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「桃太郎のアホーッ!」
「オォーーーーーッ!」
アタシの叫びに答えるように、連夜のごとく響く奇声があがった。
近所の不審者が何か言っているのだろうか。
いやいや、夜更けにアパートの庭でこんな大声出したらアカンやん、アタシ。
ご近所迷惑ってものを考えなアカン。
ともかくこの興奮を鎮めないと……。
いや、フツフツと湧き上がるこの怒りのパワー。
沈めるには勿体ないエネルギーやいう思いも。
何かに利用できるかも。しかし何に?
町に走り出て踊りまくるくらいしかすることないで?
アカンアカン。もう二度と警察沙汰はゴメンやわ。
部屋を飛び出し1人でアパートの庭にうずくまって、アタシはグルグルといろいろなことを考えていた。
我に返って思う。
別に本気になって桃太郎に出て行けって言ったワケ違う。
「でも、だからってアタシが出て行くことないやん!」
1人ツッコミが悲しくなる。
すっかり家出グセが身に染み付いてるみたいで、我ながら嫌になる。
でも、今さら奴のいる家には戻れんしなぁ。
行く当てもなくアタシはオールド・ストーリーJ館の建物脇をトボトボ歩いていた。
庭とも言えない空間には、お姉の部屋の物干し台が置かれている。
手入れが行き届いている筈もなく、雑草がチョロチョロと生えていた。
そんな庭を奥の方へと向かう。
アタシの部屋(今はもう桃太郎の部屋か)と反対側──4号室のあたりまで来ると、景色は一変した。
目の前には竹やぶ。
サワサワと風に葉が揺れる。
このマイナスイオン……ああ、心が癒されるようだ。
狭い敷地だけど、裏の方に来たのはこれが初めてだった。
空には満月──鏡のように澄んでいてきれいな光だ。
急に自分がちっぽけな存在になったような気がした。
今までモヤモヤ渦巻いていた色んな嫌なことが、心から散っていくようだ。
アタシが和んでいたところに、突如ガサガサ──竹やぶがさざめいた。
「な、何?」
周囲も暗いので、さすがに恐怖が先立つ。
「誰かいるんか?」
まるで返事をするように竹林が、割れた。
ガチャガチャ金属音を鳴らして一人の人物が飛び出してくる。
「ヒィーッ!」
アタシが叫んだのは、その人物のパッと見の異様さに肝を冷やしたから、という訳ではない。
「ちょ、超絶美青年や……」
思わず口元を押さえたのは、鼻血噴くんじゃないかと思ったくらい相手に見とれたから。
月光の下、白い肌に黒髪がよく似合う……見たことないくらいの美しい男が、そこには居た。
「アノ……アノ……アンタ、いや、アナタは?」
ボーッとする一瞬の間に、アタシは違和感に気付く。
せっかくの美貌なのに、彼はKILLって書かれたボロTシャツと、真っ赤な短パンを身に付けていたのだ。
さらに、足は裸足。
それだけで何とも言えん、残念なかんじや。
しかも手首足首には太いアンクルが、傍目にもズッシリ重量感たっぷりに巻き付けられている。
ガシャガシャいってた金属音の正体はコレか。
「テロだーッ!」
男は叫んだ──月に向かって。
「テロだ。テロだーッ!」
「うわ……」
アタシは一歩、身を引く。
顔が強張るのが自分でも分かった。
その時、はっと気付く。
この声──夜中になると聞こえてきた奇声や。
この人の叫び声だったんや。
ゴゴゴゴ……。
地鳴りのような音も響く。
「な、何や何や?」
超攻撃型宇宙人の襲来か?
「アンタ、誰……いや、何なん?」
日本語(というか人間の言語)が果たして通じるのか疑問を抱きながらも、声をかけてみる。
男は初めてアタシに気付いたかのようにギロリとこちらを睨んだ。
「ア、アタシは怪しい者違う。多部リカっていって、ここのアパートの住人で……」
声が上ずった。
Tシャツの「KILL」の文字が何とも恐ろしい。
「ワシは戦場のカリスマだ!」
唐突に、男は言い切った。
「うわぁ……」
うわぁ、ソレって間違いなく「自称・戦場のカリスマ」やん。
悲しい自称やわ。
ここ、ただのボロアパートの庭やもん。
戦場違うもん。平和な日本やもん。
それに、ワシって、ワシってアンタ……どう見ても20歳そこそこなのに、よりによってその一人称か。
「な、何してんの?」
「ゲリラ戦の訓練だ」
想定していた答えが返ってきた。
「ここはスイスアーミーの武装村だ。そしてワシは戦場のカリスマだッ!」
「………………」
混乱を来しかけた頭を、アタシは必死で整理する。
この人、戦場のカリスマって2回も自称したで。
ゲリラ戦? スイスアーミー?
