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その夜、王国軍に勝利したということで、アイーシャさんのお屋敷で立食形式の簡単な祝勝会が開かれた。
突然ということもあるし、まだまだやることもあるから、大規模なものを催すわけにもいかない。
クレントスに来たときに開いてもらった歓迎会よりも、もう少しこじんまりとした感じだった。
「明日からもやることは山積みですが、まずは我らの勝利に祝福を!!」
会場の食堂に設けられた壇の上でアイーシャさんがグラスを掲げると、その場の全員もグラスを掲げた。
そして全員が明るい声で、様々な言葉を一斉に上げた。
何ともかんとも、この場にいるだけで彼らの喜びが伝わってくるというものだ。
私も途中参戦とは言え、それなりには動いていたつもりだから……やっぱり胸にこみ上げてくるものはいろいろとある。
「……ルークは人気者ですね」
「そうですね!」
私とエミリアさんは、少し離れた場所でたくさんの人に囲まれたルークを眺めていた。
魔星クリームヒルトを倒したあと、ルークは他の部隊に加わって、そこでも大活躍をしてきたそうだ。
それが軍事参謀のオリヴァーさんの目に留まり、そしてクレントス出身ということもあって、一気に人気が集中した……という具合だ。
「実際、ルークは大活躍でしたもんね。
私は昨日までの戦いっぷりを見ていませんが」
「ルークさんがいなければ、魔星を倒すのも難しかったですよね。
獣星さんですら、最初はあっさりと返り討ちにあってしまいましたし」
私特製の矢とバニッシュ・フェイトも結構良い仕事をしたとは思うけど、それでもルークがいなければ上手く噛み合わなかっただろう。
エミリアさんも少し目立たなかったとは言え、地道なところではやはり大きくて必要な存在だった。
つまり今回のルークの活躍は、私たち三人の活躍なのだ。
そう考えれば、ルークが大人気なのも見ていて素直に気持ちが良い。
正直私は、こういう場では隅でちまちまやっている方が性に合う。
この会場にいる全員とは以前に挨拶を済ませているし、今日はのんびり過ごさせてもらおう。
「……ところで、獣星さんはいませんね。
ずっと東門側を守っていたり、魔星を倒したり……大活躍だったのに」
「そうですね、あれっきりですもんね。
たくさん食べる人がいないと、わたしも少し寂しいです」
そう言いながら、エミリアさんは手にした料理をもりもりと食べていた。
突然の祝勝会だったため、あまり手の込んだ料理は無かったものの、それでもエミリアさんは満足そうだった。
今日のどこかで話のあった、肉料理。
この祝勝会は肉料理が少ないから、エミリアさんも何か言うかなとは思っていたけど……特にそういうことも無くて一安心だ。
本当、何でも美味しそうに食べるから、見ていて心が和むというか。これこそが大食いの神髄というか……。
そんなことをのんびり考えていると、人だかりの中からルークがこちらに戻ってきた。
「アイナ様」
「あ、お疲れ様。大人気だね!」
「ははは……。アイナ様の苦労が身に染みて分かりました……」
「あはは♪ 結構大変でしょう?」
こういう場で大勢に囲まれるというのは、案外緊張するし、気も遣ってしまう。
ルークは慣れていないだろうし、疲れも人一倍だろう。
「……まったく、その通りです。
ところでこのあと、オリヴァーさんに別の場所での会合に呼ばれているんです。
昔の騎士仲間やオリヴァーさんの知り合いが参加するそうなのですが、行ってきても良いでしょうか」
「もちろん! 昔の知り合いに、立派になったルークを見せてきてあげてね」
「ありがとうございます。
朝には戻りますので、それまではくれぐれもご用心ください」
「用心って――まぁ、そうだね。うん、ありがと」
……確かに王国軍には勝った。そしてクレントスは、これから新しい平和の道を歩み出すだろう。
しかし私たちは、それとイコールではない。
刺客や賞金稼ぎに、いつ襲われてもおかしくはないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルークとオリヴァーさんが会場からいなくなったあと、しばらくしてから獣星が現れた。
最後に会ったときよりも顔色は良くなっていたが、それでもいつもと比べてしまえば別人のようだ。
「……獣星さん、やっぱり元気が無いみたいですね……」
ひとまずエミリアさんが、私と同じ感想を口にした。
「そうですね……。ここはエミリアさん、ちょっと声を掛けてきてみてはどうでしょう」
「え? わたしがですか?」
「ほら、美味しいお料理でも持って。
何か通じるもの、あるでしょう?」
「う、うーん……? それでは少し、行ってきます!」
そう言うと、エミリアさんはまずお料理を取りに行った。
そして2つの取り皿に大きな山を作ったあと、獣星に声を掛けて、お料理を渡して話を始めた。
……エミリアさんと獣星が持つお皿には、それぞれ大量のお料理が盛られている。
傍から見るとやたらと目立つが、しかし何とも彼女たちらしくて、見ているだけで嬉しくなってしまう。
しばらくその光景を眺めていると、一人になった私にもまわりの人が声を掛けてきてくれた。
皆が一様に嬉しそうで、明日からの希望と大変さを語ってくれる。
……アイーシャさんはいつの間にか、いなくなっていた。
少し落ち着いたら、またいろいろと話さなければいけないだろう。
彼女からの『相談事』とやらもあることだし――
「……さて、暇だ」
再び一人になったあと、頭で思うよりも早く、そんな言葉が口から出てしまった。
戦いの勝利に酔いしれるのは良いとして、今日は朝からずっと戦場にいたのだ。
気が抜けてくると、疲れがじんわりと身体に広がってきてしまう。
他のみんなは、まだまだ元気のようだ。いや、気が抜ければ私と同じように、やっぱり疲れが出てきてしまうのだろうか。
……とりあえず挨拶だけして、今日はもう部屋に戻ろうかな?
