テラーノベル
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塔の奥へ進むにつれて、空気はどんどん重くなっていった。甘さも苦さもなく、色も匂いもない、ただの“空白”みたいな空間。
足音だけがコツ、コツ、と響く。
「ミル、ここ……さっきまでより冷たくない?」
「うん。この先は、“甘さ”を持ったものが入ると凍っちゃう場所なんだ」
「えっ……甘さを持ったものって、この国全部じゃん!?」
「だから、本来は主しか通れないの。
でも——」
ミルは私の手を握った。
「のあちゃんの“心”があれば、通れる」
「どうして……?」
「甘いだけじゃなくて、苦いだけでもないから。
のあちゃんの心は、“ここ”の温度にぴったりなの」
ミルの言葉はやさしいのに、聞いた瞬間胸の奥がちくっと痛んだ。
(私……そんなに混ざってるのかな)
仕事のこと。
友だちのこと。
家のこと。
確かに、甘い気持ちも苦い気持ちも、いつもぐちゃぐちゃだ。
でも、それが“鍵を探す資格”って言われても。
「……大丈夫だよ、ミル。行こう」
私は手を握り返した。
ミルは少し驚いた顔をして、それからゆっくり笑った。
空白の廊下を抜けた先に、ぽつんと光る扉があった。
白くて、まるで雪の結晶を溶かしたみたいな光。
「ここだよ、のあちゃん。“鍵”のいる場所」
「鍵……がいる、って変な感じだよね」
「うん。でも、のあちゃんが思ってるより“鍵”は……すごい存在なんだ」
ミルは扉に触れ、静かに押し開けた。
中は真っ白な部屋だった。
床も壁も天井も、すべて白。
でも中央にだけ、ひとつだけ色があった。
透明なカプセルの中で——
小さな男の子が眠っていた。
「えっ……あの子が、鍵……?」
ミルは静かに頷いた。
「名前はリン。
……この世界の“もうひとりの主”だよ」
「主……!?」
驚いて言葉が出なかった。
「リンはね、生まれつきすごく特別だった。
甘さを生み出す力と、抑える力、両方を持ってたの」
「じゃあ……どうして眠ってるの?」
ミルの表情が曇る。
「……力を奪われたから。
この国を壊してる“あの存在”に」
「“あの存在”って……敵?」
「うん。でも“敵”って言い方は、本当は違うの……」
ミルはリンにそっと手を伸ばし、カプセルに触れた。
「リンは優しすぎたんだよ。
誰かが悲しいと、すぐ甘さをあげちゃう。
怖い気持ちを見ると、苦さを吸い取っちゃう」
「優しすぎて……?」
「そう。
そして、その“吸い取った苦さ”が、形になってしまったの」
「形に……?」
ぞくっとした。
甘くない、苦いだけの存在——。
「それが、この世界を食い荒らしてる“苦塊(くかい)”」
「苦……塊……」
「甘味の国なのに、甘さの反対だけでできた存在。
リンの心の奥から生まれた“影”みたいなもの」
ミルはぎゅっと胸に手を当てた。
「本当は、私が止めなきゃいけなかった。でも……できなかった」
「ミルは主だったんだよね?
止められなかったって……どうして?」
ミルは少し目を伏せたあと、ゆっくり言った。
「私の甘さでは、リンの苦さを受け止められなかったから。
だから……私の力は壊れちゃったの」
私は息をのんだ。
(ミルはリンを守れなかったから、自分の存在まで薄くなった……?)
「じゃあ、“鍵”っていうのは……」
「リンを目覚めさせること。
でもただ起こすだけじゃだめ。
リンが自分の中の“苦さ”をちゃんと受け入れないと……苦塊は止まらない」
ミルは私の手を握り返した。
「のあちゃん……お願い。リンを起こしてあげて」
「え……私が?」
「リンはね、人の“心の温度”にすごく影響されるの。
のあちゃんの心は、甘さと苦さのバランスがちょうどいい。
だから……のあちゃんの声なら届くはず」
そんな大役、できるのか自信はない。
怖いし、どう声をかけたらいいかもわからない。
でも。
眠る男の子の顔は、すごくさみしそうだった。
甘さも、苦さも、全部一人で抱えて疲れた子の顔だった。
「……起こすよ。
私で良いなら、やってみる」
ミルが少し涙を浮かべて笑った。
「ありがとう、のあちゃん」
コメント
1件
わー!新キャラ?!リンも自分の意思でやってたとしてもわざとじゃないんだもんね…悪い人はある意味いないってことかな??今回も楽しいお話ありがとうございました!続き楽しみにしてます!