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「エミリアさん……、『世界の記憶』っていうのは……何ですか?」
突然全員に聞こえた、その不思議な声。
そして告げられた、神器の誕生と私の称号――
「……あ、わたしも詳しいわけではないのですが……。
えっと……まず『世界の記憶』っていうのは、世界で起こったすべてのことが記憶される概念だと……、聞いたことがあります」
「世界で起こった……すべての……?」
「はい。大雑把に言ってしまえば、この世界自体が作成する歴史書というか……?
例えばこの世界を生き物とするなら、その生き物が持っている記憶……というか」
……自動セーブ機能みたいな?
いや、それは違うか……。どちらかと言えば、世界全体の行動ログみたいな感じだろうか。
「エミリアさんは、それをどこで知ったんですか?」
「昔の伝説を調べていると、ごく稀に出てくるんです。
……ただ、具体的なことまでは触れられていなくて、名前や抽象的なことだけが残っているような感じでして……。
でもまさか、こんなにはっきりとした声が聞こえるだなんて……、まったく思っても……?」
エミリアさんはそう言いながら、身体を小刻みに震わせていた。
『竜王』という存在に続いて、『世界の記憶』という超越的な存在――
そんなものが間を空けずに現れてしまっては、無条件に恐ろしくなってしまうのも無理はない。
……私はいまいち実感が湧かないから、まだ落ち着いていられる気はするけど……。
「私もレアスキルを覚えるとき、何となく声が聞こえてきたことはありましたけど……。
光竜王様の『神竜の卵』っていうレアスキルは、二人ももらったんですよね? そのとき、声って聞こえました?」
「私は聞こえました。
……突然のことだったので、驚いてしまいましたが……」
「わたしも……聞こえました。
でもアイナさん、あれは覚えた本人だけにしか聞こえないんですよね……?」
その言葉、エミリアさんの言葉に私は耳を疑った。
「……え? 『世界の記憶』の……さっきの声は、違うんですか?」
「はい…。あの声は『世界の声』と呼ばれるものなのですが……、全員に聞こえると伝えられています……」
「全員? ……何の全員?」
「…………この世界に生きる、全員です……」
「――は?」
「この世界で起こったことの記憶……それが『世界の記憶』。
その中でも最も重要なことは、『世界の声』として……その世界に生きる者に告知がされるそうです。
……『神の啓示』や『神託』などとも呼ばれることがありますが、ここまでのものがまさか……」
「神器が作られるのって、そんなに重要なことなんですか?
でも、そうしたら他の神器だって――」
……作ったときに、『世界の声』が聞こえたはず。
――そこまで考えたとき、私の記憶の中で引っ掛かるものを見つけた。
それは以前、錬金術師ギルドの図書館で見つけた、『神器作成』という本の一節。
神器作成に関連する伝説として、確か――
『神の刃が誕生したとき、生きとし生けるものが祝福を与えた』
――そんな記述があった気がする。
そのときは何も思わなかったけど、エミリアさんの話と照らし合わせると……、これが『世界の声』だと捉えることも出来る。
……つまり『神器を作る』ということは、昔から|大事《おおごと》だった……ということなのだ。
「ははは……。世界の人、全員に……ですか……?
……それは、参っちゃうなぁ……」
神器を作成することは、今までは信頼できる人にしか話してこなかった。
しかし『世界の声』によって、今では誰もが知ることになってしまった……?
それならば、これからはその神器を狙われることもあるだろう。
しがらみもたくさん生まれてしまうだろう。
周囲の目だって、ずっとずっと変わっていくだろう。
……そんなことを考えると、私は強い|目眩《めまい》を感じてしまった。
「アイナ様、大丈夫ですか!?」
「……ああ、うん……。
光竜王様が言っていた『試練』っていうのは……これ、なのかな……?」
私の言葉に、二人は何も返す言葉を持たなかった。
大きな力を手に入れた代償。それはあまりにも大きい、ということだろうか。
「――大きな力……。
そういえばその神器……神剣アゼルラディアって、どれくらい強いのかな……?」
「はい……、かなりの力を感じます。
具体的には分かりませんが、本格的に使う前に、少し慣らしておきたいところです」
「……あ、それならアイナさん。色々と区切りも良いですし、明日……いえ、明後日あたりに、何か依頼を受けてみませんか?
