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「俺、あのMISAって女、大嫌いだ。……隣にいた莉音って男も」
ナギが吐き捨てるように低く呟いた。その視線の先では、ようやく落ち着きを取り戻した弓弦の頭を、美月が泣き笑いの顔でわしゃわしゃとかき回している。
「ゆづの気持ちは十分伝わったよ。……でも、黙ってたことだけは絶対に許さないんだからね!」
姉弟の和解を横目に、東海は「美月は甘すぎる」と露骨な不満顔で眉間の皺を深くした。
「はるみん、心配してくれてありがとね。『どんな理由があったって、俺の相方はお前しかいない』って言ってくれたの、すごく嬉しかった」
「なっ……ばっ……べ、別に……俺は……っ!」
美月のストレートな感謝に、東海は耳まで真っ赤にして言葉を濁す。
その微笑ましい光景に頬が緩みかけたが、蓮はすぐに唇を噛み、拳を固く握り直した。
「僕も同感だ。……あの二人だけは、絶対に許せない」
「うん」
ナギが静かに、けれど強く頷く。
「何か、調子に乗ってるあいつらをぎゃふんと言わせる方法、ないかな」
「ゴシップネタでも提供する?」
「……そうだな、って、は?」
背後から飛んできた物騒な提案に、蓮は思わず振り返った。そこにいたのは、心外そうに眉をひそめた雪之丞だ。
「なに? ボク、おかしなこと言ったかな」
「い、いや……雪之丞の口からそんな過激な言葉が出るとは思わなくて」
「そうかな? ボクだってムカつくことくらいあるよ」
意外すぎる雪之丞の直球に、場が一瞬ざわつく。
「でもさ、ゆきりん。あの二人のゴシップ写真なんて持ってるの?」
「ぅっ、そ、それは……持ってない……けど……」
「じゃあダメじゃん」
ナギにきっぱりと返され、雪之丞はしゅんと肩を落とした。
確かに、あの二人のスキャンダルを掴むのは容易ではない。とはいえ業界内での評判の悪さは周知の事実。 スタッフに無理難題を押し付けて来たとか、子役に酷い対応をしているという話は蓮の耳にも届いている。
風のうわさ程度で証拠があるわけではないが、さっきの二人の態度を見れば、容易に想像がつく。
「……僕は雪之丞の意見に賛成かな。叩けば埃が出てきそうだしね、あの二人」
ドラゴンライダーは今、飛ぶ鳥を落とす勢いで数字を伸ばしている。獅子レンジャーにとっては完全に“目の上のたんこぶ”だ。メンバーを愚弄された上に数字まで負けるのは、やはり面白くない。
「バカね、あんたたち!」
美月が蓮の言葉を遮り、不敵に笑った。
「そんなのでもぎ取った“勝ち”なんて、本当に嬉しい? 私たちはここまで地道に積み上げてきたでしょ。だったら運頼みの小細工じゃなく、アクションとストーリーで正面から勝ちに行かなきゃ。さっきも言ったけど、うちの動画の評判はすっごく良いのよ。何も心配いらないわ。アタシなら大丈夫。あんな高飛車女に負けたりしないんだから!」
ぐっと拳を握りしめる彼女の熱を切り裂くように、低く冷徹な声が重なった。
「――何をもって『勝ち』とするか、だな」
振り返ると、凛が眉間に深い皺を刻んで立っていた。
「兄さん、いつからそこに……」
「お前らがあまりにも遅いから、様子を見に来たんだ」
「……“何をもって”って、御堂さん、どういう意味?」
美月が不服そうに眉をひそめる。その声は微かに震えていたが、彼女はそれを強気な態度で覆い隠そうとしていた。
「別に、視聴率さえ良ければそれで――」
「本当にそうか?」
凛の視線が美月を射抜いた。核心を突く刃のように、冷ややかで鋭い。
「草薙さんは、あの女から謝罪が欲しくないのか?」
