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《NASA/PDCOオペレーションルーム》
モニターの数字は、
もう「地上の距離感」とはまったく別世界だった。
〈TSUKUYOMI:地球からの距離 12万km〉
〈対Fragment B 相対速度:数km/s〉
〈予定迎撃日:Day26〉
スタッフが、
スクリーンの一角を指さす。
「ツクヨミ、順調に月軌道の内側を通過中。」
「このままいけば、
予定どおり三日後に
最初の軌道修正(TCM-1)に入れます。」
アンナ・ロウエルは、
コーヒー片手に
その軌道図を眺めていた。
青い地球の外側を
細い線が描く。
その先には、
Fragment B の軌道が
うっすら重なっている。
「……ちゃんと“追いかけてる”わね。」
隣の解析担当が頷く。
「はい。
現時点では
“ほぼ理想的な追跡コース”と言えます。」
「ただ、
Fragment B 側の軌道誤差が
まだ完全には潰れていないので、」
「ツクヨミのコースも
最後まで小刻みに
調整が必要になると思います。」
アンナは、
画面端の数字を指でなぞるように見た。
「オメガ本体が220メートルで、
分裂後の破片が120メートル。」
「DART のときよりずっと重いし、
速い。」
「“一度きりの実戦”にしては、
あまりにも教科書に載せたくない条件ね。」
冗談めかして言いながらも、
表情は冗談ではなかった。
別のスタッフが
画面を切り替える。
Fragment B の「影の帯」が
再び地図上に重ねられる。
昨日からさらに細くなった、
赤い線。
「……東アジアを含むコリドーが、
また少し“絞られた”形になっています。」
「いまのところ、
“太平洋の真ん中に落ちる”可能性は
やや下がりました。」
アンナが眉をひそめる。
「つまり、
“どこかの陸地”に
より近づいたってこと。」
「日本か、
周辺国か、
あるいはもっと先か。」
(ツクヨミが成功したら、
その帯はまた変わる。)
(成功しても、失敗しても、
“誰かの空”の話であることは
変わらない。)
「IAWN/SMPAG 向けのブリーフィング資料、
書き直しましょう。」
「“東アジアを含むリスク帯”として
表現を統一して。」
スタッフが頷く。
「了解です、主任。」
アンナは、
最後にもう一度
ツクヨミのテレメトリを見つめた。
(行って。
まだ誰の名前も書かれていない
その影を、)
(少しでも外側に
押し出してきて。)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス管制室》
壁の大きなディスプレイには、
ツクヨミの CG と
実際のテレメトリが
横並びに表示されている。
「バッテリー電圧、安定。」
「温度系、全系統グリーン。」
「姿勢制御スラスタ、反応正常。」
白鳥レイナは、
ホワイトボードに
簡単な図を描きながら説明していた。
「はい、ここテストに出ますよ。」
若手たちから
小さく笑いが起きる。
「冗談よ。」
「でも、
“ツクヨミが今どこを飛んでいるか”は
日本中が気にしてる。」
「だから自分で
紙に描いて説明できるくらいには、
ちゃんとイメージしておいて。」
ホワイトボードには
こんな図が描かれていた。
『地球 ⊙―――● Fragment B 』
その間を
小さな矢印で走る丸。
『● ← TSUKUYOMI(追いかけ中)』
「今は、
“Fragment B の軌道より
少し内側のコース”を
追いかけている状態。」
「三日後の軌道修正で、
この矢印を
“真正面からぶつかるコース”に
微調整する。」
若手が手を挙げる。
「先生、“真正面”って
どれくらいの精度なんです?」
レイナは、
マーカーをくるくる回した。
「数十メートル~数百メートルの単位で
狙いたいわね。」
「120メートルの石に、
できれば“真ん中寄り”で。」
「もちろん、
現実には誤差も出るけど――」
彼女は、
自分の胸を軽く叩いた。
「その誤差を小さくするために
ここにいる。」
「美星スペースガードセンターからの
追観測も続いてる。」
「JPL/CNEOS の軌道解と合わせて、
Fragment B の“居場所”を
ギリギリまで絞り込む。」
別の職員が
ニュースサイトを開いて見せた。
「“今どこツクヨミ”サイト、
すごいアクセスらしいですよ。」
「中学生が自由研究で
位置グラフ作ってるとか。」
レイナは
小さく笑った。
「いいじゃない。」
「“どこを飛んでるか分からない矢”より、
“みんなで位置を追いかけてる矢”の方が
よっぽど健全。」
「ただし、
デマも混ざるから注意。」
彼女は声を少しだけ低くした。
「『ツクヨミのせいで
落下地点が日本に寄ってる』とか、」
「“科学っぽい嘘”が
一番タチが悪いから。」
若手たちが、
一斉に真顔になる。
「私たちは、
ちゃんとした数字と
ちゃんとした不安だけを
世の中に返しましょう。」
「“分かってるふりの希望”も、
“分かったふりの絶望”も
いらない。」
《総理官邸・執務室》
机の上には、
最新のオメガ関連資料と
一通の手紙が並んでいた。
手紙は、
小学生の丸い字で書かれている。
『ツクヨミを作った人へ
こわいけど、がんばってください。
ツクヨミがあたって、
みんなが生きられますように。』
差出人の欄には
小さな名前と、
都内の小学校名。
鷹岡サクラは、
その手紙をそっと閉じた。
(“怖いけど、がんばってください。”)
(それ、
たぶん今の日本の気持ちそのものだ。)
藤原危機管理監が
資料を持って入ってくる。
