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数日後 放課後 監督室監督室のドアをノックすると、中から低い声が返ってきた。
「入っていいぞ、斉藤」
翼は少し緊張しながらドアを開けた。
室内は少し薄暗く、監督のデスクの上に練習試合の資料が広げられていた。
監督は眼鏡を外して翼を見上げ、珍しく柔らかい表情を浮かべた。
「座れ。話がある」
翼は椅子に腰を下ろした。
監督は資料を一枚、翼の前に滑らせた。
「来週の土曜日、市内合同練習試合が組まれた。
相手は市内の強豪3校。
うちにとっては、夏の地区大会前の貴重な実戦になる。
初めてこのチームで試合ができる、絶好の機会だ」
翼の目が少し大きくなった。
監督は続けた。
「そこで、お前に頼みたいことがある。
試合当日、観客席のバックアップを全面的に任せたいんだ」
「……俺が?」
「ああ。
応援に来てくれる保護者や在校生への対応、
横断幕や垂れ幕のセッティング、
ヒッティングマーチの準備とタイミング、
スコアボードの更新、
水分補給の管理……やることは山ほどある。
正直、マネージャー一人じゃ荷が重い。
でもお前なら、ちゃんとできると思う」
翼は資料をじっと見つめた。
指先が少し震えていた。
野球ができない自分。
マウンドに立てない自分。
でも——
「俺で……いいんですか?」
監督は静かに頷いた。
「お前はもう、立派にこのチームの一員だ。
グラウンドに立てなくても、
お前がいるからチームが回る。
……必要とされてるんだぞ、斉藤」
その言葉が、翼の胸に深く刺さった。
必要とされている。
野球ができなくても、ここに自分の居場所がある。
翼はゆっくりと息を吸って、笑顔を作った。
少しだけ、目が潤んでいた。
「……わかりました。
全力でやります。
絶対に、みんなが気持ちよく試合できるようにします」
監督は満足そうに頷き、
「頼んだぞ。
お前がいるから、このチームは強いんだ」
翼は監督室を出たあと、廊下で一度立ち止まった。
胸の奥が、熱くて、苦しくて、でも嬉しくて。
(俺でも……必要とされてる)
グラウンドの方から、タクたちの声が聞こえてくる。
翼は小さく息を吐いて、笑った。
この笑顔は、さっきより少しだけ本物だった。