テラーノベル
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今日も今日とて、アビドスへ。今回は珍しく、私と先生の二人だけで、砂の道を歩いていた。囚人たちがいないのには、それぞれ事情があった。
ヒースクリフは、高校の利息支払いを見届けるという名目で、昨夜からアビドスに泊まり込んでいる。ロージャとイシュメールは、連邦生徒会からシャーレに押し付けられた、山のような書類を片付けるため、現在オフィスで業務に追われているらしい。それに加え、イシュメールは先日の生徒への過剰な攻撃の件もあり、しばらくは謹慎処分とのことだ。先生も手伝おうとしたらしいが、なぜか先生より発言力を持つファウストに一蹴され、こうして私と共にいるというわけだ。
しばらく歩み続けていると、アビドス高校の校舎が見えてきた。……が、いつもとは少し様子が違う。校門の前に、来客がいるようだ。
〈……あれは〉
私がタブレットに疑問の文字を表示させると、隣を歩く先生が、いつもの素の口調で即座に答えた。
“あれはカイザーローンの現金輸送車。アビドスの利息を取り立てに来てるんだ”
先生がそう言い終わるのと同時に、輸送車に誰かが乗り込み、車はエンジンを吹かして走り去っていった。
カイザー……。その言葉には聞き覚えがある。あの時、私を捕らえた黒服が言っていた、ビジネスパートナーの名前だ。しかし、黒服が口にしたのは『カイザーコーポレーション』。今回の輸送車は『カイザーローン』。少しだけ名前が違うが……。
あの時のホシノと黒服の関係しかり、今回のカイザーローンといい、このアビドスという学校は、どうにも不安になるような繋がりばかり持っている気がする。
そんな考察をしながら歩いていると、アビドス高校の校門に着いたようだ。そこには、アビドスの生徒達とヒースクリフが走り去っていく現金輸送車を複雑な顔をしながら目で追っていた。
「あっ、先生とダンテ〜、おはよ〜」
“おはよう、みんな”
「あれ?今日はイシュメールさんとロージャの姿が見えませんが……」
〈ああ、シャーレに書類が立て込んでで、それの処理中。それとイシュメールはしばらく謹慎だから来れないかな〉
「それは大変ですね。シャーレのことですから、仕事もいっぱいでしょうに」
「イシュメールも大変ね。これじゃ、毎回戦闘するたびに来れなくなるんじゃないの?」
〈あはは……〉
セリカの皮肉混じりのツッコミに私は乾いた音を鳴らざる得なかった。
「ま、先生達も来たことだし、とりあえず教室に戻ろ〜」
こうしてホシノの一言で、私達は教室へ向かうことになった。
今回の定例会議では、2つの事案について話された。
一つは昨晩、襲撃してきた敵勢力の正体について。ゲヘナ学園の生徒が運営する便利屋68とその企業の社長、『陸八魔アル』とその部下達について。これについてはこちらも把握済みなので言うことはない。
もう一つは、先日、セリカを攫ったヘルメット団の裏にいる存在について。どうやら敵が使っていた戦略兵器が、現在取引されていない型番だったという事。生産が中止された型番を手に入れるには、『ブラックマーケット』という闇市で売買するしかないらしい。ブラックマーケットとは、学校へ行けなくなった生徒が非認可の部活を作っていたり、キヴォトスのマフィアや悪徳企業が拠点としている、都市で言う裏路地のような治安が悪い区域らしい。更に、便利屋68が過去にここで騒ぎを起こしていたという記録があったりして……。
ということで、二つの事案の関係性を調べるべく、私達はブラックマーケットへと足を踏み入れる事にした。
〈……???〉
あまりにも展開が早すぎると感じたのは、私だけだろうか。
つい先ほどまで高校の教室にいたはずが、気づけば私たちは、既にブラックマーケットの領域内に立っていた。実際に足を踏み入れてみると、重武装の兵士が当たり前のように闊歩し、いかにも怪しげな露店が軒を連ねている。予想通り治安は最悪で、そして、思っていたよりも遥かに広大だった。
「ここがブラックマーケット……」
「わあ☆ すっごい賑わってますね?」
「本当に。小さな闇市場を想像していましたけど、街ひとつ分くらいの規模だなんて。連邦生徒会の統制が及ばないエリアが、ここまで巨大化しているとは思いませんでした」
「うへ〜、普段アビドスばっかりいるからね〜。学区外には、結構変な場所が多いんだよ〜」
各々が初めて見る光景に感想を呟きながら辺りを見渡していると、無線越しにアヤネの声が飛んできた。
「皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が日常的に取引される場所です。いつ何が起きるかわからないんですよ。何かあったら私が……きゃあっ!?」
タタタタタッ!
