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夕食を済ませてお屋敷に戻ると、メイドさんが玄関で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。
アイナ様。お疲れのところ申し訳ないのですが、これからお時間はございますでしょうか」
「え? はい、大丈夫ですけど……」
突然の申し出に、ルークとエミリアさんと顔を見合わせてしまう。
「ルーク様とエミリア様はこのままお休みください。
それではアイナ様、アイーシャ様の執務室までご案内いたします」
……執務室。
聞いたことはあったけど、私はその部屋を訪れたことはまだ無かった。
「それじゃ行ってきますね。
ルーク、エミリアさん。また明日ー」
「はい、また明日」
「お休みなさーい!」
はてさて、こんな時間に呼び出されるとは――
……もしかして、例の『相談事』なのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイドさんに案内をされて部屋に入ると、アイーシャさんは一人で本を読んでいるところだった。
部屋の中は、王都の私のお屋敷の書斎と似たような雰囲気だ。
……そうそう、これこれ。やっぱり私みたいな若輩者よりも、アイーシャさんみたいな人の方がずっと似合うよね。
「アイーシャさん、こんばんわ。
お呼び頂いたということで、お邪魔しました」
「アイナさん、こんばんわ。こんな夜中にごめんなさい。
少しお願いしたいことがありまして……」
「例の『相談事』ですか?」
「いえ、それはもう少し落ち着いてからにさせてください」
……あれ、違った。
「そうでしたか。えっと、それでお願いというのは……?」
「お野菜がね、高いんですよ」
「おや?」
……さい?
そういえば今日の夕食も野菜が少な目だったし、全体的に値段も割高な感じだったっけ。
「――外で食べてきましたけど、確かにそんな感じでした。
この寒さ……凶作の影響でしょうか」
「はい。今はまだ何とかなっているのですけど、このままいけば食糧不足に陥ってしまうでしょう。
それを察して、買い占めに走る者もいますし」
「そういう人、どこの世界にもいるものですね……。
……ああ、どこの業界にも、という意味で」
「お金が世界をまわっている以上、それは仕方のないことです。
人間とはそういうものですから」
……まぁ、確かに。
そういうタイミングを逃さず、大金を手に入れて、新しい商売の礎にして、そして富豪になる――そんな話はそれなりにあるものだ。
「えっと、お願いというのは、それに関係するもの……ですよね?」
「ええ。寒いとは言っても、ある程度であれば全部の作物がダメになるというわけではないんです。
寒さに強い作物というのもありますから」
……キャベツとかほうれん草って、確か寒さに強かったっけ?
「なるほど。冬野菜とか、ありますもんね」
「そうそう、栄養も豊富ですし。
それで、アイナさんには野菜用の栄養剤を作って頂きたいのです。フルヴィオがガルーナ村の方で、そんな噂を聞いてきまして」
「ガルーナ村! ……懐かしいですね。
確かに何回か、『野菜用の栄養剤』を渡したことがありますよ」
折角だし、効果のほどを見せてしまった方が早いかな?
以前の鑑定履歴を、宙にウィンドウで映して――
──────────────────
【野菜用の栄養剤(S+級)】
野菜に活力を与える。
品質向上(小)、病気耐性(小)
※追加効果:品質向上(極大)、病気耐性(極大)、成長速度増加(大)
──────────────────
「――こんな感じのものを、確か3回渡したと思います。
実物を見ていないので分かりませんが、凄い野菜ができたそうですよ」
その話を聞きながら、アイーシャさんは鑑定ウィンドウをじっくりと読み込んでいた。
「……これは凄いです!
ねぇ、アイナさん。この栄養剤、大量に作れませんか? ガルーナ村の作物って、凄いスピードで成長したって話なんですよ。
もしかして、この栄養剤があれば――」
……凶作から飢饉になることも、きっと無い。
「なるほど!
素材さえあればいくらでも作れるので、作る方はお任せください」
この時点で、ガルーナ村の農作物だけを肩入れできなくなってしまうけど――
……とりあえずそんなことを言っている場合ではないだろう。
やっぱりガルーナ村は、初心に戻ってガルルン推しの村になってもらうということで……!
「本当ですか!? それでは手あたり次第、素材をかき集めることにしましょう!!」
「作る方は大丈夫ですけど、集める方は大丈夫でしょうか。
たくさん作ることになるでしょうし……」
「それなら心配無用です。
戦いが終わって、たくさんの冒険者が暇をしていますから♪」
「あ、そういえばそうですね。
でもそんなにたくさんの人が一気に採集にいくと、素材の方が全滅しそう……?」
「そこは計画をしっかり立てて、人員と採集量を管理しながら進めましょう。
……となると、オリヴァーに頼むのが良いかしら」
戦いを統括していた人が、今度は採集を統括することになる?
いや、むしろ戦いで作り上げた組織を丸々流用するから、効率は良いのかな。
「オリヴァーさん、万能ですね!」
「ええ、とっても頼りになるんですよ♪
カトリナも上手く立ちまわっていて、今のところ凶作の影響も最小限にしてくれていますし……。
本当に、誰が欠けても上手くいかないんです。きっと、アイナさんのところと同じでしょうね」
「あはは、私も本当に頼りっ放しで……。
それでは準備ができ次第、どんどん作ることにしますね。それ以外のことはお願いします」
「本当に助かります。
具体的な素材はこのあと聞くとして……他にも何か足りなければ教えてください」
「はい、頑張ります!」
……頑張るとは言ったものの、この冷害や大凶作は光竜王様の転生が発端になっている。
それを引き起こしたのは私の神器作成のためなのだから、ここは責任を持って、できるだけのことをさせて頂こう。
アイーシャさんにとっては、この冷害は予想外のこと。
しかしそれが結果的に悪いことなのかと言えば、必ずしもそうは言い切れないのかもしれない。
クレントスはきっと、アイーシャさんと私たちの力でどうにかできるだろう。
しかし敵――王国の他の地域では、大凶作の影響がきっと直撃するはずだ。
従って、その王国の敵――アイーシャさんにとっては、王国の力が弱まることについてだけ見れば、それはきっと好ましい。
しかし、それは無関係の人が大勢苦しむことにも繋がっているわけで……。
……ただ、簡単に割り切られるものではないけど、今はどうしようもないことだ。
いずれきっと、その辺りも考えていかなければいけないかも――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻って、ベッドに飛び込む。
……ようやく寝っ転がれた!!
気を抜けば、すぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。
今日はいろいろとあった気もするが、何もなかった気もする。
それもこれも、原因はきっと『神託の迷宮』だろう。
「……まさか、何も無いとは」
感想としては、ただただそれに尽きる。
可能性としては考えないこともなかったが、しかし本当に何も無いことが現実になろうとは。
……でも、神剣アゼルラディアを介して、何かがあるような気もする。
それはそれで、何とも心にもやっとするものが残ってしまうけど……。
本当に何も無いのか、何か条件があるのか、ただ単に今が『そのとき』ではないのか……。
考えたところで何が分かるということもない。
また機会をみて、いつか立ち寄ることにしよう。
「――さて、明日から忙しくなりそうだし、今日はもう寝ようかな」
寝る気満々で呟いたものの、そういえばお屋敷に戻ってきてから、身のまわりのことは何もしていなかった。
ああもう、何だか面倒くさい……と言っても、このまま寝るわけにもいかない――
……とりあえず、今日をもう少しだけ頑張ることにしよう。
頑張れ頑張れ、あと少しだけ……。