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GW明け 5月 放課後 グラウンドタクがローラーを押している横で、翼はベンチに腰を下ろして水筒を渡していた。
二人の間に、穏やかな沈黙が流れている。
そこへ、大きな足音が近づいてきた。
「よっ、タク! 翼!」
アキだった。
189cmのガチムチ体が、ユニフォーム姿でドカドカとやってくる。
いつものように大声で、でも今日は少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
「なあ、タク。ちょっと聞いていいか?」
タクはローラーを止めて、アキを見た。
「なんだ?」
アキは翼をチラッと見てから、悪気なく明るく言った。
「翼ってさ、ピッチャーだったんだろ?
しかもサブマリンなんだって?
すげえ興味あんだよな〜。
一度でいいから受けてみてえ!」
その瞬間、空気が変わった。
翼の指が、水筒を握る手に力が入った。
タクは一瞬、目を細めた。
「……アキ」
タクの声は低くて、静かだった。
「翼がピッチャーやってたのは、小学生のときだ。
本郷渉ってキャッチャーとバッテリー組んでた。
渉は……父さんの病院に入院してた子で、癌だった。
俺たちと同じチームで、渉が来てから初めて勝てるようになった。
リトルで優勝したのも、渉がいた年だ」
アキの笑顔が、凍りついた。
タクは淡々と、でも優しく続けた。
「中学2年の秋に、渉は亡くなった。
翼はそれ以来、マウンドに立てなくなった。
怪我したわけじゃない。
ただ……綺麗な思い出のまま、終わらせたかったんだと思う」
アキは大きく目を見開いたまま、言葉を失っていた。
「……マジかよ」
アキは翼の方を向いた。
翼は静かに微笑んでいたけど、その笑顔は少しだけ儚かった。
アキは自分の胸を、ゴツい手で叩いた。
「悪ぃ……俺、なんか軽々しく言っちまった。
ごめん、翼」
翼は首を振った。
「ううん。いいよ、アキくん。
俺は今、マネージャーやってる方が好きだから」
アキはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと息を吐いて、翼とタクを交互に見た。
「……俺さ、翼がマネージャーやってるの見てて、
最初は『なんで投げねえんだろう』って思ってた。
でも今、わかったよ。
翼は、俺たちよりずっと野球と向き合ってるんだな。
自分のできることで、ちゃんと支えようとしてる」
アキは拳を握りしめた。
「だったら俺も、人のことより、
まず目の前のやつに本気で向き合わねえとダメだな。
……真琴の球、絶対に受けきる。
俺が真琴のキャッチャーになる」
その言葉は、グラウンドに静かに響いた。
タクは小さく頷いた。
翼は、ほんの少しだけ、目元を緩めた。
アキは照れくさそうに頭をかいて、
「じゃあな! 真琴探してくるわ!」
と、大きな背中を揺らして走っていった。
残された二人。
タクは翼の隣に腰を下ろし、静かに言った。
「……よく我慢したな、翼」
翼は膝の上で手を握りしめて、小さく笑った。
「タクがいてくれたから……
俺、頑張れてるよ」
夕陽が、二人を優しく照らしていた。
この日を境に、
竜皇高校硬式野球部のバッテリーは、
ゆっくり、だけど確かに動き始めた。