テラーノベル
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「よっし、今日は部活休み! たまには寄り道して帰ろうぜ」
校門を出るなり、陸が伸びをしながら提案した。
その明るい声は、どんよりとした曇り空さえ晴らしてしまいそうな力がある。
「賛成! 私、駅前の新しいカフェのクレープ、ずっと気になってたんだよね」
紗良が即座に食いつき、泉の腕を引っ張る。
「泉も行きたいでしょ?」
「あ、うん。……いいのかな、私たちが混ざっても」
「何言ってんだよ。俺が誘ったんだから、いいに決まってんだろ」
陸が泉の顔を覗き込んで、いたずらっぽく笑う。
その距離の近さに、泉の鼓動がわずかに速まる。あの日、屋上で絶望の淵から救い出してくれた時と同じ、吸い込まれそうな瞳。
「……勝手に行けよ。俺は帰る」
優が面倒そうに踵(きびす)を返そうとするが、陸が素早くその肩を組んだ。
「待て待て、優。お前、昨日『糖分足りねぇ』ってボヤいてただろ。瞬も、たまにはスケッチブック置いて休めよ」
「……僕はいいよ。紗良がはしゃぎすぎて迷子にならないか、見ておかないといけないしね」
瞬が眼鏡の奥で穏やかに笑い、紗良が「迷子になんてならないわよ!」と頬を膨らませる。
結局、五人で駅前の広場にある小さなワゴン販売の店に寄ることになった。
「泉、何にする? 俺はチョコバナナ一択だけど」
「えっと……じゃあ、私はストロベリーで」
「おっけー。……すみません、チョコバナナ二つとストロベリー一つ。あ、あとこいつらには……」
陸は流れるような手際で注文を済ませていく。
その間も、通りかかったクラスメイトに「お疲れ!」と声をかけたり、店員さんと親しげに笑い合ったり。
(……本当に、どこにいても太陽みたいな人だな)
泉は、陸が注文したクレープを受け取る姿をじっと見つめていた。
自分を助けてくれた時のあの手。今は楽しそうにクレープを持っているその手が、いつか「特別」な誰かと繋がる日が来るのだろうか。
……くるみ先輩と、あんなふうに笑い合うのだろうか。
「――ほら、泉。ストロベリー。甘いもん食って、疲れ取れよ」
陸が不意に、泉の目の前にクレープを差し出した。
「あ……ありがとう、陸くん」
「ん。……あ、ちょっと待て。クリームついてるぞ」
陸が自然な動作で指を伸ばし、泉の頬の端をかすめるように拭った。
「っ……!」
泉の体温が一気に上がる。
陸にとっては、ただの「友達への気遣い」に過ぎない。悪気も、下心も、特別な感情さえない、彼らしい「余裕」からくる優しさ。
けれど、泉にとっては、心臓が痛いほど跳ねる事件だった。
「……、……何やってんだよ、お前は」
少し離れたところで、クレープを雑に頬張っていた優が、冷めた声で呟いた。
優は陸の無自覚な振る舞いに呆れたような、けれどそれ以上に、顔を真っ赤にして固まっている泉を見て、何とも言えない不快感を覚えているようだった。
「……茅野。溶けるぞ、それ。さっさと食え」
「あ、う、うん……」
泉は震える手でクレープを口に運んだ。
甘いはずなのに、どこか酸っぱくて、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような味がした。
陸の「誰にでも向けられる優しさ」が、今は一番、泉の心を揺らしていた。
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