アヤネの注意喚起は、どこからか響いてきた銃声によって、無情にも断ち切られてしまう。私たちに向けられたものではないようだが……昼間から平然と発砲音が鳴り響くとは、なんとも物騒な場所だ。
銃声がした方へ視線を向けると、何人かの生徒たちが、こちらに向かって猛スピードで走ってくるのが見えた。
「待て!」
「う、うわああ!? まずっ、まずいですー!! つ、ついてこないでください!!」
「そうはいくか! くらえ! 打撃ダイス2〜6、打撃ダイス2〜6、貫通ダイス1〜5!!!」
白い制服の生徒一人を、2人かのスケバン生徒たちが追いかけている。時折、威嚇射撃をしながら追い詰めているところを見ると、相当危険な追跡劇のようだ。
「あれ……あの制服……」
「わわっ!? そこをどいてくださーい!」
アヤネが何かを呟いていると、白い制服の生徒がこちらへ向かってくる道中で、シロコと勢いよくぶつかってしまった。
「い、いたた……ご、ごめんなさい!」
「大丈夫?……な訳ないか、追われてるみたいだし」
シロコは、倒れてしまった生徒に向かって、そっと手を差し伸べる。
「そ、それが……」
彼女はどこか気まずそうな顔をしながら言い淀んでいると、追手のスケバンたちも追いついてしまったようだ。
「何だお前らは!?どけ!アタシたちがそこのトリニティの生徒に用があるんだよ」
「あ、あうう……わ、私の方は特に用はないのですけど……」
その時、アヤネが何かを思い出したのか、無線越しに声を上げた。
「思い出しました!その制服……キヴォトス一のマンモス校の一つ、トリニティ総合学園です!」
トリニティ総合学園……確か、キヴォトス屈指の伝統と格式を誇る、いわゆるお嬢様校だ。
「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っている学校でもある!だから拉致って身代金をたんまり頂こうってわけさ!」
あっ、ご丁寧に自分から説明してくれた。まあ、いいか。それにしても、手段が都市の裏路地すぎて、もはや笑えない。
「拉致って交渉!中々の財テクだろ?くくくくくっ。どうだ、お前らも……んっ?」
チンピラの一人が、私たちを勧誘しようとした、その時。シロコとノノミが、すっとそのチンピラの前に立ちはだかり……。
バスッ!バスッ!
「うぎゃっ!?」
「悪人は懲らしめないとですね☆」
「ん」
「あ……えっ?えっ?」
ノノミの華麗なチョークスリーパーと、シロコの無慈悲な膝蹴りが炸裂し、スケバンの二人は一瞬で吹き飛ばされ、あるいは首を絞められ、そのまま地面に沈んでいった。
“わお”
〈……見事な流れ作業だったな〉
「やるじゃねぇか」
そのあまりにも手際の良い制圧劇に、私たち大人組はただ感心する他なかった。
「はいっ☆ では立ち話もなんですから、あちらでお話しましょうか♪」
「は、はい……」
ノノミが機転を利かせ、一行を近くの路地裏へと誘導する。例のトリニティの生徒も、仕方なくといった様子でそちらへ向かう。しかし、ヒースクリフだけは、その場から動かず、倒れたままのスケバンたちをじっと見つめていた。
「……」
〈ヒースクリフ?〉
どうしたのだろうと私が彼に近づいた、その時。ヒースクリフは突然駆け出すと――。
「おらっ!!」
ガン! ガン!
