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別の日の放課後も校舎裏で。凪がいつものように「先輩、今日も!」とせがむから、千歌は小さくため息をついて歌い出した。
秋の風に溶けるように、澄んだ声が広がっていく。
凪は目を閉じて、まるで世界にそれしかないみたいに聴き入っていた。
「……やっぱり、すごいな」
ぽつりと呟かれた言葉に、千歌の頬が少し熱くなる。
「な、なにそれ。大げさ」
「大げさじゃないです。本当に、胸が熱くなるんです」
真っ直ぐすぎる言葉に、千歌は返事に困った。
こんなふうに自分の歌を聴いてくれる人がいるなんて、思ってもいなかったから。
こんなふうに笑ってくれる人と並んで過ごす時間が、こんなに温かいなんて。
——でも。
頭の片隅に、父の顔が浮かんでしまう。
「無駄なことに時間を使うな」
「歌なんて、将来の役に立たない」
冷たい声が、楽しい気持ちを引き裂くように蘇る。
「……どうしました?」
凪が首をかしげて覗き込む。
慌てて笑顔を作って、千歌は首を振った。
「な、なんでもない。ちょっと考え事」
「ふーん……でも、無理はしないでくださいね」
凪はあっけらかんと笑う。
その笑顔に、少しだけ救われる自分がいた。