朝、薄く柔らかな光がレイ宅のリビングを照らしていた。だぁは、ソファに座ったまま目を覚まし、静かに部屋を見回すと――
ベランダに、小さな背中があった。
「……ネグ。」
名前を呼びはしなかった。
ネグは、ただ静かに外の空気を吸っていた。
眠りの中でも、不安と恐怖が渦巻くような日々だったはずなのに、その姿はどこか――少しだけ穏やかで。
ネグは、ただ深く息を吸って、空を見上げていた。
その静寂を破ったのは、レイの明るい声だった。
「おーい! ネグー! ご飯できたぞー!」
ネグはその声に振り向き、小さく――けれど嬉しそうに微笑んで、部屋の中へ戻ってきた。
だぁはそれを見て、少しだけ目を細めた。
「おはよう、ネグ。」
ネグは何も言わずに、小さく頷くだけ。
けれど、それだけでも十分だった。
テーブルの上には、レイが作った簡単な朝食。
ネグは静かに席に着き、箸を持ち――ゆっくりと、少しだけ食べ始めた。
それを見ているだけで、だぁの胸の奥があたたかくなった。
その食事が終わる頃、レイがふと口を開いた。
「ネグ。送り届けるか?」
ネグは少し考えたあと、また小さく頷いた。
だから、3人で車に乗り込んで、だぁの家まで向かうことになった。
車の中――
レイが運転し、ネグは助手席、だぁは後部座席。
だぁは窓の外を見ながら、ふとネグに話しかけた。
「ネグさ、昔はさ。もっとわがままだったよね。」
ネグは返事はしなかった。
だけど、ちらりと横目でだぁを見て――小さく微笑んだ。
「今は……まぁ、色々あったから、無理はしないでね。」
その言葉にも、ネグはただ小さく頷くだけだった。
車内は静かだったが、不思議と嫌な沈黙ではなく――
どこか落ち着くような空気が流れていた。
そして、家へ到着。
だぁが車を降りると、ネグは最後までニコニコと微笑んでいた。
けれど――
だぁの顔がスッと、真顔に戻る。
そのまま家の中へ入り、すかーの目の前へ。
「……ねぇ。」
低く、静かな声で、だぁはすかーに問い詰めた。
「すかーさ――自分が何したか、分かってるの?」
すかーは、その時、目を伏せていた。
夢魔もマモンも、誰も止めなかった。
いや――止めるべきじゃないと、誰もが思っていた。
すかーは、重たそうに口を開いた。
「……分かってる……分かってるよ……だけど……俺だって……」
言い訳のような、でも本音のような――
そんな声で。
「分かってた……分かってたんだよ……手をあげるなんて、本当はしたくなかった。だけど、あいつが逃げて……鍵まで閉めて……その時、頭ん中……真っ白で……俺……俺だって、怖かったんだよ……ネグが、いなくなるんじゃないかって……」
拳を握りしめるすかー。
「でも……だからって、あんな……俺、最低だよな……」
だぁはその姿をじっと見つめたまま、静かに言った。
「最低だよ。」
その一言は、重く突き刺さった。
すかーは下を向いたまま、言葉を失っていた。
夢魔もマモンも、ただ黙って立っているだけだった。
その頃――
レイはネグを連れてデパートへ行っていた。
ネグは相変わらず口数は少ない。
けれど、表情は……確かに、前よりもずっと柔らかくなっていた。
服屋、靴屋、おもちゃ売り場――
色んなところを回って、レイはネグのために服を何着も選んで、靴も新しく買い直した。
「これとか、似合うんじゃね?」
ネグは、小さく頷くだけだった。
けれど、それが嬉しかった。
そして、夕方。
家に帰ると――
ネグは、アイスを食べながら、ふとレイの方を見て――
「……楽しかったね。」
その一言だけ。
だけど、その声は本当に――心から楽しかった、と言っているように聞こえた。
レイは、思わず目を細め、そして――涙がこぼれそうになった。
けれど、見せないようにして、そっけなく返した。
「……あぁ。」
その後、ネグはお風呂に入り、傷に気をつけながら髪を乾かしてもらって――
そのまま、レイと一緒に静かに眠りについた。
その夜は――誰も、何も言わず。
ただ、静かに時だけが流れていた。