「アブナイッ!」
KILLTシャツが眼前に迫り、アタシは竹やぶに突き飛ばされた。
尻餅ついた痛みを感じる余裕もなく、目の前の光景に視線が釘付け。
「好きにはさせん! 地球を好きにはさせんぞ!」
視線の先にあるのは──月だ。
この人、月に向かって叫んではる?
「目を覚ませ!」
突然怒鳴られ、肩を揺さぶられた。
「あれは軍事衛星だ。月じゃない! 地球の様子をつぶさに偵察する軍事衛星なのだ!」
「あ、ハイ……」
頷きながら、アタシは確信した。
この人、ただの電波サン違う。
イカレっぷり半端ない。いわゆるホンモノってやつや。
「そ、その手足のアンクルは?」
見るからに重そう。
歩行困難な程の重量のそれを、ヤツは軽く振ってみせた。
「月から強烈な敵が、遂に波状攻撃を掛けてきた時に外すつもりだ」
強烈な敵って?
ソレってアンタの敵なん?
それとも人類の敵なん?
「あと、お風呂に入る時だ!」
「?」
……意味分からへん、この人。
桃太郎のいる2ー1には帰れないので、結局アタシはお姉の部屋に泊まらせてもらった。
夜中にアタシが転がり込んだ時、お姉はすでにグーグー寝てた。
新婚家庭に申し訳ない、そう言うとうらしまはキョトンとする。
よう分からん夫婦やわ。
ボーッとしたまま眠りに落ち、目を覚ましたのは翌日の昼前。
お姉はとっくに起きていてワンちゃんと一緒におやつ食べてるし、うらしまは会社に出かけた後だった。
「……アタシ、ヘンな夢みた」
ボンヤリした記憶を手繰り寄せる。
たしか月光の下、竹やぶでヘンな美青年と遭遇して……。
「夢、違うって!」
アタシは叫んで、飛び起きた。
「お姉ッ! うらの竹やぶに不審な人が……!」
お姉は食べてたお菓子を慌てて飲み込みむせている。
この人の焦った姿を見るのは初めてだ。
アタシは夕べの出来事をできるだけ詳しく、2人に語った。
「ううううらの竹やぶにそんな人が? ちっともししし知りませんでした」
ワンちゃんが怯える。
「メッチャ格好いいねん! でも言ってること全然分からんの。頭がちょっと残念なかんじでな、そこがスゴイ勿体ないねん。勿体なさすぎるねん…って、お姉、聞いてんの?」
お姉は窓から竹やぶの方向を見てボーッとしている。
何となく様子がおかしい。
「……あの方はいいのよ」
小さな声で呟く。
「あ、あの方? 知ってたん? あの人、ここの住人? 庭に住んでんの? そういや小さい小屋みたいなん建ってたけど。お姉? 顔赤いで?」
アラ、と言ってお姉は両手をホッペに当てた。
「あの方はかぐや様っていうの。とある星の高級家具店の御曹司なのよ。民の暮らしを知る為、お忍びで地球にいらして……」
ちょっ、ちょっと待って。
アタシはお姉を押しとどめた。
「か、かぐや様って……。お姉ともあろう人が……目ぇ覚ましや! あの人、ちょっと脳味噌湧いてんで! 本物やで! ホンモノやで!?」
かぐや様って……そもそもお姉は相手が誰でも呼び捨て。
敬称付けてたのはお父さんとお母さんくらいのもんや。
あとは友だちでも先輩でも先生でも近所の人でも、容赦なく呼び捨て。
なんでそれが違和感なくまかり通ってたんかは謎で仕方ない。
「どこの御曹司やて? かぐや様っていったってあの人の家、手作り感満載の掘っ立て小屋やん?」
お姉は「アラ!」と悲鳴をあげた。
「小屋じゃないわ! あなたも見たでしょ。あの家、ちゃんと自らの手で1ヶ月もかけて造られたのよ」
「造ったって……竹でできた小屋やん! しかもアレ造るのに1ヶ月かけてたら、意外と不器用やで。かぐや様! そんなんじゃゲリラ戦は戦えへんで! ……ってお姉、まさか1ヶ月もその様子を見守ってたん? 気持ち悪いで!」
お姉、珍しく「グッ」と唸る。
「あなた、今日はツッコミが冴えてるわ。どこから反論していいか、一瞬分からなかったもの」
「ア、アリガトウ……」
一応礼を言ったもののアタシ、すごく複雑な気分や。
また、一騒動起きるような気がする。
「17.不毛な主義~決してパンツをはかない主義の男」につづく