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「お、お母さん。その話は……」
「あら、でもいつかは話さなきゃいけないことでしょ?」
「そうだな。ひかりさんが息子と結婚するとなると、ゆずはの行く末も当然気になるだろう」
「……ひょっとして、ゆずはさんにも良い方がいらっしゃる、とか?」
ひくつきそうになる口元を抑え込み、なんとか平素通りの声のトーンでひかりは問いかける。そうなのよ、と母親が小さく手を合わせて微笑んだ。
「その人もすごく気さくで面白い方でねぇ。丸石さんとおっしゃるのだけど」
「お母さんっ、もうそれ以上は」
慌てた様子で、ゆずはが会話に割って入ってくる。己のまぶたが痙攣し始めるのを感じつつ、ひかりは全力で自慢の笑顔を作った。
「素敵なお話ですね! その丸石さんという方は、どんな男性なんですか?」
「え、ええと……」
「口で説明するのもなんだし、ゆずはのスマホで写真を見せてあげたら?」
明らかに目が泳いでいるゆずはに、母親が助け舟を出す。さて一体どこの馬の骨か。可能なら高校の時みたいに、また奪ってやってもいい。ゆずはがひかりよりスペックの低い男と結婚するぐらいなら、寝取られた方が彼女にとっても幸せだろうと、ひかりは半ば本気で思っている節がある。
内心で何を考えているかはおくびにも出さず、ひかりはにこやかにゆずはの返答を待った。
「そ……そうだね。ええと」
ゆずはが震える手でスマホを操作する途中で、ピンポーンとチャイムが鳴る。
「うん? ちょっと出てくる」
父親の方がそう言って立ち上がり、リビングを後にした。ほどなくして二人分の足音が戻ってきたと思ったら、バタンとリビングの扉が開いて「ゆうちゃん!」と大声が響き渡る。
「せいら!? どうしてここに?」
「だぁって寂しかったんやもん! ウチ出張明けで休みやったし? ちょうどええわ思て高速飛ばしてきたんよ」
「ええ? そんな、疲れてる時に長距離運転なんてしたら危ないよ! もう。もっと自分のことを労ってって、いつも言ってるのに」
「えへへ、心配してくれるん? ウチらほんま相思相愛やね!」
不意に飛び込んできた人物は驚いているゆずはにぎゅうぎゅうと抱きつき、その頰に口づけた。ひかりは半ば唖然としながら、嵐のように現れたその女を見つめる。
スレンダーな身体を白のノースリーブとスキニージーンズに包み、黒い髪をばっさりと潔い短髪にした女。きりりとした眉も相まって、黙っていれば女優と言っても通用するのではないかというほどに端正な顔立ちだ。しかし今の彼女は凛々しく整った顔をでれでれと蕩けさせ、ゆずはに熱烈な抱擁をかましている。
「もう、せいらってば……」
「失礼、どちら様でしょうか?」
いつまでも終わらない抱擁に、ひかりはピリついた空気を隠しきれず割って入った。ゆずはの両親は二人のこういう雰囲気には慣れていると見えて、「あらあら、まあ」などとのんびり構えながら普通に紅茶を啜っている。
「あれ、お客さん?」
「あ、うん。お兄ちゃんの彼女さんで、私の高校の同級生なんだけど……」
「そうなんや! はじめまして、ウチは丸石せいら言います。吉崎ゆずはのパートナーです!」
パートナー、とひかりは口の中で復唱した。心臓が早鐘を打ち、嫌な汗がじっとりと背中を伝う。
「パートナー、というのは」
「ええと、私とせいらはその、交際していて……」
「交際っちゅうか、もうパートナーシップ制度の宣誓書も出しとるよ! そやからまあ、分かりやすく言えば結婚しとるみたいなもんかな」
にこやかかつあっさりとした調子で、丸石せいらなる女はひかりにとって衝撃的な発言を放った。
「結婚、ですか」
瞬きも忘れて二人を見つめるひかりに、今度は母親の方が「そうなのよ」と口を挟む。
「せっかくだから結婚式も挙げたいわよねえって、同性同士でもオッケーな式場を探しているところなの。女の子同士だから、二人でお揃いのドレスが着られるといいんじゃないって言ってて。華やかよねぇ」
のほほん、という擬音がつきそうな様子で母親が笑う。
今日は畏まった場だから念のためと思い、爪を短く整え、さらにネイルも控えめにしておいて本当に良かった。ひかりの拳は今やギリギリと音が鳴るのではないかと錯覚するぐらい、固く握りしめられている。隣にいるひかりの夫となる予定の男は、彼女のそんな異変に気がついていないようだ。
「へえ、そうなんですね。でも意外だわ。まさかゆずはさんに同性のパートナーがいらっしゃったなんて」
「あ、うん……。立脇さんも知ってるかもしれないけど、私、四国の大学に進学して。三年のゼミで知り合ったの」
「そうやったねぇ。ウチらの出会いはほんまに運命的やったわ。あれはそう、今日みたいなええ天気の日で……」
「せいら、その話はまた今度にしよ? ね?」
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