「獣星さん、お疲れ様です」
「おお、アイナ殿。今日は途中で失礼したな。
ちょっと思うところがあって……。ここに来るつもりも無かったんだが、アイーシャ殿に無理を言われてな……」
「あはは。いろいろ大変だと思いますが、私たちで手伝えることがあれば教えてくださいね」
ここはいつもの感じで、満面の笑みを獣星に向けてあげる。
気持ちが沈んだときは、何よりも笑顔だ。笑顔、笑顔っと。
「……ありがとう。
そうだな。先日の約束もあるし、アイナ殿にはこれから世話になるぞ!」
「獣星さんの仲間の育成を手伝う件ですよね。
クレントスでやることはたくさんあるでしょうし、同時進行で頑張っていきましょう!」
「ああ。俺はクレントスのために、たくさん働くぞ!
だから、もう『七星』とは決別だ。この名前に誇りを持っていたが、その誇りももう無くなってしまったから……」
獣星は少し寂しそうな声で、そう言った。
頭では分かっているものの、まだ感情が追い付いていないのだろう。
「それじゃ、獣星さん――では無くなるんですね。
まだ聞いていなかったのですが、お名前は何て言うんですか?」
「俺はグレーゴルって言うんだ。
そのままでも、グレっちでも、呼び方は何でも良いぞ」
「えぇっと……。
それではグレーゴルさん、改めましてよろしくお願いします」
「わたしもお願いします! グレっち!!」
「エミリアさん! 速攻で距離感が近い!?」
「ははは。
アイナ殿、エミリア殿。これからもよろしくな」
私とエミリアさんは、それぞれグレーゴルさんと握手を交わした。
……そのときの彼の表情は、少しだけいつもの表情に戻っていた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんとグレーゴルさんはこれからフードバトル……もとい美味しく食事を頂くということで、私だけ先に戻ることにした。
ただ、その前に何か落ち着かない気がしたので、一旦外の空気を吸ってから戻ることにした。
外に出ると、空には星がたくさん広がっている。
そしていつも通り、冷たい空気が周囲に満たされていた。
いつも通りだ。
……でも、何だろう? 何か危険な感じがする……。
私も最近、危険なことに隣り合わせだったせいか、そういう勘が少しずつ養われてきた気がする。
しかし庭に出てみても、特に何も見当たらない。
でもでも、何だか……うーん?
自分でも判断が付かず、10分ほど気配を探っていると、突然冷たい声が聞こえてきた。
「――まさか、俺たちの気配に気付いたのか……?」
……正直、驚いた。
庭の片隅、建物の影から3人の人影が現れたのだ。
全員がフードを被っていたが、先頭の一人がそのフードから顔を覗かせた。
その顔は……以前見た覚えがある。
それは、私たちの敵――
「……弓星、イライアス……!?」
「くくくっ。騒ぎにならないように、寝ている間に殺してやろうと思ったんだが……まさかお前の方から一人で来てくるとはな。
呪星の……弟の仇だ。お前なんだろう? その命をもって、償わせてやる……ッ!!」
そう言うと、弓星は弓矢を構えた。
同時に後ろの2人もそれぞれ武器を構える。
……え? 何で弓星が突然こんなところに……!?
いや、それは置いておいて――狙いは、私の命!?