「総理、
Fragment B のコリドー更新と、
ツクヨミの打ち上げ後の
国際反応についてです。」
「ありがとうございます。」
サクラは
資料に目を通した。
「……東アジアのリスク帯、
また少し濃くなってるわね。」
「まだ“日本”とは明言されていませんが。」
「ええ。」
藤原が淡々と続ける。
「世論としては、
“もうほぼ日本じゃないか”という
諦めと、」
「“いや、まだ分からない”という
希望が混ざった状態です。」
中園広報官も
タブレットを開いた。
「SNSの主要トレンドは
〈#今どこツクヨミ〉
〈#二本目の矢〉
〈#ツクヨミちゃん頼んだ〉
など。」
「黎明教団関連では、
〈#神の光を撃つな〉
〈#ツクヨミ反対〉
といったタグも
一定数あります。」
サクラは
小さく息を吐いた。
「“祈り”が
二つに割れているわけね。」
「“ツクヨミが成功しますように”と、」
「“ツクヨミが失敗しますように”と。」
藤原が
淡々と頷く。
「我々としては、
どちらの祈りにも
引きずられずに
冷静でいる必要があります。」
「感情に飲まれた政府は
一夜で壊れる、でしたね。」
「ええ。
私の口癖です。」
サクラは、
窓の外の空を見た。
(その空の、
ずっと向こうを
今ツクヨミが飛んでいる。)
(“日本の矢”であり、
“地球の矢”でもある。)
「……今日は、
国民向けの大きなメッセージは
出しません。」
「代わりに、
“今どこツクヨミ”や
オメガについての情報を、」
「できるだけ分かりやすくまとめて
静かに出し続けましょう。」
中園が頷く。
「“叫ぶ日”と
“説明する日”を
分けるわけですね。」
「ええ。」
サクラは
机端の家族写真に
一瞬だけ目をやった。
「今日は“説明する日”にします。」
《東京都内・カフェチェーン店》
壁際の席で、
高校生くらいの男女が
タブレットを囲んでいた。
画面には、
地球とFragment B の軌道、
そしてツクヨミの現在位置を
簡略化したCGが表示されている。
「ほら、
いまここだって。」
「地球からこんなに離れてんのか……。」
男子が
ストローを噛みながら言う。
「ゲームのマップみたいだな。」
「“ツクヨミ、
現在レベル○○、
距離△△km”みたいな。」
女子が笑う。
「やめなよ、
そういうの。」
「でもさ、
なんか“見えない矢”って
実感わかないじゃん。」
「こうやって図で見ると、
少しは“がんばれ”って
思えるっていうか。」
別の子が、
スマホを見せてくる。
「黎明教団の人たち、
昨日マジやばかったよね。」
フェンスを揺らす映像。
警官ともみ合う姿。
白いローブに血がついている。
「“ツクヨミが地球を滅ぼす”とか
言ってる人もいた。」
「滅ぼすのは
オメガの方だろ。」
男子が顔をしかめる。
「でも、
あの人たちからしたら
オメガは“ご褒美”なんでしょ。」
「“人生リセットボタン”みたいな。」
しばし沈黙。
女子の一人が
ぽつりと言う。
「……正直、
ちょっと分かるけどね。」
「え?」
「いや、“賛成”とかじゃなくて。」
「なんかさ、
ここ数年ずっと
うまくいかないこと多くて。」
「就職とか、
お金のこととか、
家庭のこととか。」
「“いっそ一回全部ゼロになんないかな”って
考えたこと、
私もあるもん。」
コップの中で
氷がからんと鳴る。
「でもさ。」
別の子が
ゆっくりと言う。
「“ゼロになったあと”の世界で、
またしんどくなるだけじゃない?」
「そんな世界に
自分がいたくないから、
今ツクヨミ打ち上げてんじゃないの。」
「少なくとも、
白鳥さんとかサクラ総理とかは
そう思ってる気がする。」
(“ゼロになった方が楽”って
言い切れるほど、
私たちの人生
捨てたもんじゃないはずだよ。)
その言葉は、
口には出さなかったが、
テーブルの空気に
薄く漂った。
《黎明教団・オンライン配信》
画面の中央、
天城セラの顔が
静かに映る。
「ツクヨミが
宇宙を飛んでいます。」
声は、
いつもより
少しだけ低かった。
「彼らは言います。」
「“地球を守るための矢だ”と。」
「けれど、
思い出してください。」
「この世界はすでに
長い長い時間をかけて
“歪み”を溜め込んできました。」
「報われない人。
踏みつけられてきた人。
声を奪われてきた人。」
セラは
目を伏せる。
「オメガは、
その歪みを
“一度白紙に戻す”光かもしれません。」
コメント欄が
にぎやかに動く。
〈そう思います〉
〈やっと自分たちの順番が来る〉
〈ツクヨミなんかに邪魔されたくない〉
セラは、
少しだけ微笑んだ。
「私は、
暴力を望みません。」
「ただ、
それぞれの場所で
“自分の魂の向き”を
選んでください。」
「“今の世界を守りたい”のか。」
「“新しい世界を呼び込みたい”のか。」
「どちらの祈りも、
神は静かに見ています。」
それは、
表面上は
中立のように聞こえるメッセージだった。
だが受け取った信者たちの一部は、
その言葉を
「行動の許可」と
解釈してしまうかもしれない。
Day30。
オメガ予測落下日まで30日。
120メートルの Fragment B に向けて
第二の矢ツクヨミは
静かに宇宙を進み、
三日後の軌道修正と
五日後の迎撃を目指していた。
地上では、
「今どこツクヨミ」と矢の位置を追いかける人々と、
「神の光を撃つな」と叫ぶ人々。
ゼロに戻したいと願う心と、
ゼロにしたくないと抗う心が、
同じ空の下で
それぞれの“祈り方”を
選び始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.