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「ほな、行ってくるわ!」
ケイナの心配そうな顔が見えんように、ワイは見張り台から迷いなく飛び降りた。空気が一瞬、耳を抜けていく。地面との接触で鈍い衝撃が足に響き、土埃がふわりと立った。土に触れた指先には、まだ夜露の冷たさが残ってる。湿り気を含んだ冷たい空気が、鼻腔を刺すようや。リンゴの甘い香りが薄く混じっていて、場違いなほど穏やかな匂いやった。
果樹園に忍び込んだチンピラ共を追う。奴らが先行しとるが、ここはワイの庭や。初めて来る奴らがスルスルと進めるモンやない。リンゴやマンゴーの木を迷路みたいに植え直したおかげで、奴らの足音はあっちへこっちへと迷走しとる。ワイは草木の影を縫うように進み、ショートカットして奴らの行く手をふさいだ。
数秒後、チンピラ共がぞろぞろと現れた。踏みしだかれる草の音が、無数の小さな牙が擦れるような、耳障りなノイズを立てる。数えんでもわかる。壁際での攻防で、確実に減っとるな。最初は三十人以上おったが、今は二十人ほどやろか。
「ハッ、こりゃ楽な仕事になりそうだぜ」
ギラギラした剣を振り回しながら笑うチンピラの一人。無駄に光沢のある剣先が、月明かりを反射してワイの目を刺す。安物の剣にしては、目障りなほどよう光るもんやな。見栄えだけで実用性はお察しってところか。
「たかが農家の野郎一人、囲めば終わりだろ!」
「無駄にデカい壁なんか作りやがって。突破しちまえば、あとは好きにできるな!」
「リンゴ畑ごと俺たちがいただくぜ! 魔法使いに売りつけたら一生遊んで暮らせるんじゃねぇか?」
舌打ちが喉元まで出かかった。ようそんなにも平然と戯言を吐けるもんやな。ワイはゆっくりと首を回し、肩をほぐす。骨の軋む音が、自分の中に眠る獣を目覚めさせる合図みたいやった。冷え切った空気に、息を吐くたび白い靄が溶け込む。寒さのせいか、それともこれから流れる血の気配か、肌がじんわりと痛むような寒気に包まれる。
「……そんなに簡単にいくと思うとるんか?」
ワイは淡々と、まるで収穫前のリンゴに声をかけるように呟く。そして、すっと手を伸ばし、仕掛けていたロープを引く。手触りの粗い麻縄の感触が、指に馴染んだ。収穫の瞬間、果実がポロリと落ちるあの感覚に似とる。
──ガタン!
重々しい音と共に、前線にいた数人が地面の落とし穴に消えた。乾いた土埃と共に、断末魔の叫びが木立の間にこだまする。苦悶の混じった息遣いが、風の音に混じって消えていく。さらに、仕掛けていたロープが足元をすくい、何人かがまるで転がされた樽のように転倒する。砂と草が乱れて、あたりは急に雑草を抜いた後みたいに荒れた。
「くそっ、このあたりにも罠が仕掛けられてる!」
「気をつけろ! 適当に突っ込むな!」
焦りの色を見せる連中の動きが、一瞬止まる。目が泳いでいる。喉がごくりと鳴る音まで聞こえてきそうや。しかし、彼らの心の中に渦巻く恐怖は、すぐに自信と慢心に押し流される。彼らの目は、まだ自分たちが「狩る側」であると信じて疑わんようやった。
「ハッ、こんなもんか? 所詮は農家の悪あがきだな」
一歩前に出たチンピラ隊長が、冷笑を浮かべる。彼の目には、ワイがただの獲物にしか見えとらん。いや、むしろ雑草やな。邪魔やけど、踏めば潰れるとでも思っとるんやろ。彼は鼻で笑い、部下たちに指示を飛ばす。
「穴なんざ飛び越えるか、迂回すればいい。さっさと突破しろ!」
言葉の通り、すぐに数人が落とし穴を軽々と飛び越える。転んだ奴らも、ぬかるみから這い出すように立ち上がり、じりじりとワイに迫ってきた。剣や鈍器を持った手が、じわりと血管を浮き立たせている。野生の狼よりも、飢えた犬に近い連中や。餌の匂いに目が血走っとる。
「おらぁっ! とうとう剣の射程範囲に捉えたぜ――ぷごっ!?」
「はっ! ワイが戦えんとでも思ったか? 甘いで!」
一瞬の隙を突いて、ワイは”半殺し”の能力を解放する。空気が一変した。薄い霧のような殺気が、ワイの周囲に漂い、果樹園の甘い香りを覆い隠した。能力の発動と共に、筋肉が軽くなる。感覚が鋭くなり、時間が少しだけ引き延ばされるような錯覚を覚える。風の流れすら手に取るように感じる。
「くらえや!」
「ぐがっ!?」
「どらどらぁ!!」
「あぎゃあああぁっ!!!」
剣を振るうこともできんまま、チンピラ共はワイの拳に沈んでいく。ワイの拳は硬い土を打つ鍬のように無駄なく、確実に彼らを叩き潰していった。その度に、木々の葉が揺れ、リンゴが一つ、また一つと地面に転がる。鮮やかな赤が、黒土の上で無惨に潰れていく。リンゴの果汁が土に染み、甘ったるい匂いが血の臭いと混ざり合った。
ワイは黙々と、無駄なく、手を汚していく。半殺しという名の通り、致命傷は与えんが、立ち上がれんようにすることは容易いや。ぐったりと横たわる体から、息だけがかすかに漏れとる。
堅固な壁を築いて、罠を張り巡らせた甲斐があったな。これなら、このまま”半殺し”の能力で押し切れるやろか……?