〈ヒースクリフ!?〉
そのままの勢いで、倒れているスケバン二人の脳天に、愛用のバットを容赦なく振り下ろしたのだ。路地裏に、気味のいい金属音が響き渡る。これには私も心底びっくりした。完全に殺しにいっているじゃないか。
彼はバットを振り下ろした後、警戒するように素早く周囲を見渡し、ぐったりと動かなくなったスケバンたちをビルの影へと放り投げると、こう言った。
「こいつら、まだ気ぃ失ってなかったんだよ。このまま放っておいたら、間違いなく仲間を呼ばれてたぜ」
〈へ、へぇ……? ありがとう……〉
こんな距離から、どうやってそれを察知したのだろうか。まあ、彼のその鋭い洞察力のおかげで、無用な戦闘を避けられたのは事実だ。素直に感謝しておこう。
「あ、ありがとうございました。皆さんがいなかったら、学園に多大なご迷惑をかけてしまうところでした……。それに、こっそり抜け出してきたので、何か問題でも起こしたら……ううっ、想像しただけでも……」
「えっと~、ヒフミちゃんだっけ? それにしても、トリニティのお嬢様が、なんでまたこんな危ない場所に来たの?」
場所を移し、私たちはトリニティ総合学園の生徒、阿慈谷ヒフミと改めて話をすることになった。ホシノの問いに、ヒフミは気まずそうに答える。
「あ、あはは……それはですね……。実は、探し物がありまして……。もう公式には取引されていないので買うこともできない物なのですが、このブラックマーケットでは密かに取引されているらしくて……」
「もしかして……戦車?」
「もしくは違法な火器?」
「化学兵器とかですか?」
「えっ!? い、いいえ、えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです!」
〈……なにそれ?〉
ヒフミの言葉を受け、私たちはそれぞれブラックマーケットで取引されていそうな危険物を予想したが、どれも見当違いだったようだ。ヒフミが口にしたその名前は、私には全く聞き覚えのないものだった。キヴォトスで流行っているキャラクターか何かだろうか。
「ペロロ?」
「限定グッズ?」
どうやらセリカとシロコにも分からないものらしい。そうしていると、ヒフミは「えっとですね」と言いながら、背負っていた奇妙な鳥の形をしたバッグから、何かを取り出した。
「はい!これです。ペロロ様とアイス屋さんがコラボした、限定のぬいぐるみ!限定生産で100体しか作られてない、とっても貴重なグッズなんですよ!ね?可愛いでしょう?」
ヒフミが熱く語りながら取り出した「ペロロ様」とやらは、彼女が背負っているバッグと全く同じ外観をしていた。その口に、なぜかアイスが突っ込まれているという、何とも言えず前衛的なデザイン……。これが、限定生産されるほどの人気グッズだというのか。にわかには信じがたい。
「……」
「わあ☆モモフレンズですね!私も大好きです!ペロロちゃん可愛いですよねぇ!私はミスター・ニコライが好きなんです」
「分かります!ニコライさんも哲学的なところがカッコ良くて。最近出たニコライさんの本『善悪の彼方』も買いましたよ!それも初版で!」
なんとも理解し難い会話だ。ノノミはそのグループの大ファンらしく、ヒフミと篤く語り合っている……。
「いやぁ〜、何の話だか。おじさんにはさっぱりだよ〜」
「ホシノ先輩はこういうファンシー系には全く興味ないでしょ」
「ふむ、最近の若者にはついていけん」
〈歳の差ないでしょうに〉
「うへ?バレちゃった?」
ホシノとセリカと側からそんな会話をしながら、ヒフミ達を眺めていると、ヒフミが話を切り出した。
「というわけで、グッズを買いに来たのですが、先程に人達に絡まれて……。皆さんがいなかったら今頃どうなっていたことやら……ところで、アビドスの皆さんは、なぜこちらへ?」
そんな質問に、ホシノは一部を濁して答えた。
「私たちも似たようなもんだよ。探し物があるんだー」
「そう。今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけど、ここにあるって話」
「そうなんですか、似たような感じなんですね」
シロコも悟られないよう、話を合わせてくれたお陰でヒフミも納得してくれたようだ。しかし、ここでアヤネが話を割って入ってきた。
「皆さん、周囲に武装した人達が徘徊しています。まだ気づいていないようなので、ここは慎重に行きましょう!」
ヒースクリフのおかげでまだこちらを見つけられていないが、どうやら警戒して周囲を徘徊しているという事。
“だってさ、皆んな。ここは油断せず慎重に行こう”
コメント
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原作の流れだぁ!もしかしてここからエデン条約編が始まるんですか!