「そ、それは……だって……」
美月は唇を噛み、俯いた。肩先が小さく震えている。
「分かってるもの。女としての魅力も、演技力も、経験値も……ムカつくけど、アタシには何ひとつあの女に勝てる部分がないって」
「姉さ――」
「ゆづは黙ってて!」
美月は必死に首を振る。その瞳には光が滲み、涙が今にもこぼれそうだった。
「だって事実でしょ? 私は所詮ゆづのバーターだった。それを突きつけられて、どうしようもなく悲しいけど……」
小さく息を吸い込み、彼女はそれでも言葉を絞り出す。
「たとえ謝ってもらっても、事実は変わらない。だったら――がむしゃらに頑張るしかないでしょ」
悔しさを飲み込み、現状を丸ごと受け止める美月の強さに、蓮は胸の内で嘆息した。彼女の瞳の奥で燃える光は、涙に濡れてなお輝きを増している。
「ま、美月らしいっちゃ、らしいよな」
東海が腕を組み、不敵に笑った。
「俺も賛成。相手が誰だろうと正面からぶつかる――それが一番カッコいい。あのオバサン、マジで美月を舐めすぎだろ」
「はるみんは、美月が何を言っても賛成しそうだけどね」
「はぁっ!? んなわけねーだろ! バカじゃねぇの!?」
ナギのからかいに、東海は耳まで真っ赤にして噛みつく。その様子に、張り詰めていた空気がようやく緩み、場に笑いが戻った。
――それでも、兄はなぜあえて“勝ちの定義”を問うたのか。 鋭い眼差しの裏で何を巡らせているのか、蓮には読みきれない。 ワイワイと調子を取り戻した面々を横目に、蓮は凛のそばへ歩み寄り、そっとその袖を引いた。
「兄さん……」
「なんだ?」
「なんであんな事、言ったんだい?」
凛はほんの一瞬だけ蓮に視線を寄越すと、すぐに騒ぎ立てるメンバーたちへと目を戻した。
「……ウチのキャストにイチャモンを付けてきたんだ。彼女が望むなら、相応の制裁を、と思っただけだ」
「制裁って……」
耳慣れない不穏な言葉に、蓮は思わず喉を鳴らす。
(この人はまた、とんでもないことを考えているんじゃないか?)
身内には驚くほど手厚い一方で、敵対する相手には一切の容赦をしない。そんな兄の冷徹な一面が、不安として胸をよぎる。
「兄さん、もしかして何かする気じゃ……」
「するわけがないだろう。草薙さんがそれを望んでいない。……だが、お前に危害が及んだり、他のキャストにこれ以上の嫌がらせを仕掛けてくるようであれば、一切の容赦はしない」
淡々とした、けれど冗談では済まされない重みを孕んだ声音。
「やっと軌道に乗り始めたんだ。公式動画の評判も上々で、特に彼女の立ち回りは好評だ。銀次とのコラボや、弁当対決でのギャップも再生数を伸ばしている。草薙さんには伸びしろがある。だからこそ腐らせるわけにはいかないと思っていたんだが……芯も強いし、負けん気も強い。あの程度の誹謗中傷で折れるタマじゃないな。――面白い子だ」
兄が他のキャストをここまで饒舌に評価するのは、極めて珍しい。蓮は驚きながら、その横顔を見つめた。
「蓮。しばらくは気を付けておけ。お前は最近、特に浮かれているからな。その容姿だ、いつ目を付けられてもおかしくない」
「またそれ? もう耳にタコができたよ」
「タコができるほど忠告しても聞き流すお前が悪いんじゃないか?」
「……わ、わかったよ」
「分かればいい。さぁ、移動して午後からの撮影を始めるぞ」
凛は踵を返し、背筋を伸ばしたまま迷いなく歩き出した。 残された蓮は、苦笑して肩をすくめる。
「はぁ……、本当、兄さんは心配性なんだから」
小さく溜息をつき、蓮はチラリとナギの様子を窺うと、すぐに兄の背中を追って小走りに駆け出した。