「ナージェさん!」
「落ち着け。想定通りや」
ケイナの声が背後から響く。けど、ワイの手元はすでに動いとる。見張り台に備え付けられた紐をぐっと引き込んだ。指に食い込むほどの力を込め、息を呑む。
──ガタン!
重たい音が闇夜に響く。ほんの一瞬、静寂が訪れたかと思った次の瞬間、壁際の地面がぱっくりと裂けた。まるで空腹の獣みたいに、容赦なく傭兵どもを呑み込んでいく。
「うわっ!?」
「ぐあああっ!!」
悲鳴が夜風に乗る。足元の支えを一瞬で失った二人のチンピラが反射的に手を伸ばすけど、当然ながら間に合わん。そのまま闇の底へと吸い込まれていった。ワイが仕掛けた落とし穴や。深さはしっかり確保しとるし、底にはロクでもないもんが待っとる。まぁ、運がよければ気絶で済むやろな。運が悪けりゃ……まあ、考えるまでもない。
だが、チンピラ共の不幸はそれだけやなかった。ちょうど壁をよじ登ろうとしとった別の奴らが、さらなる罠に引っかかる。
──ガコン!
壁の中に仕込んどいた丸太が、凄まじい勢いで飛び出した。鈍い衝撃音が響き、男の鎧に直撃する。鉄と鉄がぶつかり合う音の後に、わずかな沈黙。そして、次の瞬間──男の身体はまるで人形のように宙を舞った。
「ぐっ……!」
鎧の重さが仇になったな。衝撃をまともに受けたせいで体勢を完全に崩し、回転しながら転げ落ちる。がっしゃん、がっしゃんと装備がぶつかり合い、最後には無様に地面へと叩きつけられた。周囲に響く、鈍く、重い音。その場の空気が一瞬止まり、傭兵たちの視線がその男へと集まる。男は動かん。
「くそっ、なんだこれ!」
「罠か!? こんなに仕掛けがあるなんて……!」
混乱するチンピラたち。そうや、焦れ。戸惑え。ワイが仕込んだ策はこういう状況を作るためにあるんや。視界に映る敵の動きが乱れ、互いに指示を出そうとするも、誰も明確な答えを持っとらん。戦場で迷いが生まれるのは命取りやぞ。今こそ、畳みかけるタイミングや。
「よっしゃ、次や」
ワイは迷いなく別のロープに手を伸ばした。指先は汗でじっとり濡れとるが、拭う暇なんかあるかい。喉の奥が熱い。鼓動は耳の奥で跳ねとる。こんなもん、考えるより先に動かなあかん。手を止めた瞬間、終わりや。
ロープを思い切り引いた。
──ドゴォン!
空気が震え、爆ぜるような衝撃が響く。壁の頂上、下からは見えんように仕掛けといた巨大な丸太が、拘束を解かれた獣のように唸りを上げて突進する。頑強な木を加工した、殺意の塊や。絶妙な角度、緻密に計算された重量、すべてが完璧やった。
「っしゃあ! すくすく育ったリンゴの実だけやないで! 木々だってワイの味方なんや!」
木の香りが鼻を突く。その直後、轟音とともに敵の前線が崩壊した。
「うわっ!!」
悲鳴が出る前に、敵の前線は崩壊した。ぶち当たったチンピラどもは、まるで小枝のように吹き飛ばされる。肋骨を折られたような鈍い音、肉が潰れる嫌な感触、そして転がる影――無様なもんや。あんなもん、人間がまともに耐えられるわけない。
舞い上がる土埃と煙が視界をぼやけさせる。ワイは肩で息をしながら、敵の動きを探る。どいつもこいつも恐怖に竦み、武器を握る手が震えとる。
だが、一人だけ違った。
「ふざけやがって……! お前ら、もう遠慮はいらねぇ! 数の力で攻め込め! 果物以外は全部ぶっ壊してもいい!!」
リーダー格の男が苛立ちを隠さず吠えた。
やっぱりな。こういう手合いは搦め手に弱い。冷静さを欠いたら終いや。でも、こっちの戦力を理解した以上、もう雑魚扱いはしてこんやろ。
号令に従い、チンピラ共が一斉に動き出した。今度はためらいなしや。次々と壁をよじ登り、無理やり突破しようとしとる。
「ケイナ、罠をガンガン発動させるで!」
「うん!」
ワイとケイナは息を合わせ、次々と罠を作動させた。杭が飛び出し、ロープが絡みつく。落ちていくチンピラの叫びが次々と響く。けど、焼け石に水や。
数が違いすぎる。
こっちは二人、向こうは圧倒的な物量で押し寄せとる。罠の数にも限りがある。敵勢力を削ることはできても、決定打にはならへん。
そして──
「チッ……!」
ついに壁の突破を許してしもうた。くそっ、あれだけ補強して工夫したのに、やつらは結局、罠の死角を見つけよったか。数人が壁を越え、すぐに散開する。その動きに迷いはない。狙いは果樹園やろう。あそこを荒らされでもしたら、ワイらの生活は終わる。育て上げた果樹、貴重な収穫、それに蓄えた食糧。全部が消し飛ぶ。生きる希望すら奪われるかもしれん。
……せやけど、そうはさせへんで。
「中に入った奴らは放っておけん。ワイがぶっ倒してくる」
「なら、私も……」
ケイナの声がすぐ背後から響く。振り返ると、彼女はすでにナイフを手にしていた。けど、ワイは首を横に振る。
「ケイナはここにおれや。この見張り台は、壁の中でも高い場所にあるし、罠も盛り沢山。奴らの狙いは果樹園そのものやし、ケイナを優先的には狙ってこんはずや」
「でも……」
ケイナの眉がわずかに寄る。不安げなその表情に、一瞬だけワイの胸がチクリと痛んだ。彼女の手が、僅かに震えているのが見える。こんな状況、怖いに決まっとる。けど――
「心配すんな。ワイには“半殺し”の能力もある。近接戦もお手のモンや」
自信を込めた言葉を放つ。少しでもケイナの不安を拭うために。
見張り台から侵入者たちを睨み下ろし、ワイは拳を握り込む。指の関節が鳴る音が、静寂の中にくぐもって響いた。戦いの予感が、じわりと肌を刺す。
呼吸を整え、地面を蹴る準備をする。足の裏に伝わる感触を確かめる。熱が、じわじわと全身を駆け巡る。高まる鼓動、研ぎ澄まされる意識――
さぁ、第二ラウンドの始まりや。
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