ルークさんの腕と神器が組み合わされば、それこそ無敵でしょうし……」
「そうですね……。ひとまず、そうしましょうか」
私が力無く言うと、二人とも同じように頷いた。
今日はもう疲れた……。明日はしっかり休んで、明後日から動くことにしよう……。
「それではアイナ様、そろそろ戻ることにいたしましょう。
この部屋の力も弱まってきたようですし……」
ルークが周囲の様子を窺いながら、静かに言った。
この部屋を埋め尽くしていた暗闇はいつの間にか薄らいでいて、どこからともなく明るい光が射し込んできている。
改めて部屋の中を眺めると、かなり広くはあるものの、広いだけの部屋にも見えてきてしまう。
「――光竜王様に会う前はかなり広く感じたけど……何かの術で、そうしていたのかな……?」
まるで手品の種明かしをされたかのように、何となく気が抜けてしまう。
「そうかもしれませんね。光竜王様の力は凄いものでしたし……」
「……それでは、ひとまず戻りましょう。
アイナ様もエミリアさんもお疲れですし、まずはゆっくり休まなければ」
「えーっと……。戻るには隣の部屋で、光竜王様から頂いた光の球を使えば良いんでしたっけ?」
「はい、そういう話でした。……それじゃ、戻りましょうか。
……あ、その前に――」
私はアイテムボックスから光の球を取り出して、改めて光竜王様の亡骸の方を向いてから――そして深くお辞儀をした。
ルークとエミリアさんもそれに倣って、しばらくの時間をそうしたあと……私たちはゆっくりと、隣の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ッ!?」
隣の部屋への出口のところで、私たちは思い掛けない人物に遭遇した。
それは――
「アイナ様、お下がりください!」
ルークが慌てて、私とその人物の間に割って入る。
「……やはり、ここにいたか……。
魔法陣の起動を邪魔していたのも、お前たちか……!」
忌々しいように言葉を紡ぐのは――ヴェルダクレス王国の国王、ハインライン17世だった。
鬼のような形相を見せる彼の後ろには、30人もの近衛騎士たちが続いている。
「こ、国王陛下……っ!!」
とっさに私は後ずさりをしてしまう。
王様からすれば、私たちがここにいること自体、歓迎できることではまったく無いのだ。
彼の視線は私に強く向けられ、そして私たちの後ろに移っていき――
「…………ぬ、ぬぁ!!? あ、あああっ!!?
光竜王……!! おおおっ、おおぉお……っ!!!?」
王様は狂ったような声を上げながら、その場に崩れ落ちた。
しかし彼の視線は、光竜王様の亡骸に釘付けになったままだ。
何人かの近衛騎士は王様に駆け寄り、気を確かに持つように言っている中で――
「……ひふっ……。
我が王家が……これまで守り続けてきた……。この国の……加護……が……。
殺し……た、のか……? 竜王……殺し……を……?
な、何という……こと……を……。何ということを……して……くれた……ッ!!」
王様はゆっくりとこちらを向きながら、凄まじい形相のまま、私たちを睨み付ける。
「この若造の……剣が……? 新たな、神器……だと……?
こ、こんなもののために……我が光竜王を……!?
私の……私の代、で……!!?」
気が付けば、その場にいる近衛騎士たちが全員、いつの間にか私たちを取り囲んでいた。
転送のための魔法陣は隣の部屋だ。私たちが帰るためには、そこをどいてもらわないといけない。
何とも不穏な空気が漂っている中、唯一の安心材料は『白金の儀式』のときに王様に付けた条件だ。
王様は私たちに手出しをすることが出来ない。手出しをすれば、王様自身に致死の傷が与えられてしまうのだから。
従って、ここは王様には申し訳ないけど――
「――親愛なる近衛騎士たちよ。
これより我が命令を伝える……。何よりも優先し、必ず遂行せよ……」
「……御意に」
王様の震える声に、一番近くの騎士が答えた。
そして次の瞬間――
「――アイナ、ルーク、エミリアの三名を処刑せよ!!
必ず殺せッ!! 我がヴェルダクレスに仇成す者に死を――」
グシャァ……!!
――言葉の途中で。
王様は身体中から血飛沫を放ち……そして、自身の血の海に沈んでいった。