルは私の方を見る。
「のあちゃんが来てくれたから、少しだけ存在を取り戻せたの」
「どうして私が来たことで……?」
「それは……のあちゃんの“心”が、この国にとって特別だったから」
「心……?」
「のあちゃんの中には、“甘さ”と“苦さ”が混ざってる。
どっちかだけじゃない。
そのバランスが、この世界とすごく似てるの」
「……だから、呼ばれた?」
「うん。“鍵”を見つけられるのは、のあちゃんしかいない」
胸がドクンと鳴った。
緊張でも恐怖でもなく、何かもっと強い感情。
「でも、鍵を見つけたら……ミルはどうなるの?」
ミルは少しだけ微笑んだ。
「それも、ちゃんと話すよ。
でもまずは――」
ミルの視線が奥へ向く。
「“鍵”に会わなきゃ」
「鍵に……会う?」
会う?
“拾う”とか“探す”じゃなくて?
「鍵って……人?」
その問いに、ミルは何も言わなかった。
ただ静かに、頷いた。






