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『カタオモイ』
EPISODE ONE
楽屋のドアが開き、バラエティ番組の収録を終えたある人が「お疲れ様でーす」と気怠げな声で入ってきた。その瞬間、ソファで談笑していたMrs. GREEN APPLEのメンバーの空気が、ぴん、と張り詰める。いや、正確には、大森元貴の空気だけが。
「あ、ミセスさぁん。どうもお疲れ様です」
「ニノさん!!お疲れ様です!」
若井と涼ちゃんが爽やかに挨拶を返す横で、元貴は心臓が口から飛び出しそうなのを必死に堪え、かろうじて会釈をした。
憧れの人。
雲の上の人。
そして、密かに、どうしようもない想いを寄せている人。
「ニノさん、今日の収録もキレッキレでしたね!」
涼ちゃんが人懐っこい笑顔で話しかける。
「いやいや、そんなことないって。てか、今日この後みんな暇?」
「え?」
「飯でも行こうよ。美味い店、知ってんだけど」
二宮からの突然の誘いに、
若井と涼ちゃんが「いいんですか!?」と目を輝かせた。
その隣で、元貴は思考が停止していた。
神様からの、あまりにも気まぐれで、残酷なプレゼント。
「元貴は? 行ける?」
二宮が、悪戯っぽく笑いながら、元貴の顔を覗き込む。その距離の近さに、
元貴は「は、はい!大丈夫です!」と裏返った声で答えるのが精一杯だった。
個室の焼肉屋。最高級の肉が網の上でじゅうじゅうと音を立てているというのに、元貴は喉を何も通らなかった。
目の前で、二宮が楽しそうにゲームの話をしている。その横顔を盗み見るだけで、胸がいっぱいになってしまう。
「元貴、全然食ってないじゃん。ちゃんと食えよ」
二宮が、焼き上がったばかりのカルビを、ひょいと元貴の皿に乗せる。
「あ、ありがとうございます…」
その些細な優しさが、元貴の心を締め付けた。
「元貴ってさ、ほんとニノさんのこと好きだよな」
若井が、ニヤニヤしながら爆弾を投下する。元貴は「なっ…!?」と焦って若井を睨むが、時すでに遅し。
「え、そうなの?」
二宮が、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「いや、その、ファン、です!すごく、尊敬してます!」
必死に取り繕う元貴の姿を見て、涼ちゃんが「まあまあ」と助け舟を出す。
「元貴、ニノさんのドラマとか映画とか、全部見てるんですよ。セリフも結構覚えてるくらい」
「へぇ、マジで? 嬉しいねぇ」
二宮はそう言って笑ったが、その目は、何かを探るように、じっと元貴を見つめていた。その視線に耐えられず、元貴は俯いてしまった。
バレてはいけない。
この気持ちは、墓場まで持っていくと決めたのだから。
食事会が終わり、店の外に出る。
「じゃあ、俺こっちだから。今日はありがとね、楽しかった」
「ごちそうさまでした!」
「また行きましょう!」
メンバーが口々にお礼を言う中、元貴だけが、声を出せずにいた。終わってしまう。
この、夢のような時間が。
「元貴」
去り際に、二宮がふと立ち止まり、元貴を手招きした。
「…はい」
恐る恐る近づくと、二宮は他のメンバーには聞こえないくらいの声で、そっと囁いた。
「尊敬、だけじゃないんだろ?」
その言葉に、元貴は息をのんだ。彼の瞳は、夜の闇の中でも、すべてを見透かすように、まっすぐに元貴を射抜いていた。
「…っ」
何も言えずに固まる元貴の頭を、二宮は「頑張れよ」とポン、と軽く叩いた。そして、今度こそ本当に、ひらりと手を振って夜の街に消えていった。
後に残されたのは、三人のミセスのメンバー。
「…今の、どういう意味?」
涼ちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「さあな」
若井は、ニヤリと笑うと、呆然と立ち尽くす元貴の背中を、ばしん、と力強く叩いた。
「とりあえず、一歩前進ってとこじゃね?」
その言葉に、元貴はゆっくりと顔を上げた。頬は、焼肉の熱のせいだけではない、確かな熱を持っていた。まだ、恋と呼ぶにはあまりに臆病で、不格好なこの感情。
でも、ほんの少しだけ、夜空の星が近くに見えた気がした。